十二日目
第90話 アーカンソーは女心がわからない
翌朝。
冒険者ギルド十三支部で、ふたりの少女が対峙した。
「シエリ」
「……ウィスリー」
声をかけられたシエリがびくりと肩を震わせて、ウィスリーの方を振り返る。
ギルド内の空気はピリピリと張りつめている。
誰もがふたりの様子を
真顔だったウィスリーがスーハーと深呼吸する。
カッと目を見開くと、シエリに向かって叫んだ。
「
「あっ……あたしこそごめんなさい!」
シエリが少し遅れて答える。
ふたりが示し合わせたようにがっちり握手すると、ギルド内の空気も一気に緩んだ。
「無事に仲直りができたようだな」
謝るように俺が命令したわけではない。
あくまでウィスリーの意志だ。
それがとても喜ばしい。
「こういうの心臓に悪いぜぇ……」
「仲直りできて何よりだの」
「ごしゅなか解散の危機は去ったんだぜ」
イッチーたちの会話からして、昨日はウィスリーとシエリの喧嘩の話で持ちきりだったのだろう。
解散は
冒険者パーティ解散原因の第一位がメンバー同士の喧嘩なのは、周知の事実だからだ。
「ふたりとも、十分休んだ? 今日から復帰できるのよね?」
「おー、ばっちりだぞ! ねっ、ご主人さま?」
「ああ、そうだな」
俺が頷き返すと、ふたりとも嬉しそうに破顔して「いぇーい!」とハイタッチする。
こうして見ている限りでも、ふたりの相性は決して悪くない。
だが、おそらく……俺のうぬぼれでなければだが……ふたりの間にある壁というか溝は、俺が原因であるように思う。
俺に近づく女性をことごとく退け、昨晩は俺の背中にマーキングしてきたウィスリー。
失恋宣言しておきながら、チェルムに頼んで俺との仲を進展させようとしてきたシエリ。
どちらも俺に対して好意を向けている。
言うまでもないことだが、俺は恋愛に
当然ながら、恋愛感情を
一応そういうものがあることだけは師匠たちから教えられている。
正直言って、ふたりのことをどうすればいいのか、まったくわからない。
この手のことに詳しいアドバイザーがいてくれればいいのだが。
メルルはさすがにウィスリーの肩を持つだろうし。
チェルム? 論外だ。
イッチーら三人組……いや、やめておこう。ロクな未来が見えない。
「アーカンソー様ぁ♡」
「うん?」
もはや聞き慣れた猫なで声に振り返ればレダ、フワルル、アーシのかしまし三人娘が体をくねくねさせていた。
「クエスト手伝ってくれませんかぁ?」
「そのぉ~あたしたちには難しくってぇ~」
「アーカンソー様がいれば敵なしだし!」
ふむ、別パーティのクエストの手伝いか。
まだ仕事も受けていないし、別にかまわんか?
「待て待てーっ! ご主人さまに近づく……えーっと……」
ウィスリーが宙に浮いた言葉を探す。
「おうおう、どうしたメスガキ。いつもの勢いはどうしちゃったのかなー?」
「ぐぬぬ。ご主人さまに禁止されてなければ!」
レダに言い返せずギリリッと歯噛みするウィスリー。
そこに
「アンタたちなんなの? いきなり非常識じゃない!」
「でかしたシエリ! そーだそーだ、もっと言ってやれー!」
シエリが加わったことでウィスリーが勢いを取り戻した。
一方の三人娘たちは口々に不満をあらわにする。
「えー。アンタこそ急に現れてアーカンソー様のパーティに無理やり入ったじゃないのよー」
「そ〜よそ〜よ、ズルいズルい〜!」
「次はアーシらがアーカンソー様と組むはずだったし!」
そんな話だったか?
「お願いアーカンソー様! わたしたちはイッチーたちと違って追放なんてしないから!」
「あちしはやだ!」
「あたしも反対よ!」
レダが手を合わせて頼み込んでくるが、当然のようにふたりは頑として首を縦に振らない。
きっと断った方がいいのだろう。
しかし、俺には思うところがあった。
「ときにレダ。君たちは恋愛について詳しいか?」
その瞬間、あきらかに全員の気配がざわっと変わった。
ウィスリーとシエリが食って掛かってくる。
「ご主人さま、なんでなんでっ!?」
「アーカンソー、どういうつもりよ!?」
なんだ……?
俺は普通に質問をしただけだぞ?
ちなみに、ふたりとは対照的に三人娘たちはテンションを上げていた。
「もちろん詳しいですよー!」
「あたしたち、そっち方面は得意中の得意ですから〜!」
「なんならアーシが手取り足取り教えるし!」
やはりそうだったか。
日頃から俺を口説いてくる三人娘は恋愛強者に違いないと思っていたのだ。
彼女たちに師事すれば、きっと俺でも恋愛戦闘力を高められる。
シエリとウィスリーの仲を取り持つヒントだって得られるかもしれない。
「よし、いいだろう。クエストを手伝うとしよう」
「ええーっ!? ご主人さま本気なの!!」
「ちょ、嘘でしょアーカンソー!!」
猛抗議してくるふたりをそっと手で制する。
俺なりの考えがあるのだと目で伝えてから、改めてレダたちに向き直った。
「もしクエストを成功させたら、君たち三人には俺に協力してもらいたい」
「え、えっと。協力ってなんですか?」
レダが赤面しながらもじもじする。
「恋愛に関することだが、ここでは言えない。後で話す」
さすがに本人たちの目の前で「ウィスリーとシエリの仲を良くしたい」とは言えないからな。
「「「キャーッ!」」」
かしまし三人娘が何故か黄色い悲鳴をあげた。
手を取り合ってピョンピョン跳ねている。
協力を要請されただけで、なんでそんなに嬉しそうなんだ?
まったくわからんな。
「さて、ウィスリーとシエリは反対だったな。なら、今回は俺ひとりで手伝ってくる。俺の分の報酬はふたりに渡すので――」
「ダメ! あちし、ぜったい着いてく!」
「あたしもよ! 置いていこうとしたら承知しないんだから!」
「ふたりがそれでいいならいいんだが……」
レダたちの同行に反対していたふたりがどうして意見を
ふたりとも、レダたちを睨みつけながら瞳に炎を
もしかして、俺がレダたちに誘惑されるんじゃないかと心配しているんだろうか?
まったく、心配のし過ぎだ。
『人の心』をわからない俺が、そう簡単に女性になびくわけがないだろう?
うっ……自分の言葉で無駄なダメージを負ってしまった……。
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