第29話 メルルの変身
なんとか試練を乗り越えて、ひと
「アーカンソー様。そろそろ……」
「ん、そうだな」
立ち上がったメルルに続いて腰を上げる。
「ん、どしたの?」
ハチミツケーキを食べていたウィスリーが不思議そうな顔をする。
メルルが思わずため息を吐いた。
「この子ったら。ここに来た目的を忘れたの?」
「ピクニックだよね?」
「違うわよ。私にかけられた制約の呪いが解けたか確認しに来たんでしょ」
「あっ、そーだった!」
ウィスリーがポンと手を叩いた。
「んー、でもご主人さまが大丈夫だって言ったんだし、解けてるんじゃないかなー?」
「疑ってるわけじゃないけど、やっぱりメイド長の呪いが解けたというのがどうにも実感がないのよね……」
頬に手を当てながら不安そうに俯いていたメルルが、ハッと何かに気づいたように俺を見た。
「も、もちろんアーカンソー様を悪く言うつもりもありませんので!」
「わかっているとも。メイド長は一族のトップなのだろう? ウィスリーにかけられていた呪いからして、かなりの使い手なのは間違いないぞ。あんな悪辣な多重呪詛は見たことがなかったからな」
ウィスリーが小首を傾げる。
「でも、ご主人さまは簡単に解いちゃったよね?」
「いや、決して容易ではなかったよ。詠唱も動作も省略せず呪文名まで口にしないと解けそうもない呪いなんて
「ほええー。やっぱりご主人さまはすごいね!」
無邪気に笑うウィスリーだが……はたして本人は気づいているだろうか?
ウィスリーの呪いは、術者の本気度がまるで違った。
決して誰にも解かれることのないよう何重もの呪いが施されていた。
絶対に許さないという妄執によって複雑怪奇な文様に彩られていた。
メイド長の人物像は不明だが、ウィスリーに相当な執着を持つ人物なのは疑いようもない。
そうでなければ、あんな強力な呪いをかけられるはずがないからだ。
俺も最初は一族追放の罪がそれだけ重いからだと分析していた。
しかし、メルルの呪いと比較すればするほど同じ人物の仕事とは思えない。
メルルの呪いは事務的で義務的。
しかし、ウィスリーの呪いにはドス黒い感情がたっぷり乗っかっていた。
今思えば、初めてメルルと会ったときに一族からの刺客だと思い込んだのも……呪いの性質からウィスリーの
「いずれメイド長と話をつける日が来るかもな……」
「ご主人さま、どうしたの? ちょっと怒ってる……?」
ウィスリーが不安そうな顔をする。
「怒ってなんかいないさ」
頭を撫でてあげるとウィスリーは安心したように笑顔を浮かべた。
この子もいつか俺のように自分の過去に向き合う日が来るかもしれないが……それは今でなくてもいいだろう。
「……よろしいでしょうか」
「すまなかったな。いつでもいいぞ」
俺の許可を得ると、メルルは一礼して距離を取る。
あの様子だと、俺の独り言を聞かれたかもしれないな。
「それでは、いきます!」
メルルの体が輝いたかと思うと、次の瞬間には一匹の竜が現れていた。
「おお……美しい」
メルルのドラゴン形態は凛々しく、どことなく気品が漂っていた。
ウィスリーよりも一回り大きく、大人一歩手前のドラゴンと言った感じだ。
「クオオオッ!」
メルルが一声鳴いて大きく翼を羽ばたかせたかと思うと、軽やかに飛び立っていく。
「ウィスリーはシルバードラゴンだったが、メルルはゴールドドラゴンなのか」
メルルの全身は黄金の鱗に覆われている。
シルバースという姓から、てっきりメルルもシルバードラゴンだと思っていたが。
「うん! ねーちゃの髪の色は金色だからね!」
「……そういうものなのか?」
竜人族の生態には詳しくないが、ウィスリーの言い方からすると竜人族の髪の色を見れば何のドラゴンの子孫なのか類推できるということだろう。
あとでメルルにも聞いてみようか。
「それにしても、彼女はどうして飛んでいるんだ?」
メルルはいつまでも上空を旋回していて、なかなか降りてくる様子がない。
「久しぶりにドラゴンになれたから嬉しいんじゃないかな! あちしも人の姿に戻れたときはすっごく嬉しかったし!」
「なるほど」
先ほどの咆哮もどことなく嬉しそうだったし、文字通り羽を伸ばしているわけか。
メルルはしっかり者だし普段は大人びて見えるが、俺と同い年ぐらいのようだし……まだまだ中身は若いということだな。
「む?」
隣のウィスリーが何やらウズウズしている。
さては……。
「行きたいならウィスリーも飛んできなさい」
「……いいの?」
「ここなら誰の迷惑にもならないからな」
「あいあい!」
ウィスリーがいつも通りの返事をすると、喜び勇んで駆けていく。
そして丘のてっぺんで空高くジャンプしたかと思うと、そのまま空中でドラゴンに変身した。
小さな翼で風に乗って、あっという間にメルルと並んでしまう。
「竜人族は、ああやって空で遊ぶのか」
しばらくの間は空の上でじゃれ合っていたが、やがて
子供同士がかけっこをするような感じだろうか。
「今日は来て良かった」
俺はまぶしい太陽の光に手をかざしながら、天高く飛翔する姉妹を見守るのだった。
◆◆◆
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