第88話 発情期攻略 ★
かくして、俺はウィスリーと位置を交代して背中から洗ってもらうことになったのだが。
「あう……」
「どうした。ただ触れるだけでは垢を落とせないぞ」
ウィスリーが泡立てた布を俺の背中にくっつけたまま、動かなくなってしまった。
「何も難しいことはない。夜のご奉仕と同じと思えばいい」
「夜のご奉仕と同じ……」
ようやくウィスリーの手が動き始めた。
しばらくすると――
「ご主人さま、なんだか頭がボーッとしてきた……」
「ほう?」
俺が事前に指示しておいたとおりにウィスリーが自己申告する。
「発情期の症状が出てきたのかもしれんな。わかる限りでいいから経過を教えてくれ」
「わかった。んしょ、んしょ」
洗う手段が布ではなくなった。
あきらかに面積が広くなっている。
「ウィスリー、何をしている?」
「昨日ねーちゃに教わった『発情期が良くなるマッサージ』で洗ってみてる」
「それはまさか……」
目隠しをする例の
「それはいけない。やめなさい」
「ううっ、でもぉ……」
ウィスリーが
「ウィスリー、やめておきなさい」
「あい……」
二度言ってようやく聞き入れてもらえた。
ウィスリーは不満というより寂しそうだ。
背中を洗う手の力がだいぶ弱々しくなる。
「あんなに恥ずかしがっていたのに、急にどうしたんだ」
「ん、恥ずかしいのはあんまりなくなってきた……なんか体がポカポカして、ご主人さまに触ってると幸せな気分になる。だから、もっと触りたいってなってる」
なるほどな。
「もう一度
「わかった」
指を鳴らすと同時にウィスリーが「ふえっ」と声をあげた。
「わわわ。あちし、なんであんな大胆なことできちゃったんだろ! いきなり恥ずかしくなったよ、ご主人さま!」
発情状態が落ち着いて、羞恥心が戻ったか。
ひとまず発情期に対して一定の効果があることがわかった。
「ありがとう。背中はもう大丈夫だ。腕を頼む」
「あいっ」
右腕が終わって、左腕にさしかかったあたりでウィスリーが
「……ご主人さま、またあの感じが来たよ」
「腕でもか。俺に洗われていたときに同じ感覚は来なかったんだな?」
「うん、なかった。ひたすら恥ずかしいだけだったよ」
どうやら発情期の着火剤は『自分の意志で主人に触れる』ことらしいな……。
そういえば昨日のウィスリーは俺の腕をぎゅっと掴んでいたし、尻尾も巻き付けてきていた。
だが、そうなると昨日との発情速度の違いが気になる。
触れているだけなのと、肌が擦れ合うのとでは後者のほうがすぐに発情するのか?
手で触れる、足で触れる、体を重ね合う場合の違いは……いや、要するに触れさせなければいいんだから、そのあたりのは検証は不要だな。リスクも高い。
「大きな進展だ。そういうことなら、もう俺の体を洗わなくていいぞ」
「えっ!」
ウィスリーが名残惜しそうな声を上げた。
「どうした?」
「その、ご主人さまの体をもっと洗いたいかなって……」
「それはウィスリーが発情しているからだ。洗うのを我慢すると苦しいか?」
「ううん、大丈夫。まだ我慢できるよ。寂しいけど苦しくない」
だいたいわかってきた。
おそらく、これ以上続けるのは危険だろうな。
「ちなみに、俺がウィスリーの方を振り向いて裸を見ても平気か?」
「わかんないけど、たぶん大丈夫。見る?」
「いや、いい。その返事だけで十分に確証が取れた」
発情している状態になると羞恥心が薄くなり、主人を誘惑するハードルが下がるということか。
もしかすると、夜のご奉仕で一時的に症状がおさまった後はメルルも自室で悶えているのかもしれない。
見てみたい気もする……いや、駄目だアーカンソー。そっちに進んだら、きっと戻ってこれなくなる。
「では、後は自分で洗うから少し待っていてくれ」
「もういいの? 試練は終わり?」
ウィスリーがてこてこと俺の前に歩いてきて、裸身をさらしてくる。
発情しているからまったく隠そうとしない。
「ああ、よく辛抱してくれた。本当に偉いぞウィスリー」
「にへへ~……」
ウィスリーを撫でたときにメルルに言われたことを思い出した。
「確か主人の側から肉体的接触を図ると『見初めた』ことになるんだったな」
見初められた
そして発情期の
しかし、そうなると夜のご奉仕をしないと
主人に触れなければ発情しないなら、夜のご奉仕は不要のはずだ。
これが個体差のせいなのか、あるいは年齢による差異のせいなのか。
あるいは発情したメルルが俺に嘘を吐いたのか。
すべてを矛盾なく説明できる有力な仮説がひとつある。
発情期の
「これで対策は決まったか」
ウィスリーが発情期になった場合は、夜のご奉仕で発散させねばならない。
主人である俺に触れさせて、ある程度は欲求を満たさせる必要がある。
俺の欲情に関してもおそらくフェロモンにさえ気を付けておけば大丈夫。
いざとなれば自分に
おそらく夜のご奉仕で俺がうつ伏せにさせられるのも、頭部から出るフェロモンを嗅がせないため。
そう考えると夜のご奉仕は実に合理的だ。
とはいえ
「えっと、ご主人さま」
俺が思案していると、撫でられていたウィスリーがジッと俺を見つめた。
「温泉にもう一度入りたいんだけど……その間はぎゅっとしててもいい?」
あの魔法は感情の激しい動きを抑制するだけだ。欲求までは解消されない。
これ以上の我慢をさせると、きっと溜まったときに大変なことになる。
「いいだろう。頑張ったウィスリーへのご褒美だ」
「あい!」
温泉に浸かっている間、背中から抱き着くことを許す。
ウィスリーは嬉しそうに俺の背筋に頬ずりしていた。
……余談だが。
帰る頃にはウィスリーが「わっきゃああああっ!」と騒いだのは、言うまでもない。
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