第76話 鈍感系(カルン視点)

 俺たちは第二支部で『はじまりの旅団』の新人パリサの歓迎会を開いていた。

 俺たち……といってもセイエレムは多忙を理由に欠席したため、俺と彼女だけで飲んでいるのだが。


 ひとまず、話してみてわかったことがある。


「アーカンソーってどんな人だったニャン?」

「アーカンソーの実績ってどこまでホントなのかニャン?」

「アーカンソーをどうして追放しちゃったのかニャン?」


 パリサは実によく喋る。

 そして、アーカンソーの話題ばかり振ってくる。


「君は本当にお喋りが好きなんだな」

「それはそうニャ! ミーは一族のお喋り係……じゃなーい!」


 突然パリサが顔を真っ青にして叫んだ。


「えっ、いきなりどうした?」

「なななななんでもない……ニャ!! ミーはお喋りなんて全然好きじゃない……ニャー!!」

「そ、そうか」


 パリサが何やら「あっぶねーっス……」と汗を拭っている。

 気になるけど深く聞かないほうが良さそうだ。

 

「だったら君はアーカンソーのファンだったのか?」


 俺の質問にパリサが猫耳をピクピクと動かした。


「んー。ファンというか、どういう人か興味があるニャン。龍皇りゅうおうを二体も倒したとか、高位の邪神官たちを指パッチンひとつで殲滅したとか、巷で聞けるのはホントかどうかわからない眉唾まゆつばの話ばかりニャン。だから、カルンさんの口から直接聞いてみたかったニャン」

「ん? シエリとは魔法学院時代のクラスメイトだったんだろう? 教えてもらえなかったのか?」


 素朴な疑問に首をひねっていると、パリサはばつの悪そうな顔で頬を掻いた。


「んー、シエりんの話は『盛り』が多すぎて正直これっぽっちも参考にならなかったニャン……」

「ああ、それもそうか」


 シエリだもんな。

 これは俺の察しが悪かった。


「まあ、今の話で言えば全部本当だ。龍皇も十三神官もアーカンソーがひとりで全部倒したようなものだよ。特にディサイプル十三神官戦は圧倒的だった」

「えっと、ミーの情報によると龍皇は一体でも解放されたら文明社会がチョーヤバイ災厄だし、十三神官は全員が邪神召喚が可能なスペックだったはず……ニャン。そいつらを全員完封したってことは、アーカンソーはマジで理外りがいの怪物ニャンね……チェルムパイセンがりたがるわけニャ」

「チェルムパイセン? ああ、チェルムさんのことか。彼女には俺も戦闘を吹っ掛けられたよ」

「へっ!? カルンさん、よく生きてたっスね!? ……ニャン」


 よほど驚いたのかパリサが席から勢いよく立ち上がった。

 よく生きてた、は大袈裟過ぎるだろうに。


「まあ、不意を打たれたわけじゃなくて正々堂々と戦ってくれたからね。さすがに模擬戦で暗殺者に負けるわけにはいかないさ」


 とはいえ、苦戦はしたんだよな。

 結局、こっちは一太刀を浴びせるのが精一杯だったし。

 一応勝ちってことにはなったけど、チェルムさんはノーダメージだった。

 さすがは王族の近衛メイドだと関心したものだ。

 

「え。いや、模擬戦て。チェルムパイセンが殺気バリバリ出してなかったっス……かニャン?」

「殺気? いやいやチェルムさんはずっとニコニコ笑っていたよ。あのときは俺も楽しかった。また手合わせしてみたいな。ははは」

「あのパイセンとやり合って笑って済ませられるあたりカルンさんも……」


 パリサがゆっくりと座り直しながら、遠くを見つめて何か呟いた。


「なにか言ったかい?」

「なんでもないっス……ニャン!!」


 パリサが猫耳をピーンと立てながら、大慌てで手をブンブンと振った。


「そうなのか」


 うーん、パリサはさっきからところどころで後から『ニャン』をつけているような印象がある。

 なんか変わった語尾だとは思ってはいたけど、ひょっとして無理して使ってる?

