第84話 夜のご奉仕その2

「は、発情期だと?」


 俺のオウム返しにメルルは笑顔で頷いた。


「竜人族は二十歳を超えたあたりから定期的に発情期が来るようになります。ただ奉仕竜族サービス・ドラゴンは少し特殊でして……ご主人様に見初みそめられた場合は、もっと早くに発情期が訪れるんですよ。あの子も初めての発情期に体がびっくりしてしまったんでしょう。ですから何も心配ありません」

「待て待て! 俺はウィスリーを見初めてなどいないぞ!」

「えっ?」


 俺の訴えを聞いたメルルが心底意外そうな顔をする。


「でも……普段から、あの子の頭を撫でてらっしゃっいましたよね?」

「あれはただのスキンシップだ!」

「肉体的接触には変わりません。私たちはご主人さまに触れられて幸せな気分になると発情期になる年齢が早まるんです」

「なんということだ。俺の安易な行動でまた……」


 ショックを受ける俺を見てメルルが首を傾げている。


「ご主人様が何をそこまで気に病んでいらっしゃるのかわかりません。むしろ祝ってあげるべきですよ!」

「そ、そういうものなのか?」

「そういうものです。ウィスリーが大人になった証ですからね」


 ウィスリーが大人に……。

 いやいや、中身はまだまだ子供のはずだ。

 あの子の保護者として、そんな目で見るわけにはいかない。


「ちなみにご主人様。体調に変化はありませんでしたか? 具体的に言うと、ムラムラしませんでした?」


 心当たりがありすぎる。


「もしかして、アレも発情期が関係しているのか?」

「発情期の奉仕竜族サービス・ドラゴンから出るフェロモンの効果ですね。頭皮からたくさん出るんですよ」


 そうか!

 ウィスリーのポニーテールが俺の鼻にかかったときに!


「まさか俺の毒対策を突破してくるとは!」

「それはまあ毒ではないですから……」


 メルルが苦笑する。


「そうなると、どうしたものか」

 

 発情しているだけなら沈静化カームダウンが効くか?

 肉体が発情したままでも、本人がその気にならなければ同じこと。

 そもそも部屋を分けているし、過ちは起きないはずだ。


 しかし、なんだ?

 何か重要な情報を見落としている気がする……。

 

「そうそう。ちょうど晩御飯の支度ができました。ご注文通りにお肉のメニューをたくさん用意しておきましたので、ご主人様は先に食堂に降りてください。私もウィスリーが落ち着いたら向かいますので」


 メルルは宿の厨房を借りてよく料理を作ってくれる。

 彼女が夜シフトのときは十三支部で夕食を摂るようにしているが、今夜は出かけなくていいのだ。

 

「……わかった。そうしよう」


 ウィスリーのことは心配だが、こればっかりはメルルに任せるしかないだろう。

 いい加減に肉でも食べて血を増やさないと。

 貧血ではろくな考えが浮かばないしな。



 ◇ ◇ ◇



 夕食を済ませた後、いつもどおりに目隠しをされてメルルの夜のご奉仕マッサージを受けていると。


「聞いてください、ご主人様っ! あの子、発情期のことを知らなかったんですよ!?」

「そうか。ウィスリーは知らなかったのか」

「まったく! 普段の修行をサボっていたから、ご主人様を困らせることに……」


 メルルはご立腹の様子だが、俺は正直ホッとした。

 ウィスリーがフェロモンのことを知った上で誘惑していたわけじゃないと、はっきりしたからだ。


「ところで、ご主人様はウィスリーの発情期がお嫌なのですか?」


 なんとなく予感はしていたが、メルルには俺の懸念けねんがまったく理解できていないらしい。

 まるで俺が悪いと言わんばかりにアロマオイルを背中にベトベト塗りたくってくる。


「嫌というか、困るな。どうすればいいかわからなくなる」

「奥手なんですね」

「そういうわけではない。ウィスリーのことを大切にしてやりたいんだ。そんなに変なことなのか?」

「どうなんでしょう? 私は大事にすることと愛でることは矛盾しないと思うんですけどね」


 そうなんだろうか?

 無垢な好意に自らの欲望で応えるのは、邪悪ではないか?


「あの子は、まだ子供だ」


 俺のつぶやきを聞いたメルルが黙り込んだ。

 ぎゅっと体重を乗せてくる。


「……でしたら、ウィスリーが心身ともに大人になったときは、どうなさるおつもりです?」

「そんな先のことはわからない」

「すぐですよ。子供の成長はあっという間ですから。それでも先送りなさいますか?」

「先送り……」


 理解している。

 予定を決めない先送りは何も解決しないどころか、利子が発生する。

 棚上げした課題は、必ず何倍もの負債に膨れ上がる。

 だからこそ、すぐに取り掛かれる課題には即座に着手すべきなのだ。


「よろしければ奉仕竜族サービス・ドラゴンの生態を少しお話ししても? もしかしたらご主人様の苦悩を少しでも軽くできるかもしれません」


 あるいは、メルルの座学を聞いて楽になるのも先送りなのかもしれないが。


「頼む」


 今の俺は自分の中に答えを持っていない。

 こういうときは他者の意見に耳を傾けるべきだ。


「私たちが自分より強い主人を求めるのは、ドラゴンだった頃の習性が残っているからなんです」

「習性?」

「巣作りです。おわかりになります? なんのための巣作りなのか」


 巣作り。

 ドラゴンの巣作りと言えば、それはもちろん――


「子孫の繁栄か」

「ご明察です。強者に嫁ぎ、その者に強大なハーレムを築いていただくのが、我らの先祖が選んだ生存戦略でした。それがいろいろあって今のような奉仕派遣ビジネスになったのです。もっとも、お屋敷にいる子供たちは全員が奉仕竜族サービス・ドラゴンとその主人の間に生まれているので、今も受け継がれている文化ではありますね」


 つまり奉仕竜族サービス・ドラゴンにとって特定の主人に仕えるのは、一種の婚姻契約でもあるわけか。


 ……あれ?


「ま、待ってくれ。俺が君たちの主人になるというのは、つまり――」

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