第74話 奉仕竜族・お掃除係
「こちらです」
チェルムに案内されたのは、ダンジョンによくありそうな扉つきの一室だった。
例によって部屋全体から
部屋の中心には台座があるが、もともとは何かの装置が置いてあった場所だろうか?
現在は台座にクッションが置かれていて、その上に眠ったままのスライムが安置されていた。
「えっ。ピューちゃん、まだ起きてないの?」
シエリが意外そうに目を見開いた。
「ご覧のとおり完全な休眠状態に入っています。もしかしたら、最初から弱っていたのかもしれませんね」
「そ、そんな……あんなに元気だったのに……」
チェルムの説明を聞いたシエリが泣きそうな顔でスライムを抱きかかえた。
「昨晩から寝たままか」
「え、ええ。お風呂をあがったあたりから眠り込んじゃって。朝になってもまだ寝てたから、チェルムに任せて出たんだけど……」
俺との感覚共有リンクが切れてから、ずっと活動を停止しているわけか。
使い魔だったら野生に戻るんだが、こいつは魔法生物だからな。
俺の魔力供給が途絶えたから、生命活動を維持するために休眠したというわけだ。
というより、
効果時間は永続に設定したはずだが、術者が打ち切った場合はその限りではない。
おそらく俺のほうが感覚共有からもたらされる刺激に耐えられず、無意識に打ち切ってしまったのだろう。
今後のリスクを考えたら、スライムにはこのまま寝ていてもらったほうがいいが……。
「ピューちゃん……」
シエリにこんな顔をされたら、そういうわけにもいかんな。
「診せてみろ」
「お願いアーカンソー! ピューちゃんを助けて!」
真相を知らずに必死にスライムの助命を訴えるシエリを見ていると、改めて申し訳ない気持ちが湧いてくる。
だが、嘘を吐いてでも彼女の思い出を守ると決めた以上、秘密は墓場まで持っていかねばならない。
このやりとりが失笑もののマッチポンプだとしてもだ。
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
手袋をキュッと締め直してから、スライムに向かって指を打ち鳴らす。
発動する魔法はもちろん
シエリには魔法使い特有の魔力視覚があるが、音声要素を省略しているから俺が何の魔法を使ったかまではわからないはず。
今ほど無詠唱で魔法が使えてよかったと思ったことはない。
「……ピュイ?」
スライムが目覚めると同時に感覚共有リンクも戻ってくる。
「ピューちゃん!」
シエリがスライムをぎゅっと抱きしめた。
例によって頭が胸の感触に包まれて性欲が刺激される。
こればかりは
シエリがスライムを抱きしめるのをどれだけ言ってもやめてくれない以上、今のままではセクハラ魔法だ。
「ありがとう、アーカンソー!」
「礼には及ばない。本当に及ばない」
シエリ……頼むから、そんなふうに感謝の笑顔を向けてこないでくれ。
自己嫌悪で死にたくなってしまう。
とりあえず、同じようなトラブルが起きないように注意喚起しておかなくては。
あ、そうだ。いいことを思いついたぞ。
「それはそうと、シエリ。もしかして、そのスライムを風呂に入れたんじゃないか?」
「えっ、うん。そうだけど……」
よし。感覚共有で知った情報を、あたかも推測したかのように語ることができた!
さっきスライムの名前を口走ってしまった失敗を生かすことができたぞ!
俺にしては大きな進歩だ!
「もしかしたら、そいつは熱に弱いのかもしれん。同じことが起きるかもしれないから二度と風呂には入れるなよ」
「そ、そうね! ピューちゃんもダレダレになってたし、冷水かけたら元気になってたし……」
「それと抱っこするなとはもう言わんが、少し回数を控えめにするように。弱る原因になっていたかもしれんぞ」
「うっ、わかった……気を付ける」
よし、今回ばかりはシエリも聞き入れてくれそうだ。
これで同じトラブルは起きないだろう。
とはいえ、今後も油断してシエリの着替えシーンを覗いたりしないよう気を付けないとな。
「さて、と……」
まだ貧血気味だし、そろそろ帰るか。
スライムの
シエリはずいぶんご執心みたいだし回収はしなくていいだろう。
ウィスリーのことも心配だ。
思い詰めていないといいんだが……。
「お見事です、アーカンソー様」
そんな風に考えているときだった。
ぱちぱちぱち、と。すぐ後ろで拍手が聞こえたのは。
「……チェルム?」
油断したつもりはない。
なのに、チェルムはいつの間にか俺の真後ろ、吐息の届く距離に立っている。
そして、俺にだけ聞こえる程度の声で
「さすがはメイド長の呪いを解いただけのことはありますね」
ぞくり、と。
背筋に寒気が走った。
反射的に距離を取り、正面から相対する。
「それはどういう――」
「この離宮には、チェルムだけが把握している仕掛けがいくつかありまして」
俺の言葉を
その瞬間、シエリの姿が掻き消える。
「なっ……シエリをどこにやった!?」
「ご安心ください。姫様は無事です。少なくとも、チェルムとアーカンソー様が会話をしている間は」
「チェルム殿……いや、チェルム! もう一度だけ言う。シエリをどこにやった。事と次第によっては許さんぞ!」
「まあ」
チェルムが頬に手を当てた。
心なしか紅潮しているような……。
「そんなふうにやる気満々の殺気を向けられたら、チェルムも
ふたりっきりで話をするために、シエリを転移罠にかけたのか……?
いや、そもそもチェルムはシエリにずっと仕えていたメイドなんじゃなかったのか!?
どうして主人を人質に取るような真似をする?
まるで道理が合わない。
「ああ、でも。姫様に協力するとも約束しましたし」
チェルムが俺のことを、うっとりとした瞳で見つめてくる。
「命のやり取りもお話の一種ですよね。はい、そうです。そうに違いありませんとも」
なんなんだ! わけがわからんぞ!
一体何がどうなって、チェルムに戦いを仕掛けられそうな流れになっているんだ!?
「では、こうしましょう」
俺の混乱をよそに、チェルムがいいことを思いついたとばかりに手を叩いた。
「アーカンソー様がチェルムに勝った
「なんだ、その意味不明な条件はッ!? もれなくチェルムがついてくるではないか!」
「ああ、すみません。ついうっかり私情を交えてチェルムも条件に入れてしまいました。あ、もちろんお互い生きていたらというのが前提です。どちらかが死んでしまったら何もなしということで」
「こいつ……!」
駄目だ、まったく話が通じない!
……いや、そうだ。思い出した。
過去にも、こういうふうに理由のわからない戦闘を仕掛けてくる手合いに出会ったことがある!
「では、
漆黒のメイドがスカートの両すそをつまんで優雅に一礼するが、もはや下品に
これから訪れる……自らが仕掛ける至福のひと時に心躍って仕方ないという、凶暴で
事情はさっぱりわからんが、やはり間違いない!
「
この女は
俺が最も苦手とするタイプだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます