第30話 策動(ブラッケン視点)

「金を回収できなかっだと! ふざけるなっ!」


 冒険者ギルド第一支部の支部長室に凄まじい怒号が響き渡った。


「いったいいくら融資してると思っているんだ! ワシの金を増やすのがブラッケン……お前の仕事だろうがっ!?」


 目の前で喚き散らしているのは、冒険者ギルド第一支部の現支部長マニーズ・ガッポリーノだ。


 この無能なデブはブラッケン……つまりオレに高利貸しの仕事を委託いたくしている。

 今回は借金の回収に失敗したから説教を受けている、というわけだ。


 オレのような裏社会の人間を自分の支部に呼びつけるという時点でこいつの頭の中身はお察しだが、それでもいい金ヅルだった。

 だからオレは努めて冷静に事情を伝えようと試みる。


「まあ、待ってくれマニーズさん。これには理由があるんですよ。オレらの商売を邪魔したのは冒険者なんです」

「何っ、冒険者だと!?」

「しかも正式な依頼を受けたわけでもない、流れの冒険者です。借金した女に冒険者を雇えるような金があるわけないですからね」

「ぐぬぬ、おのれ~! ワシに仕える冒険者の分際で主人に唾吐くとは生意気な!」


 マニーズが顔を真っ赤にしながら忌々しそうに爪を噛んだ。


「それで! そいつはいったいどこの支部の冒険者なんだ!?」

「名乗らなかったからはっきりとはわからねぇですが、第十三支部の冒険者なんじゃないでしょうかね。オレが取り立ててた『太陽炉心』と付き合いがある支部はあそこぐらいなんで」

「十三支部だとぉ……お前は、あんな底辺どもにしてやられたのかっ!」

「あいつが底辺? とんでもねぇ。あのはドラゴンを使役してたんですよ?」

「ドラゴンだと~っ!? 嘘を言うな! あのクズどもがドラゴンなんて調教できるわけないだろ!」

「嘘じゃねえですよ。確かにオレはその辺詳しくないですけど、危うく食われそうになったんですからね……」


 思い出すだけで身震いしてしまう。


 オレも今までかなりの修羅場をくぐってきたつもりだが、あんなに恐ろしい目に遭ったことはついぞない。


 使役したモンスターに誰かを食わせようとするなんざ、それこそまともな人間の考えじゃ思い浮かばない。


 タチの悪い冗談なんかじゃない。

 あいつの目は間違いなくマジだった……。


「ドラゴン使いは十三支部じゃない! あいつらはロクデナシの集団なんだから有り得んよチミィ!」

「はぁ……」

「何か他にないのかね!」


 そう言われてもな……。


「ああ……そういえば、あいつ追われてるみたいでしたよ。妙ちきりんなメイドの女が現れて、暗黒魔導士の行方を聞いてきましたからねぇ」


 そのときに女を口説いたオレを含めて全員ボコボコにされたことは伏せておく。

 さすがにそんなことまで報告する必要はないだろう。


「そんな女などどうでもいい! とにかくドラゴン使いの暗黒魔導士だな? 誰であろうとワシの金儲けの邪魔をする奴は許さん! 地の果てまでも追い詰めてくれる!」

「どうするんで?」


 それなりの期待を込めて口端を吊り上げる。


「決まっておる! 冒険者には冒険者だ」

「は? 仕事を干したり、街から追い出すんじゃないんで?」

「それができたら苦労はせんよチミィ。この支部の冒険者ならともかく、支部をまたいでしまってはなぁ。そもそも王都の冒険者とも限らんわけだし」


 このときオレは心底呆れ返ってしまった。


 日頃からすべての冒険者は自分に逆らえないとうそぶいていた癖に、他の支部に圧力すらかけられないていたらくとは。


 所詮は支部長。

 しがない中間管理職ってことだな。


「ですが、あいつは相当な使い手でしたよ。生半可な冒険者じゃ返り討ちに遭うのが関の山ですぜ」

「案ずるな。ワシにいい考えがある!」


 思わず疑いの目を向けたくなったが、マニーズは自信満々だ。


「不埒者には最強の冒険者をぶつける。アーカンソーをな!」

「アーカンソー!? あの“全能賢者”をぶつけるってんですか!」


 冒険者にあまり詳しくないオレですら名前と噂くらいは聞いたことがある。


 剣も魔法も右に出る者はいないエルメシア最強の冒険者。


 不可能のない男……ついた二つ名が“全能賢者”という、デタラメな奴だ。


「そうか。アーカンソーなら依頼って形で動かせるわけか!」

「あー、まあ、うん。そんなところだな!」


 アーカンソーら第一支部に所属してるから支部長として指名の依頼を出せばいいということだろう。


 その割にマニーズの返事は歯切れが悪かったが。


「とにかく無辜むこの民を攻撃したとか、理由をでっち上げてアーカンソーに暗黒魔導士を倒させる! なぁに、あいつの手にかかればドラゴンなんぞチョチョイのチョイだ!」

「ですが、本当に大丈夫なんですかね? アーカンソーに依頼の裏を調べられたら、オレとマニーズさんの関係がバレるんじゃ?」

「いやあ、そんなことにはならんよ。依頼人は匿名にするし、冒険者はギルドからの依頼をいちいち疑ったりせん」

「え? いや、ですが……」

「ワシが大丈夫といえば大丈夫なんだよ、チミィ!」


 ご機嫌そうに高笑いするマニーズを見て、オレは一気に不安になった。


 ここのところ運に見放されてる気がするし、念の為に逃げる準備だけは整えておくか?


「ククク、今に見ておれ、ワシの金を奪った憎き暗黒魔導士め! クククク……!」


 ああ、うん。

 王都から脱出する手筈も整えておこう。


 なんだか猛烈に失敗する予感してきたからな……。


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