腰掛けババア

西川東

腰掛けババア

「誰かに話しても『え、嘘でしょ~』っていわれるんですけどね」

 ・・・と、大学生のEくんが話してくれた体験。



 Eくんの所属しているサークルの先輩で、Mさんという男性がいた。

 EくんとMさんは、先輩と後輩の関係といえど、「いいバイトはないか?」とか、「彼女にフラれた」・・・だの内容の重さに関係なく、面と向かって話せる仲だったという。そんな彼が、ある時を境にパタッ・・・とサークルに来なくなり、全く連絡もとれなくなってしまった。


 ある日、Eくんたちがサークル棟で談笑していると、Mさんがなにもなかった様子で顔を出してきた。ただ、心なしかやつれているようだった。

「どこいってたんですか」「なにかあったんですか」と聞いても曖昧な答えしかいわない。そして、どこか落ち着きがない。


 ふと気づくと「どこかで話せない?」とMさんから携帯でメールがきている。目の前にいるのに。こんなことは初めてであった。

(これはなんだか訳ありだな・・・)と察したEくんは、適当に帰るフリをして、Mさんといつものファミレスで落ち合うことにしたという。


 ファミレスにつくと、Mさんはもう先に座って待っていた。こちらに手を振ってくるが、その様子はせわしない。

 向かい合わせに座ると、Mさんから話を切り出した。

「あそこを見てくれ」と、席の真横にある窓を指差す。よく車の通る車道を隔てて、学生の宿舎がいくつもある、いつも通りの風景だ。

「なにか変なのが見えないか」というので、「なにもない」と答えると、Mさんは辿々しく話し始めた。




       


 数十日まえのこと。親戚の葬式があって、Mさんは地元に帰ることとなった。


 葬儀にはたくさんの参列者がおり、受付はてんやわんや。Mさんも全く面識のない参列者の対応に追われたという。参列者は年寄りが多く、Mさんは数少ない若者だということで彼らに気にいられ、延々と世間話を聞かされた。

 そうして聞き役に回ってボーッとしていたときだった。どこか目の前の光景に違和感がある。


 それは人混みの奥にある受付だった。受付には叔父さんと叔母さんが立っている。後ろには椅子があるのだが、対応に追われ立ったままでいる。

 その横、ちょうど受付の机の隣のなにもないところに、先程まで見なかった老婆が椅子に腰掛けている。

 妙なことにその老婆は喪服ではない。質素な着物である。顔はしわくちゃだがニコニコしている。ただ、それだけではない。分からないが、『なにかがおかしい』。


 そうこうしているうちに式が始まってしまい、以降、老婆の姿を見ることはなかった。後に叔父さんと叔母さんをはじめ、当日会場にいた親戚に聞いたが、誰もそんな老婆を見ていないといわれた。


       



 その時はそれでおしまいだった。

 ただ、地元からこちらに帰ってきてからその『違和感』に気づいたのだという。


「で、なにに気づいたんですか?」

 と、聞くと、Mさんは急に黙ってしまった。みるみるうちに顔色が青くなっていく。そして、内緒話をするようにこんなことを聞いてきた。


「・・・外に・・・なんか、みえねえか?」


 ゆっくりと視線を窓に向ける。


 よく車の通る車道。

 その向こうに学生の宿舎がいくつもある。

 さきほど見たときと同じ風景だ。


「なにもない」と答えると、また一段と小さな声で


「気づいた日からな、視界の端っこにいるんだよ。あの婆さん」


「おまえに見えないってことは、俺の幻覚なのか?」


「それともお前が『気づいてない』からか?」

 

 Mさんは普段はいたずら好きな先輩だったが、その様子はどうも演技にみえない。明らかに怯えている。そして、Mさんには見えるという老婆の姿は、どこにも見えない。

 頭の中で先輩はおかしくなったのではないかという考えがよぎる。ここは話を最後まで聞いてあげて、このあと先輩をどうするか色々考えよう…と、頭を整理して、Eくんは落ち着いた口調でゆっくりと聞いた。



「・・・それで、なにに気づいたんですか?」



「あの婆さん、椅子に座ってるんじゃなくて、足がないからそうせざるを得ないんだなって」


 ほら・・・とMさんが目配せをするので、外をみると




 車道の向こう。

 歩道の真ん中に椅子が置いてあった。


「え!?」

 声を出したのはMさんだった。

 なんと、さっきまで件の老婆がみえていたMさんにも、今は椅子しかみえないのだという。が、あの椅子は老婆が座っていたものによく似ているらしい。

 二人して見えているということは、幻覚ではない。混乱していると、Mさんがあの椅子は本当に存在するのか確認しに行こうといいだした。


 もしかすると本当はストーカーの仕業という可能性もある。それが老婆というのは不気味だが、そうならばMさんはおかしくなかったと分かるし、男二人で行けばなんとかなるかもしれない。

 そんな風に自分に言い聞かせると、乗り気ではなかったが、件の椅子を確認しに席をたった。


 会計に向かうと、「相談にのってくれたし・・・」ということでMさんが支払いするため、先に進んでいった。

 ただそのとき、なんとなく(あの椅子はまだあるのかなあ)と、Eくんは振り返ってみた。



 椅子は、車道を越えてこちら側の歩道に移動していた。

 そして、そこにはMさんが腰かけていた。

 思わず正面に向きなおす。


 目の前では支払いをしているMさんの後ろ姿がある。


 また振り返る。

 窓ガラス一枚向こう側、Mさんがあの椅子に座っている。

 全く動かず、ただ虚空を見つめるように座っている。



 すると、

「ありがとうございました~」

 会計の店員の声に続いて、ドアベルの音がなった。

 振り返ると、出入り口のドアがカチャリ・・・と閉まった。

 急いで後を追いかけてドアを開ける。が、Mさんの姿はどこにも見当たらない。

 そして件の椅子も、どこにも見当たらなかった。


 それ以降、Mさんは行方知れずとなり、連絡もとれずに今に至るという。

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腰掛けババア 西川東 @tosen_nishimoto

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