その7

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 海賊退治作戦の3ヶ月後、サリオはラ・ライレに執務室まで来るように呼び出されていた。


 何で呼び出されたかの理由はサリオには分かっていた。


 呼び出された甥は説教を受けるという事なのだろう。


 サリオが執務室に通されると、挨拶もないまま、ラ・ライレはいきなり口を開いた。


「サリオ、あなたはエリオに何をさせるつもりですか?」

 ラ・ライレは極めて冷静な口調でサリオに質問をぶつけてきた。


 それが返って、ラ・ライレが冷静さを欠いている事を如実に表していた。


「……」

 サリオはあまり見せない態度の伯母を見てやれやれといった感じだった。


 いや、あまり見せない態度というのは表現が違っていた。


 ある条件下以外では見せない態度と言った方が正確だろう。


 なので、余計サリオはやれやれといった感じになるのだった。


「何か、仰いなさい!!」

 ラ・ライレは何も言わないサリオに対して、既に冷静ではいられないようだった。


(いくら何でも化けの皮が剥がれ安すぎでしょう……)

 サリオはラ・ライレの態度にやれやれ感に続き、呆れた感も加わった。


「サリオ!!」

 今度はラ・ライレの鋭い声が響いた。


「陛下、何をそんなに取り乱しているのか、存じ上げませんが、陛下の許可した海賊退治の作戦を実行中です」

 サリオはさも何も分かっていませんといった風に、わざとらしく恭しく答えた。


 まあ、書くのも野暮だが、サリオがラ・ライレが何故こう言った態度を取っているのか、手に取るように分かっていた。


「サ、リ、オ!!」

 ラ・ライレはサリオの名前を一字一字はっきりとじっくりと叫ぶように言った。


 当然、この言い方はかなり怒っている事がはっきりと分かるものだった。


 だが、怒っているラ・ライレを尻目に、サリオは笑いを堪えていた。


 今にも吹き出しそうだが、努めて素知らぬふりを貫こうとしていた。


 女王直々から怒りをぶつけられているので、普通は萎縮する所である。


 だが、子供の頃から怒られ慣れているサリオである。


 女王なのだが、母親代わりに育ててくれた事もあり、親しみを持っている。


 そして、今回の場合は、特に害のないものなので、全然平気だった。


 と言うより、むしろ、これを切っ掛けに、女王から一本取れると言った感じで、わくわくうきうきな気分でもあった。


 ……。


 ラ・ライレの一方的な睨みとサリオの悪戯心により、奇妙すぎる沈黙が訪れてしまった。


 しばらく、そうしていたが、折れたのはサリオの方だった。


 まあ、自分の息子を本気で心配してくれている伯母に対して、これ以上無下な事は出来ないと思ったのだろう。


「エリオがアスウェルに行ったのは自明の事でしょう」

 サリオはやれやれといった感じで口を開いた。


「自明って、サリオ、あなた、何を言っているのですか!?」

 ラ・ライレは事情が全く飲み込めていないので、苛立ち、それを隠そうとしなかった。


 まあ、「サリオ」と連呼している時点で身内への説教として始めていたからだ。


 ラ・ライレの方もサリオは自分の息子同然と思っている。


「だって、作戦の立案者が当事者として、任を進めるのは当然の事ではありませんか?」

 サリオの方もラ・ライレが何を聞きたがっているのか、分からないと言った感じだった。


 と同時に、当たり前の事を指摘しているのに過ぎないと言った感じで、呆れてみせた。


「ちょっと、待ちなさい、作戦の立案者って?」

 ラ・ライレは左手を自分の額に当て、目を瞑り、右手でサリオを制するように突き出していた。


 事態が飲み込めないでいる状態ではなく、思わぬ事態に戸惑っている様子だった。


「ですから、その立案者はエリオですよ」

 サリオはラ・ライレが認識しているが認識したくないといった感じだったので、ダメ押しでそう告げた。


「えっ?あの子が?

 エリオが立案者ですって?」

 ラ・ライレは認識したくないという感情からそう言っていた。


「だから、そうだと言っているのではないですか!」

 サリオは更に追い打ちを掛けた。


 まあ、こんな伯母は滅多に見られないので、面白がっているのだが……。


「あの子は……、エリオは、そんな事、言っていませんでしたが……」

 ラ・ライレはこの期間で起こっていた事をエリオからも聞いていたようだった。


「うむ……」

 ラ・ライレの言葉を聞いたサリオが腕組みをして唸ってしまった。


(アイツの認識ではそういう事になっているのか……)

