第75話 バトルジャンキー

 チェルムは本気だ。

 気を抜けば、死ぬ。

 その確信だけがあった。


「クッ……!」


 即座に頭を切り替えた俺は、チェルムをひとまず敵であると仮定し、防御及び迎撃術式の発動条件を整える。

 さらに彼女の挨拶が終わるか終わらないかのタイミングで立て続けに指を打ち鳴らした。

 睡眠、麻痺、石化といったあらゆる状態異常バッドステータスでチェルムを無力化せんと試みる。


 だが――


「なんだとッ!?」


 耐性アイテムによる抵抗レジストぐらいは覚悟していた。

 だが、俺の魔法は


「まあ。傷が残る魔法をひとつも使わないだなんて、ずいぶんとお優しい攻撃」


 俺の無作法な先手攻撃に、チェルムは悠然と笑みをたたえるのみ。

 しかも音声要素を完全省略した魔法効果をすべて見破ったというのか……?


「では、こちらの番ですね」


 はやい!

 こちらは瞬き一つしなかったというのに、チェルムは一瞬で間合いに踏み込んできた!

 そして何故か永続化パーマネンシィしてある各種感知魔法にまったく反応がない!


「シュッ」


 チェルムが鋭い呼気とともに繰り出してきたのは神速の突き。 

 予備動作の少ない最小限の抜き手が、こちらの頸部けいぶに伸びる。

 爪の先で首にかすり傷さえつけばそれで事足りるといわんばかりの攻撃、つまりは毒!


「ぬぅッ……!」


 それでもあわよくば頸動脈を断とうという致命の一撃を、首を傾けてなんとか回避。

 だが、動きが最小限ということは連続して放てるということであり。


「シュシュシュッ」

「何故だ、クソッ……!」


 絶え間ない猛攻を避け続けながら、俺はイラだちにうめいた。

 敵の攻撃に条件付けした防御術式や迎撃術式が、すべて発動しないからだ。


「魔法を抑止する罠かッ!?」

「残念。不正解です」


 微笑みを浮かべたままチェルムが追撃をかけてくる。


 やや大振りの攻撃!

 大きく跳べば、足にかすりはするが仕切り直せる……!


「まあっ」


 こちらが後ろに大きく跳ぶと、チェルムが感嘆の声をあげた。

 俺が毒を読んでいたにもかかわらず、こんな無茶な動きをするとは思わなかったのだろう。

 大腿部から多少の出血はあったが、チェルムとの距離を大きく離すことができた。

 ここが広い部屋で助かったな……。


「よく耐えましたね。かすれば並の人間は即死のはずなんですが」


 チェルムが爪についた俺の血を舐めながら、不思議そうにつぶやく。


「魔法にらない毒対策ぐらいはしてある」

「ですよね。そうでなくてはいけません」


 チェルムがたのしそうに微笑んだ。


「どういうつもりなんだ……?」


 戦闘を仕掛けてくる理由はひとまず置いておくとしても、俺の頭は疑問に埋め尽くされていた。

 魔法が発動しないのもそうだが、もうひとつ。


 暗殺者とは、不意打ちや死角からの攻撃で対象の命を奪うことに特化した冒険者クラスだ。

 相手に全力を出させる前に仕留めるという意味では俺の主義に通ずるが、暗殺者の場合は相手の命を奪うのが前提だ。

 相手がたとえ人間であっても、である。


 そんな暗殺者であるチェルムが、何故か真正面から挑んできている。

 俺を殺すことが目的なら、背後に立ったときにできたはず。


「あら、何か考え事ですか? もしかして、暗殺者のチェルムがどうして正面から挑んでくるのかと、思い巡らせていらっしゃいます?」


 ここはチェルムの問いかけに無言を貫く。

 考えていることをピタリと当てられたからといって動揺してみせたら、大きな隙が生まれるからだ。


「答えは簡単です。暗殺は仕事。戦いは趣味。公私混同はしません。それだけです」


 予想外の答えが返ってきた。

 なるほど、これは重症だな。


「つまり、この無意味に思える戦いは、あなたがやりたいからやっているだけなのか?」

「はい。そう考えていただいて差し支えありません」


 まったく。

 メルルのときといい、どうして本調子でないときに限って厄介な相手と戦わなくてはならなくなるのか。

 いや、世の中はそういう試練の連続だったな……。


「それにしてもアーカンソー様」


 チェルムはこちらの隙をうかがいながら、首をかしげた。


「魔法が封じられただけで、こうも戦えなくなるものなのですか? 確か報告では、手刀でミノタウロスを両断したと聞きました。どうして応戦ならさないのです?」


 報告……シエリからか?

 いや、今そこは考えるな。

 敵との問答には常に罠があると思わねばならない。


「そのような攻撃をすれば、あなたに怪我をさせてしまう」

「まあ、本当にお優しいこと。ですが、チェルムを甘く見ていると死んでしまいますよ」

「そうはさせない。あなたに殺されたら、シエリが泣く」


 そう答えた瞬間。

 ざわりと、チェルムを取り巻く気配が変わった。


「ああ、どうしましょう。妬けますね。本当に殺したくなってきます」


 チェルムが腕をこちらに向けたかと思うと、何かを高速で飛ばしてきた。


 短剣ダガーか?

 いや、今のは投擲の動作ではなかった。


「これは、鱗か……?」


 眼前で咄嗟とっさにつかみ取ったのは漆黒の、先端が尖った鱗だった。

 よく磨かれた黒曜石のような輝きを放っている。


「まあ」


 チェルムが恍惚こうこつとした表情を浮かべる。


「チェルムの黒鱗弾こくりんだんを素手でつかみ取った殿方は、アーカンソー様が初めてです。本当に素晴らしい動体視力ですね」

「それはどうも」


 戦闘狂バトルジャンキーに褒められても、まったく嬉しくない。

 

「じゃあ、次はたくさん撃ちますね」

「……勘弁してくれ」


 さらにノリノリになるチェルムを見て辟易へきえきしつつも、考えを巡らせる。


 いや、どうもこうもない。

 魔法が発動しない以上、肉弾戦で凌ぐしかない。


「戦士なら……カルンなら、どうする?」


 腰の魔剣を抜きながら、俺はかつての仲間に想いをせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る