第86話 はだかんぼ ★

 ヘルズバーン温泉に到着した俺たちは、地獄の門のような入口をくぐり、奥へ進んだ。

 内部は固まった溶岩で構成された洞窟になっている。


「わーっ、すっご! 赤い河がぐつぐつ煮え立ってる! ご主人さま、あれはなに?」

「マグマだ。非常に熱いから決して触れるな。あと、立ちのぼる煙も猛毒なので絶対に吸うな」

「あい!」


 入る前に注意しておくべきだったと反省しつつ目的地へ向かう。

 道順を暗記しているので迷うことはない。


「ここだ」

「ほえー!」


 ウィスリーが目を丸くした。

 到着したエリアには、ぐつぐつと煮えたぎる源泉がある。


「もしかして、あれってお湯なの?」

「ああ、そうだ。極めて高温のな」


 指を打ち鳴らして源泉の熱を操作する。


「これで適温になったはずだ。さて、ウィスリー……大事なことなので、事前に伝えておく。これから我々が行なうのは試練だ」

「『しれん』?」

「そう。我々が共にある上で絶対に避けて通れない試練。しかし、すぐ乗り越えなければならないかというとそうではないので、少しでも嫌だったら我慢せず正直に言うように。それと試練のあいだに感じたことはそのまま俺に伝えてくれ」

「あい! 思ったことを言えばいーんだね! あちしそーゆうの得意だよ!」

「よろしい」


 これで俺がウィスリーの心理を誤解することはないだろう。


「それではウィスリー。まず服を脱げ」

「あいあい!」


 元気よく返事をしてから、ウィスリーがなんの迷いもなくぱぱっとメイド服を脱ぎ散らかした。


 一気に全裸とはな。

 実にいさぎよい。


「脱いだ服はきちんと畳みなさい」

「あい!」


 俺の指示に従って服を畳み始めるウィスリー。


「……あれ?」


 しかし何かに疑問を抱くと同時に、メイド服を折り畳んでいた手が止まる。

 次の瞬間――


「わっきゃあああああっ!」


 ウィスリーが叫んだ。


「パニックになるな」


 指を鳴らして沈静化カームダウンをかける。


「落ち着いたか?」

「あうあうあう……」


 真っ赤になったウィスリーが混乱した顔のまま肩を抱き寄せ、自分の身体に尻尾を巻き付け、身を屈めている。

 本能に従って服を脱いだはいいが、後から状況に気づいた……といったところか。


 正直、少し意外だったな。

 そんなに恥ずかしがるとは思っていなかった。


 ちなみに俺はウィスリーの裸を見ても何も感じない。

 やはり昨晩ウィスリーに欲情したのはすべてフェロモンのせいだった。


 本当によかった……。

 俺は子供好きの変態ではなかったのだ。


 とはいえウィスリーが完全に子供の体かというと違う。

 発育途中というか、女性ならではの体のラインは出来あがりつつある。

 小ぶりではあるが綺麗な胸に、腰のくびれ。

 お尻もちゃんと大きくなっている。

 発育不全を起こしているわけではないようで何よりだ。


「ご主人さま……そんなにジロジロ見られちゃうと恥ずかしいよ」


 俺の視線に気づいたウィスリーがきゅっと身を縮めた。


「嫌か?」

「やじゃない!」


 その場にしゃがみこんでいたウィスリーが、ガバッと立ち上がった。

 さらに俺に体を差し出すように両手両足を全開にする。

 なんというか、色気の欠片もない。


「ご、ご主人さまが触りたかったら、どこ触ってもいーよ!」


 顔も真っ赤だし、目もグルグルしている。

 だいぶ無理をしているな。


「いや、遠慮しておく」


 俺が即答するとウィスリーがガーン! という顔をした。


「あう……あちしの『みりき』が足りないから……」


 ウィスリーがぺったんこな胸を手で覆いながら涙目になった。

 そういえば貧乳がコンプレックスなんだったな。


「俺は胸の大きさに貴賎きせんはないと思っている。小さいのもいいと思うぞ」

「ホントにっ!? ご主人さま、ホントにそう思うの!?」

「無論だ。それに俺が触るのを遠慮したのはウィスリーの魅力が足りないからではない。服を脱がせた目的が体に触れることではないからだ」


 指を鳴らすと同時に、俺も全裸となる。


「わわっ!」


 ウィスリーが目を覆った。

 指の隙間からがっつり見てるから、覆ったことになんの意味があるのかはわからない。


「す、すっごい筋肉。ねーちゃともぜんぜん違うし、ホントになんかついてる……って、ご主人さまは恥ずかしくないの!?」

「ない」


 子供に裸を見られて恥ずかしがる大人はいない。


「やはり発情期だと気になるか?」

「ん……見るだけならそんなにだけど、ちょっと触りたいなーって思っちゃう。でも、我慢できないほどじゃないよ」

「よろしい。そのまま辛抱するように」


 やはり沈静化カームダウンの影響下にあっても、欲求は残るか。

 発散せずに蓄積させるとまずい予感がする。

 多用は禁物だな。


「では、そろそろ温泉に入るとしよう。足元に気をつけろよ。あと、この桶で体に湯をかけてから入れ」

「あい。えっとこれ、お風呂ってこと?」

「温泉という。言っておくが極上だぞ」


 ウィスリーへの手本も兼ねて、かけ湯してから一足先に入らせてもらう。


「フゥゥゥ〜……」


 素晴らしい。

 日頃の疲れがすべて溶け出していくかのようだ。


 ウィスリーもかけ湯して、おそるおそる足をつける。

 しばらく迷っていたものの、ようやく覚悟を決めたのか、ちゃぷんと温泉に全身を漬からせた。


「ふぇあああ〜〜……」


 ウィスリーの表情がとろけにとろけた。


「ごひゅりんはま、これしゅごいよぉ〜〜」

「ヘルズバーン温泉には体力回復、魔力回復、疾病しっぺい治療などの効能がある。しかし長湯すると逆に危険だから、ほどほどであがるぞ」

「ひゃい〜〜」


 五分後、俺たちは温泉からあがった。


「よし、今度は体を洗う」

「あーい」


 次元倉庫インベントリから石鹸などの洗面用具を取り出す。

 ついでに濡れても構わない椅子を出してウィスリーを座らせた。


「待て、ウィスリー。自分で洗うな」


 石鹸を泡立て始めたウィスリーを制止する。


「ほえ? じゃあ、どうするの?」


 当然の疑問にウィスリーが小首を傾げた。


 ここに来た目的は休養だが、それより情操教育の優先度の方が高い。

 ウィスリーには自らの性を自覚してもらいたい。

 この子には男女の体の違いをきちんと教え込む必要がある。


 そのために――


「我々はこれから、お互いの体を洗いっこをする!」

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