十一日目

第85話 本能 ★

 11日目の章はほとんどの話に少しエッチな描写が入っています。

 苦手な方はお気を付けください。



 ◆◆◆



「強制はしません。私たちは使用人に過ぎませんので。ただ、主人の子供を授かるのは我らの本能に深く根付いている願望なのだとご理解ください」


 心が楽になるどころか、すさまじいプレッシャーを感じさせられてるんだが?


「……まさか君もか?」

「強制はしません」


 さっきと同じ文言を耳元でなまめかしくささやかれ、強大なドラゴンに捕食される自分を幻視する。


 そのとき俺は、さっき見落としていた情報がなんだったのかに気付いた。


「もしかして今の君は発情期なんじゃないか?」


 メルルの手が止まった。

 ハァハァと、激しい息遣いだけが聞こえてくる。


「さっき確かに『ウィスリー発情期』と言ったよな?」


 長い沈黙が場を支配した。

 やがてメルルが少し恥ずかしそうにつぶやく。


「……理性は残っていますから襲いませんよ?」


 本当か?


「そういうことなら念のために『夜のご奉仕』はしばらく辞め――」

「ご奉仕の機会を失った発情期の奉仕竜族サービス・ドラゴンが自らの主人を押し倒す確率をお屋敷で習ったことがありますがどうやらご主人様も知りたいみたいですねっ!?」


 メルルが早口でまくし立てながら背中に激しくのしかかってきた。

 指を使わないマッサージのときに感じていた重みだ。


 今更ながら、この背中の感触には覚えがある。

 じかだ。


 これが一昨日の目隠し付きマッサージで使われていた“道具”の正体というわけか。

 まったく、どこが健全なんだ。


 いや、違うな。

 奉仕竜族サービス・ドラゴンの価値基準では充分に健全なのか。


「……これからもよろしく頼む」

「はい、もちろん。お望みとあらば♪」


 メルルが夜のご奉仕にこだわっていた理由がようやくわかった。

 俺を慰労したいのはもちろんのこと、発情期の自分を俺の体で慰めるためでもあったんだな。


 となると、メルルの言うとおり夜のご奉仕を禁じるのは極めて危険だ。

 俺の童貞を狙って襲来する発情竜人族を毎晩退けなければならなくなる。

 当然、安眠からは程遠い生活になるだろう。


 メルルには俺の背中でなんとか我慢してもらおう。

 そして、俺もいろいろ辛抱するしかない……。


「そろそろ話を戻します」


 いきなりメルルの声が真面目なトーンに戻った。

 背中にあたっていた感触も離れていく。


「きっとウィスリーは、本能にかなり忠実な奉仕竜族サービス・ドラゴンなんです。自ら定めた主人に対しては絶対の忠誠を誓い、守護しようとしています。誰に教わったわけでもないのに。むしろ反発していたのに。実の姉の私ですら別人かと思うほどに、あの子は主人を得て変わったのだと思います」


 なるほど。

 その説なら今と昔のウィスリーにギャップがあることにも説明がつく。

 あの子は俺を主人だと心の底から認めて、俺に尽くそうとして、結果的にいい子になったのだ。


「君は本能に忠実なあの子が大人になったら、俺に『巣作り』を求めてくると言いたいのか?」


 奉仕竜族サービス・ドラゴンの生態が真実なら否定材料はない。

 

「本当にあの子のことを思いやってくださるのなら、そうなったときどうするのか。姉としては、答えを用意しておいてあげてほしいと思うのです」


 そう願うメルルの声は、今日聞いた中で一番優しかった。

 ウィスリーへの愛情と同時に、俺への尊崇そんすうの念を痛いほどに感じる。


 その想いを裏切りたくはない。


「真剣に考えておく」


 来るかもしれない未来に備えるのは当然のことだ。

 見えている危機への対処を怠るほど、俺は愚かではない。



 ◇ ◇ ◇



「ウィスリー。今日は出かけるぞ」

「……ふえ?」


 まだ眠気まなこだったウィスリーを起こして、王都を出る。


「今日はギルドに行かないの?」

「休む。メルルにはシエリへの伝言を頼んでおいた」


 俺の言葉の意味を理解したウィスリーがしゅんとした。


「なんかごめんね。あちしが『はつじょーき』ってやつになっちゃったからだよね」

「それは……関係なくはないが、気にするほどの障害ではない。むしろ俺が万全ではないのが最大の理由だ」

「そっか。そーだよね。ご主人さまも疲れてるもんね」


 やや苦しい言い訳かと思ったが、ウィスリーはあっさり信じてくれた。


 ちなみに発情期という言葉を口にしたウィスリーに深く考えている様子はない。

 恥ずかしがったり、異性に興味を持っていたりもしてなさそうだ。

 メルルから説明を受けているはずだから、お屋敷での情操教育をサボっていたからという論も立たない。


 やはりウィスリーの中身は、まだ子供だ。

 本人は大人ぶっているし、何かと気遣いができて賢い子ではある。

 しかし、むしろ子供だからこそ他人の顔色に敏感とも言える。


 とはいえ、子ども扱いを表に出してしまうとウィスリーの成長を阻害してしまうことは間違いない。

 未熟と侮られるのを嫌ったからこそ大人たちに反発してしまったのだと容易に推測できる。


 だから、俺はウィスリーをきちんと大人として扱っていこうと思う。

 この子が自立した一人の女性になってくれれば、万に一つ……いや億に一つくらいの確率で巣作りを求められたとしても、落ち着いて対処できると思うのだ。


 無知のまま、本能のまま、子供のままのウィスリーに求められて。

 欲望のまま、衝動のまま、主人のままに一線を越えてしまったら、人の心がないなんて話では済まない。


 それはもはや、人の皮をかぶったモンスターだ。


「だいぶ王都から離れたな。そろそろいいだろう。ウィスリー、変身するんだ」

「あいあいさ!」


 理由すら聞かずに竜化するウィスリー。

 主人と認めた者の命令を即座に実行してしまう……これも奉仕竜族サービス・ドラゴンの本能なのかと思うと不安になる。


 ウィスリーには俺の命令に唯々諾々いいだくだくと従うだけの人形にだけはなってほしくない。

 しかしシルバードラゴンに変身したウィスリーが「あれ? でもなんで?」という雰囲気で首をかしげてくれたので、少しほっとした。


「俺を乗せて、あちらの方角へ飛べ」

「グルル!」

 

 ウィスリーが首を低くして屈んだ。

 俺がまたがると同時に、はばたき上昇。

 あっという間に地面が遠くなる。


「キュルルル?」


 なんとなく「どこに行くの?」と聞かれている気がしたので目的地を開示した。


「ヘルズバーン温泉に行く」


 ヘルズバーン温泉は、俺が超崑崙ちょうこんろんで修業していたときに師匠に出された課題でクリアした元ダンジョンだ。

 以前はあちこちにマグマが煮えたぎる超危険地帯だったが、今ではいい感じの温泉地帯になっている。


 大自然に囲まれた場所だから観光客の類が一切いない。ひとりの時間が欲しいときには今でもたまに利用している。

 王都近郊に設置してある転移魔法陣を使えば一瞬で行き来できるが、今日はウィスリーとの交流に重点を置いているので、あえて彼女に騎乗して移動することにした。


「グルッキュ?」


 たぶん「温泉ってなぁに?」と言ってる気がするな。


「行けばわかるさ」


 俺には主人として、そして保護者としての責任がある。

 だからヘルズバーン温泉でウィスリーをしっかり教育するのだ!

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