六日目

第31話 打ち砕かれた平穏

 楽しい休暇を終えた俺とウィスリーは、数日ぶりに王都の街中を歩いていた。


「いやあ、いろいろあったが……終わってみるとなかなか楽しかったな」

「うん! またみんなで行こうねー!」


 ピクニックは、なんやかんやあって泊まりがけのキャンプになってしまった。


 ドラゴンに変身できたメルルが喜んでいたのも束の間、近くを見回っていたエルメシア王国騎士団が出撃する事態に発展してしまって……。


 まあ、これについては割愛する。

 機会があれば改めて語ることもあるだろう。


「まあ、個人的には昨晩が一番大変だった気もするが……」


 昨晩に至っては『夜のご奉仕騒動』があった。


 ウィスリーが事あるごとに言っていた『夜のご奉仕』の正体がマッサージだと判明したのだが……。


 残念ながら、ウィスリーの名誉に関わるため詳しく語ることができない。


 俺の複雑骨折を治すのに上位治療グレーター・ヒールが必要だったとだけ言っておこう。


「ごめんね。あちし、今度はちゃんと優しくやれるようにするから……」

「ああ、頼むよ」


 ウィスリーも反省していることだし、もう追及する気はない。


 メルルからもたっぷり説教を食らって、正しい『夜のご奉仕』について指導されるそうだしな。


 おかげで少し先の話になりそうだが、実に楽しみだ。


 そういうわけで。

 さまざまな試練を乗り超えた俺は、数日ぶりに十三支部へ向かっている、というわけだ。


 ちなみにメルルは酒場の設備を弁償するためにウェイトレスをする約束があるそうで、一足先に十三支部の酒場に出勤している。

 後で顔を出してみるとしよう。


「あっ、アーカンソー様! 今までどこに行ってたんですか!?」


 ギルドの入り口をくぐるなり、以前ウィスリーの冒険者登録で世話になった受付嬢が声をあげた。


 自然とこちらに注目が集まり、職員や冒険者がヒソヒソと小声でささやき合っている。


「ちょっと休んでいたんだ」


 ただならぬ予感を覚えつつもカウンターに向かい、受付嬢に会釈えしゃくした。


「そうでしたか。それはそれでよかったかもしれません」

「というと?」

「実は、しばらく前から第一支部の支部長がアーカンソー様を呼び戻そうとしてるって噂が伝わってきてたんですが……」

「支部長が俺を?」


 第一支部の支部長……名前はなんと言ったっけな。


 あまり好感の持てる人物じゃなかったことは覚えているんだが。


「その噂を裏付けるように別支部の冒険者がひっきりなしに押しかけて来るようになったんです! それでアーカンソー様に取り次ぐように言ってきて、これがもうしつこいのなんのって……!」

「そんなことになっていたのか。迷惑をかけてしまってすまなかったな……」


 俺が謝罪すると受付嬢は慌てて首と手をぶんぶん振った。


「いえいえ! アーカンソー様には何の落ち度もないですから! あの常識知らずな奴が全部悪いんです!」


 ぷんすかぷんと怒りながら腰に手を当てる受付嬢。


「うーむ。別に冒険者はギルドに所属しているわけじゃないから、呼び戻すというのも変な話なんだがな。しかも俺はまだ十三支部で仕事を受けていない。ウィスリーを冒険者登録しただけだ」


 俺の横で話を聞いていたウィスリーが、こちらの視線に気づいてにぱっと笑った。


 うむ、かわいい。


「そういうわけですので、しばらくこちらに顔を出すのは控えたほうがよろしいかと……」

「わかった。忠告に感謝する」


 ふむ。ウィスリーのために依頼クエストでも見繕みつくろおうと思っていたのだが。


 またダンジョンにでも行くか?

 あるいは、別の支部を利用するか。


「とりあえず酒場に行くか。メルルもいるはずだし、イッチーたちも真昼間から飲んでるかもしれんしな」

「あーい!」


 こうして俺たちはギルドに併設された酒場へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「あーはっはっは! よえェ! 弱すぎる! 十三支部の冒険者ってのは、この程度なのか!?」


 酒場に入った途端、酷い惨状が目に飛び込んできた。


 十三支部で顔見知りとなった冒険者のほとんどが倒れていて、テーブルや椅子もひっくり返っている。

 店のド真ん中でふんぞり返って笑っているのは、見覚えのない戦士風の冒険者。

 見上げるような巨躯きょくの男だ。


「ち、畜生ぉ……!」

「こうも簡単に負けるとは歯がゆいの……」

「悔しいけど手も足も出ないんだぜ……」


 イッチー、ニーレン、サンゲルが地に伏しながら悔しそうに顔を歪めていた。


「テメェらマジで情けないと思わねェのかよ? そのザマで冒険者でございってか? どう考えても生きる価値なしだろ! さっさとダンジョンで野垂れ死んどくのがいいんじゃね? オラ!」

「ぐっ!」


 巨躯の男はみんなのことを散々に嘲笑あざわらいながら、イッチーの顔を踏みつけにした。


「どうだ、そろそろ言う気になってきたんじゃねェのか?」

「ケッ……知らねぇっつってんだろ、ターコ」


 悪態を吐いたイッチーが思い切り腹を蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられてからピクリとも動かなくなる。


「チッ、ゴミどもが。雑魚の分際で粋がりやがって」


 巨躯の男が忌々しそうに毒づく。


「……なんだ、これは。どういう状況だ」


 理解が追いつかない。


 怒りより先に疑問ばかりがいてくる。

 どうしてこの男は俺の友人たちに暴力をふるっている――?


「ご! ウィスリー!」 

 

 酒場で手伝いをしていたメルルは無事のようだ。

 しかし、普段の彼女は俺のことを『アーカンソー様』と呼ぶはずだ。

 俺の名前を出せない理由があるのだと、すぐに察した。


「あーん? なんだ、テメェも十三支部の冒険者か?」


 巨躯の男もこちらに気づいた。

 ずんずんとこちらに近づいてくる。

 

「そうだと言ったら?」

「ハッハァ! 一度しか言わねえからよく聞け! さっさとアーカンソーを出しな!」

「……なるほど?」


 頭の回転の遅い俺にも、ほんの少しだけ見えてきた。

 この男は俺が目的で、何故か十三支部の冒険者たちと喧嘩になって、たったひとりで全員に勝利した。

 そして、なんらかの事情を察したメルルは俺のことを隠そうとしてくれている……というわけか。


 まだ全容ぜんようは見えないが……。


「フーッ! フーッ!!」


 隣のウィスリーが興奮のあまり歯をむき出しにしていた。


 男に襲い掛かりたいのを必死にこらえているように見える。


 戦闘の許可を出していないことに加え、男の敵対が確定したときに俺をすぐ守るためだろう。


 これがいつものような喧嘩祭りではないと、俺より先に本能で理解したのだ。


「……ウィスリー。よく耐えてくれた」


 男から目を離さないままつぶやいた。


 メルルにも目配せをしてから、唇で「ありがとう」と伝える。


 彼女は少し驚いていたが、こちらの意図を察してうなずいた。


「探し人ならここにいる」


「……何?」


 俺の言葉に巨躯の男が眉をひそめる。

 構うことなく告げた。


「俺がアーカンソーだ」

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