 理由が気になるけど、突っ込んだら負けか?

 

「とゆーかカルンさん。失礼ですけど、めっちゃ鈍感って言われないかニャ……?」

「ああ、うん。よく言われるよ。自分ではそんなことないと思うんだけどな」

「そ、そういうことでしたかニャ……」


 パリサがダラダラと脂汗を流しながら、あらぬほうを眺めた。


「はは、パリサは面白い子だな」

「そ、そうかニャ……?」


 最初にこの子がシエリの代わりだと聞いたときは不安だったけど、そんなに悪い子ではなさそうだ。

 むしろ、アーカンソーやシエリよりは常識的に会話してくれるというか……。


「俺からも聞いていいかい?」

「彼氏イナイ歴とスリーサイズ以外なら、なんなりとどうぞニャン」


 こちらを気遣ってか、ちょっとしたジョークも挟んでくれる。

 こちらとしては緊張がほぐれて、とても話しやすい。

 うん。やっぱりあのふたりが、ちょっとおかしかったんだよな。


「シエリの紹介って話だったけど、どういう経緯でウチに?」

「ああ、それニャ。まずシエりんに頼まれてアーカンソーを探してたとき、十三支部にいるって情報を聞いたニャ。だからウィスりんがいないときを狙って一度だけ会いに行ってみたんだニャ」

「ウィスりん……?」


 俺が首をかしげているのを見て、パリサが「あっ」と声をあげた。


「メンゴメンゴ! こっちの事情だから今のは気にしないでほしいっス……ニャ!」

「そうか。わかったよ」

「は、話を戻すニャ。シエりんからアーカンソーの特徴を聞くのを忘れてたから、とりあえず十三支部で『賢者アーカンソーに会いたい』って言ってみたニャ。そしたら暗黒魔導士みたいな格好した人が『俺がアーカンソーだ』って応対してくれたニャ。でも最初は信じられなくて『暗黒魔導士じゃなくて賢者アーカンソーに会いたい』って言ったら『納得できないなら帰れ』って返事が来たから、とりあえずおとなしく帰ったニャン。でも、やっぱりあの人がアーカンソーでよかったニャンね?」


 ウインクしてくるパリサに俺は頷き返す。


「ああ、間違いない」

「シエりんもそう言ってたニャ。代わりに『はじまりの旅団』に入って欲しいって頼まれたのは、そのあとすぐだったニャン」

「そういう事情だったか。でも、残念だったね。そんなにアーカンソーのことが知りたいなら、本人がいなくなったウチじゃ魅力がないだろ?」


 自嘲じちょう気味に笑うと、パリサは真顔になって首を振った。


「そんなことないニャン。ミーが知りたいのは、ミーがアーカンソーをどう思うかじゃなくって、アーカンソーがみんなにどう思われてたかニャ。本人に聞くより周りに聞いた方が、その人のことが正確にわかるニャン」

「魔法使いなのに、盗賊みたいなことを言うんだな」

「言ってなかったニャン? ミーのクラスは魔法盗賊ニャ」


 あれ?

 ああ、でも確かに身軽な軽装は盗賊っぽいなって思ったっけ?


「魔法少女としか聞いてなかったけど?」

「魔法少女は魂のクラスだニャン!」

「はは、魂のクラスか! それなら仕方ないな」


 やっぱりシエリに負けず劣らず変わり者だな。 

 いきなり泣いたり怒ったりしないし、会話してて気が楽なところは全然違うけど。


「まあ、主戦力を欠いた『はじまりの旅団』ってどうなんだろうと思わないでもなかったニャ。でも、カルンさんにも俄然がぜん興味が湧いてきたニャン!」

「そうなのか? 俺なんて本当に大したことないんだけどな」

「いやいや、チェルムパイセンと戦って生き残ってるだけで充分カルンさんも傑物けつぶつニャ。とゆーか、マジでどうやって生き延びたニャ……」

「ん、そうだな。確かあのときは――」

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