第65話 人の心(高難易度)
シエリは一度ヘソを曲げると、なかなか機嫌を直さない。
だから今回も長引くかと思いきや、ウィスリーに付きっきりで慰められたからか、意外とすぐ泣き止んだ。
「……ごめん。もう大丈夫」
「生気が抜け落ちているぞ、シエリ!
「ううん、平気。これ以上は迷惑かけられないし」
「本当か? 何か俺にできることがあったらすぐ言ってくれ!」
こくりと頷いた後、シエリはだんまりになった。
街道を先行する俺とウィスリーにトボトボとついてくる。
「ううう、胃が痛い……」
はじまりの旅団にいた頃は、シエリのご機嫌取りはカルンがやってくれていた。
彼はいつもこんな気分を味わっていたんだな。
大変な役割を押しつけてしまって、本当にすまなかった……。
「ご主人さまも大丈夫? さっきはきつい言い方してごめんね」
「とんでもない。本当にありがとう、ウィスリー。君がいなかったらどうなっていたか」
「ううん、いいよ! あちし、お屋敷では年下の子をあやす機会が多かったし、こういうの慣れてるから!」
ウィスリーが俺を元気づけようと元気いっぱいの笑みを浮かべたあと、おずおずと言葉を続ける。
「えっと、それでね、ご主人さま。ちょっと言いにくいんだけど……あんな言い方されたら誰だって傷つくと思うんだ」
「そ、そうなのか?」
「んー……シエリとは知り合って間もないけど、『フレモン』って絵本は子供のときに読んだみたいだし。そういうのって、誰にとっても胸にしまっておきたい大切な思い出なんじゃないかなって」
「だが、間違った知識は危険だ。命に関わる。彼女のためにもきちんと更新すべきだろう」
「うん、それはご主人さまが正しいと思う! だけど、どうなんだろ? シエリだって『フレモン』なんていないって本当はわかってると思うけどなー」
本当はわかっているのに、あんなに意固地になっていたのか?
ますますわからない。
「と、とにかく。あたしもちゃんとわかってるわけじゃないけど、がんばってフォローするから! ご主人さまも気にし過ぎないでね。わかんないことも、ちょっとずつわかればいいんだし!」
「ウィスリー……!」
感動のあまり涙が出そうだ。
こんな素晴らしい気遣いのできる子が、どうして追放なんてされてしまったのだろう?
絶対に何かの間違いだ。
「しかし、今のままだと俺は同じ間違いを犯すだろう。今後シエリにどう接すれば……」
思い悩む俺の前にやってきたウィスリーが、後ろに手を組みながら体を傾けた。
「とりあえず言い方から気を付けてみよ?」
「言い方? そんなことでいいのか」
「例えばご主人さまだっていきなりあちしに『人の心なんて一生わからないよ』って言われたら嫌でしょ?」
想像する。
足元がガラガラと崩れ、目の前が真っ暗になった。
「確かに。ウィスリーにそんなことを言われたら、俺は間違いなく首を
「あくまで例えばだからね? あちしはそんなこと、これっぽっちも思ってないから!」
慌てたウィスリーが手をぶんぶん振りながら否定する。
それからコホンと咳払いして、ピンと人差し指を立てた。
「だからシエリだって頭ごなしに『フレモンなんていない』なんて言われたらワーッ! ってなっちゃうってこと。もっとマイルドな言葉を選ぶといいんじゃないかな」
「マイルドか……例えば?」
「うーん……『今回のスライムはフレモンに出てくるのとは違う種類だ』とか?」
「しかし事実とは異なるぞ?」
「でも、さっきの話だと『フレモンが実在するかどうか』はそんなに『じゅーよー』じゃないでしょ? 大事なのは『フレモンに登場したスライムは実際のものとは違う』って話なんだし。それだけだったら、シエリだって素直に受け止められたんじゃないかなー」
「……なるほど、確かに。俺もすべてのモンスターをこの目で検証したわけではないんだし『フレモン』について断言すべきではなかったな。『実在しないかもしれない』程度に留めておくべきだった」
「あはは……」
ウィスリーが苦笑する。
どうしたのだろうと顔を覗き込むと、ウィスリーが何かを思い出したように「あっ」と声をあげた。
「それとご主人さま。さっき、シエリにすぐ謝ってたでしょ。あれはなんで?」
「む? 俺が悪いと思ったからだが……」
「何が悪いかも、よくわかってなかったのに?」
「わかっていないと駄目なのか?」
「うーん、あちしはダメとまでは思わないけど。人によっては『何が悪いかわからないけど、とりあえず謝る』って言われたら……うん……怒るんじゃないかな……」
誰かを思い出しているのか、苦い顔で腕組みするウィスリー。
「そうか。ならば改めてシエリに謝らなければな」
「今すぐはダメだからね? あとでシエリが落ち着いたらね?」
「タイミングまで重要なのかっ!?」
高難易度すぎるだろう人の心!!
「あっ! あちしもいろいろ偉そうに言っちゃったけど、間違ってるかもしれないから! もしそうだったらごめんね!」
「せ、正解かどうかもわからないと……」
「うーん。あちしは人の心に正解なんてないと思うし、ご主人さまは気にしすぎだと思う。心なんて人によって違うと思うもん」
人の心は人によって違う、か。
ま、ますますわからなくなりそうだ……。
「すごいなウィスリー。君は本当に賢いな」
ウィスリーは俺なんかより本質が見えているというか……。
彼女を見る目が変わってしまいそうだ。
「フフーン! ずっと『ずのーは』だって言ってきたでしょ?」
「まったくだ。ウィスリーの意見はとても参考になった」
「……えっと、本当はね。ご主人さまには嫌われるかもしれないから、話そうかどうか迷ってたんだ。だけど、ねーちゃに心を
嫌われるかもしれない恐怖心を抑えて、俺のためにアドバイスをしたというのか……!?
「改めて思ったよ。ウィスリーは今の俺に絶対必要だ。これからも助けてくれ」
「あい!」
「……それで。人を
俺たちの間にシエリがぬっと顔を出した。
「うわっ!?」
「いつの間に聞いてたのっ!?」
「そりゃあ、目の前でぺちゃくちゃ喋られたらいやでも聞こえてくるわよ。せめて本人のいないところか、聞こえないところで話しなさいよね。まったく……」
硬直する俺たちを見て、シエリは何故かクスリと笑った。
「本当、妬けちゃうわよ」
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