第73話 アーカンソーの過去

 チェルムに離宮の奥へ案内されると、遠くに城が見えてきた。

 あきらかに王城とは違う外観だ。

 

「離宮と聞いたが、すごいな。王族とはいえ、あんなところに住んでいるのか?」

「あんまり使わないけどね。ちょっと広すぎるし」


 シエリが遠慮がちに笑う。

 確かに王女ひとりにあてがうにしては、大袈裟すぎるような。


「そもそも、こんな場所は王都になかったはずだが……」


 ふと、思うところがあって空を見上げる。

 雲一つない青空が広がっているように見えるが……。


「そうか。ここは元々ダンジョンだったんだな?」


 俺たちを先導するチェルムが歩みを止めぬままパチパチと拍手を送ってくる。


「さすがはアーカンソー様。慧眼けいがんです。ここは王城の地下にあたります」

「やはりな。あの空も幻影というわけだ」


 ダンジョンはコアが破壊された後も異界空間が消えない場合がある。

 その中には人が暮らしていくのに十分な空気や水、土壌、鉱脈を残すものもあるのだ。

 そうした元ダンジョンは国家にとって重要な資源に位置づけられると聞いてはいたが……。


「よくわかったわね。カルンとセイエレムは気付かなかったのに」


 そうか、あのふたりはここに来たことがあるのか。

 当然と言えば当然だなと思いつつ、隣を歩くシエリに頷き返した。


「俺が育った場所もダンジョンだったからな」

「嘘っ!? そんな話聞いたことなかったわよ!」

「言ったことがなかったからな」

「そういえばアンタって、自分の過去を話さないわよね」


 シエリがジト目を向けてくる。


「話す必要があるか? 冒険に役に立つ情報でなければ開示する意味はないと思うが」

「あたしは知りたいけどなー……なんて」


 シエリが拗ねたように唇を尖らせながら上目遣いでこちらを見てくる。


「そう言われても、何を話していいかわからんな」

「チェルムも興味があります。無類の英雄アーカンソーがどのような環境で生まれ育ったのか」


 そんな会話をしつつも城の内部へ踏み込んでいく。

 中は迷宮構造になっていたが、チェルムは迷うことなく我々を先導していた。

 永続化パーマネンシィしてある罠探知トラップサーチが通路のところどころで反応するが、不法侵入対策だろうし、さすがに勝手に解除してはまずいだろうな。


「環境……そうだな。まず、俺の暮らしていたダンジョンは山の中にあった。たしか名称は超崑崙ちょうこんろんといったか?」

「聞いたことないわね。少なくともエルメシアじゃないってことかしら」

「どうぞ、姫様のことは気にせずに」


 チェルムに促されたので、シエリにかまわず続きを話した。


「超崑崙はエリアごとに階層構造になっていて、さまざまなモンスターがいた。俺はそいつらを狩りながら暮らしていたんだ」

「えっ、ちょっと待って。モンスターがいたってことは……それってコアが生きてる現役ダンジョンで暮らしてたってこと!?」

「そうだが?」

「……姫様。お気持ちはわかりますが、いちいち突っ込んでいたらアーカンソー様のお話を聞けないですよ」

「うっ、そうね」


 チェルムに注意されたシエリが口を閉じる。


「とにかく、俺は物心がつく頃には超崑崙で暮らしていた。だから、両親というものはいない。ただ、超崑崙には俺以外にも『マレビト』がいたおかげで孤独ではなかった」

「えっと、『マレビト』って……」


 シエリに解説しようとしたタイミングでチェルム殿がコホンと咳払いしてから口を開いた。


「マレビト、または客人まろうど。ダンジョンを通して異世界から迷い込んできた者のことですね。種族は本当にさまざまですが、モンスターと違い会話が可能です」

「えっ、じゃあ呪文の詠唱によく出てくる『客人まろうど』って異世界から来た人たちのことだったの?」


 シエリが驚きに目を見開いた。


「まあ、意味を知らなくても無理はない。ほとんど知られていないことらしいからな。むしろチェルム殿が知っているとは驚きだ」

「それほどでもあります。ささ、それでマレビトの皆さんとはどうだったのですか?」

「俺はそのマレビトたちを師匠と位置づけ、さまざまな教育を受けさせてもらった。剣のこと、魔法のこと、外の世界のことなどをな。おそらく彼らがいなかったら、俺は今でも超崑崙で戦いに明け暮れていただろう。ところでチェルム殿。先ほどから同じところをグルグルと回っているな? 話を引き延ばすためか」

「あら、バレましたか。では、お話はまた次の機会にゆっくりと。正しい道に戻ります」


 チェルムはさらっと流そうとしてきたが、さすがに気になる。


「あなたにとって俺の過去を聞くことは、そこまでのメリットがあるのか?」

「それはもう。チェルムはアーカンソー様の話を聞くために生きてきたと言っても過言ではありませんので」


 さすがに過言だと思うが、やけにはっきり断言するな……。


「そんなことを言うと、またシエリが泣くぞ」

「もういい、疲れた……」


 シエリがぐったりしながら、ヒソヒソと耳打ちしてきた。


「王城への道はチェルムにしかわからないのよ。だから、報告しに行くときは小言を言われるの」


 なるほど。

 おそらく防犯上の理由だろうが、王城に行くには離宮に転移してから、ここの迷宮を抜けて行かねばならないわけか。

 それなら毎回の報告が億劫にもなろうというものだな。


「君も苦労していたんだな、シエリ」

「わかる? わかってくれる? ううっ……」


 シエリがあまりにも不憫ふびんに思えたので頭を撫でてしまった。

 ウィスリーのときの癖でつい。


「えへへぇ~……」


 まあ、シエリが嬉しそうだからよしとするか……。

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