第77話 真似事

 チェルムは「たくさん撃つ」と先に宣言したとおり、本当に黒鱗弾こくりんだんを連射してきた。

 袖口から撃ち出された黒鱗弾の数は、ざっと見る限り一秒間で六十発。

 ウィスリーが見せた部分竜化を連続して行い、射出しているのだろうか?

 それにしたって鱗の生成速度がずば抜けている。


 この発射速度は師匠マレビトのひとりが使っていた『みにがん』という武器に近い。

『みにがん』は高速で回転して鉛の弾体を撃ち出す円筒形の武器だった。

 あのときは魔法で難なく跳ね返せたが、今は防御魔法が発動しない。


 なら、身を護る方法はひとつ。


「カルンならば!」


 そう、こうするはずだ!


「まあ」


 甲高い金属音が響くと同時、チェルムが感嘆の声をあげる。

 すべての黒鱗弾を俺が魔剣で打ち払ったからだ。


「今のは【パリィ】の戦技でしょうか。賢者のアーカンソー様には使えないはずですが」


 チェルムが当然の疑問をぶつけてくる。


「今のは【パリィ】ではない。【パリィ】の真似事だ」

「真似事ですか?」

「戦技とは、瞬間的に肉体を強化して、特定の動作を身体に強制する魔法のようなもの。ならば、強化しなくとも肉体の性能が足りている状態で戦技の動作を模倣すれば、同じことができるはずだろう?」


 もちろん『理論上は』という前置きがつく。


 なんでも普通の人間が戦技を使わずに戦技と同じ動作をするのは、速度や肉体強度の観点から不可能らしいのだ。


 実際、俺がこれをやるとカルンがこの世の終わりのような顔をしたし、セイエレムに至っては「あなたは本当に人間なんですか」と疑いの目を向けてきた。

 戦技に詳しくないシエリだけが「なんかわかんないけど、すごいわね!」と目を輝かせていた。


支援魔法バフすら使わずに戦技の再現ですか。本当に期待以上です。そんなことができる殿方は初めて」


 チェルムもやはり主人シエリと同じ意見なんだろうか。

 まるで運命の相手と出会ったかのように、とろけた瞳でこちらを見つめてきた。


「どうした、今ので弾切れか?」


 ここは敢えて挑発してみる。

 攻撃パターンを単調にさせて、少しでも考える時間を稼ぎたい。


「……念のため確認したいのですが、今の【パリィ】の真似事はどれぐらい続けられますか?」


 チェルムが今まで見せたことのない不敵な笑みを浮かべる。

 戦闘狂バトルジャンキーは挑発に乗りやすい。

 動機が嗜好しこうに寄った享楽きょうらくであるが故に。


 だから、俺もこう答える。


「いくらでも」

「最高です」


 さらに笑みを深くしたチェルムが再び黒鱗弾を連射してきた。

 先程は一秒間だけの射撃だったが、今度はそれが十秒二十秒と続く。

 連射速度もどんどん上がっていく。

 秒間百発に届かんといわんばかりのペースだ。

 

 そのすべてを打ち落とす。

 魔剣を振るい続け、猛攻を凌いでいく。


 言うまでもなく、黒鱗弾には明確な弱点がある。

 弾速が『みにがん』と同じ程度しかないところだ。

 これくらいなら貧血の頭でも見逃すことは絶対に有り得ない。


 弾速ではなく、あくまで圧倒的な射撃量ですり潰す。そういう攻撃なのだろう。

 しかし俺も単純作業だけは得意中の得意なのだ。

 疲労もほとんど感じないから、この時間を使って作戦を練ることができる。


「あは。あははは。すごいです。こんなに耐えられた殿方はカルン様以来です。戦技を使わず魔法にも頼らず、どうしてこんな芸当ができるんですか。あははははは」


 目を血走らせて興奮しているチェルムを観察しながら、頭の中で攻略法を探っていく。


 戦闘狂バトルジャンキーとの戦いに勝つ方法はふたつある。

 相手を無力化するのに加え、もうひとつ。


 場をシラけさせることだ。


 戦闘狂バトルジャンキーは強敵との戦いに心躍る。

 だから、こちらが実は大したことないとわかればシラけるはずだ。

 しかし、チェルム相手に弱みを見せるのは賭けになる。

 そこをどうするか。


「あはは。やっぱりアーカンソー様はチェルムの主人に相応しいですね。チェルムはアーカンソー様のモノになりたいです」

「俺と君とでは合わない。俺は戦いが好きではない」

「ご安心ください。チェルムは一族の中でも男性に理解があるほうですから」


 本当かよ、と思いつつ。

 俺の目は視界の隅にある変化を捉えた。

 床に散らばる黒鱗弾が少しずつ動いて、こちらに尖端せんたんを向けていたのだ。

 何を仕掛けようとしているのか理解した俺は、チェルムの作戦に乗ることにした。


「しかし、この程度では君を俺のモノにする気にはなれんな」


 タイミングをこちらで操作するために再度の挑発を試みる。

 案の定、チェルムはぷくっと頬を膨らませた。


「まあ。失礼しちゃいますね。なら、これはどうです?」


 俺に打ち払われて床に転がっていた数千の黒鱗弾が、一斉に浮き上がって襲いかかってきた。


「うわー、ばかなー」


 俺は対応できないフリをして叫んだ。

 数千の黒鱗弾が全身に殺到する。


「あっ、いけない。ついってしまいました。こればかりはさしものアーカンソー様でも――」

「ふ、ふう。今のは危なかったな。もう少しで死ぬところだった。ローブもボロボロになってしまったな、クックックー」


 よし!

 チェルムはこの程度の奇襲を回避できなかった俺に失望するはずだ!


「え。今のを食らって生きているんですか? まさか急所だけは外したとでも?」


 チェルムが、ぽかんとした顔でたずねてくる。


「ん? いや、今のは普通に我慢しただけだ。いやはや、参った。かなり痛かったぞ。こんな攻撃も回避できないとは、まったく情けない限りだ」


 場がシーンと静まり返る。

 これでチェルムはやる気をなくして――

 

「チェルムが本気で殺そうとしても死なないだなんて。アーカンソー様……最の高の高の高ですっ。ここからはもっと本気出していきますね」

「えっ、なんでさらにやる気を出しているんだ……?」

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