 サリオは、エリオの認識違いに当惑してしまった。


 とは言え、それはそれとして、今は目の前の伯母の認識の方を改めて貰う方が先だった。


「いえ、陛下、徹頭徹尾、あいつが作戦の立案者ですよ」

 サリオは真面目な表情になってそう言い切った。


「!!!」

 ラ・ライレは固まったまま、サリオを見た。


「取っ掛かりは、我が家の財政難からです」

 サリオは仕方がないと言った感じで話し始めた。


「それはわたくしにも相談がありました」

 ラ・ライレは怪訝そうな顔をしながらもそう言った。


 話の腰を折ると言う事はしなかったが、何でそこから話し始めるのかがよく分からないと言った感じだった。


「それを解消する手段として、我が軍の調達物資先を変える事をエリオはしました」

 サリオはそう続けた。


 まあ、正確にはエリオがそれを決めたのではなかった。


 そう言う動きをエリオがした途端に、周辺に暗躍する者達が出てきたので、サリオが慌ててその役を代わったと言ったのが正確だろう。


 とは言え、それがなかったら、そのまま任せておいたので、エリオの功績だとサリオは思っていた。


 でも、まあ、そんな事はラ・ライレも報告を受けていたので、何を今更と言った感じでいた。


 だが、ここでもラ・ライレはジッと我慢をして口を挟まずに聞き役に徹した。


 女王なので、普段嫌な思いをさせられても、絶対に顔には出さないでいた。


 しかし、この時ばかりは、そうはなっていなかった。


 そんなラ・ライレの態度を見て、サリオは益々勝ち誇った気になっていた。


「ただここで問題が発生していまいました。

 調達先が海賊に襲われてたのです」

 サリオはゆっくりと話を続けた。


 ラ・ライレはそれも報告を受けていたので、イライラしていた。


 とは言え、ここで口出しすると、サリオの思惑に嵌まると思い、更にジッと我慢した。


(中々、頑張りますなぁ……)

 サリオは得意気にもなっていた。


「ところが、運良く、エリオの初航海の時に、それに遭遇したので、調達先は救われるのでありました」

 サリオは物語を語るように大袈裟に言った。


 ラ・ライレを揺さぶるつもりで、そんな風に言ったのだった。


 ラ・ライレはラ・ライレで、その言い方に大きく揺さぶられていた。


 奥歯を噛みしめながら、ジッとして、サリオを睨み付けていた。


(ヤバい、やり過ぎたかも……)

 サリオは反省の念を思い浮かべてはいたが、やれやれ感満載だった。


 勝利を確認しつつ、相手への思いやりも出てきたと言った所だろうか?


 まあ、何の勝負なのかが、よく分からないのだが……。


「まあ、その時からエリオが主体となって、海賊退治の作戦が開始されたのです」

 サリオはやや溜息交じりでそう言った。


 この溜息は勿論、エリオに対してのものだった。


 10歳児が考え付くものかという驚愕というより、呆れ果てた感じだった。


 そして、11歳児になった今、それを意図も簡単に実行しているのも呆れていた。


「ちょっと、待ちなさい。

 あれは、エリオが考えたものなのですか?」

 ラ・ライレは目をまん丸にして、口をあんぐりさせていた。


 およそ、女王らしくない表情だった。


「陛下、私はそう報告しましたが……」

 サリオは今更何を言っているんだと言った感じになっていた。


「それはあの子に、エリオに花を持たせる為の方便だったのでは?」

 ラ・ライレは未だに信じられないようだった。


 ラ・ライレはあの報告はただの親バカによるものだと思っており、周りもそのような雰囲気だった。


「いやいや、御前会議でそんな恣意的な報告はしませんよ」

 今度はサリオの方がびっくりしていた。


 と同時に、これまで話が今一噛み合わなかった理由がよく分かった気がした。


「あの子はこう言った戦闘には不向きなのでは?」

 ラ・ライレはまだまだ信じられないようだった。


「剣を振り回して、戦う事に対しては全く役に立たないのは陛下の仰るとおりです。

 ただ、戦闘というものは、それだけではありませんからね。

 目標を設定する戦略、その目標を達成する為の戦い方である戦術、そして、戦う際に纏める力である統率。

 クライセン家の惣領となるにはむしろそれらの方が重要です」

 サリオはラ・ライレにそう語り掛けた。


「あの子にそんな才能があるのですか?」

 ラ・ライレは説明された分、更に信じられないようだった。


「事実だからそう言う状況になっているのですよ、陛下」

 サリオはダメ押しを行った。


「はぁ……」

 ラ・ライレは溜息をついた。


 エリオは周りから頼りないだの、不甲斐ないだの、散々こけ落とされてきた。


 そんなエリオに対して、ラ・ライレは誰よりもエリオを高く評価してきた自負みたいなものがあった。


 だが、サリオの説明を聞いた今では、低評価をしていたのは自分も同じだったと思い知らされた気分だった。


 そう、自分の見る目に失望したといった感じで溜息をついていた。


「どうやら、わたくしの見る目がなかったようですね。

 あの子は学者向きであり、戦闘向きではないと決めつけていましたから」

 ラ・ライレはしみじみと言った感じでそう言って、天を仰ぐように、天井を見詰めた。


「ああ、でも、陛下のその見立ては間違ってはいないと思いますよ」

 サリオは海賊退治の際のエリオを思い浮かべながらそう言った。


「???」

 ラ・ライレはサリオの方に向き直った。


「だって、あいつは、妙に理屈っぽいとか、ド正論を言ってくるとかして、こちらがぐうの音も出ない事が多々ありますからねぇ」

 サリオはエリオの言った事を思い出しながら、呆れるやら腹が立つやら複雑な思いをしていた。


 少なくとも、父親の態度ではなかった事は言うまでもなかった。


「はっ、はっ……」

 ラ・ライレはその様子を想像できてしまったので、力なく笑う他なかった。


 雰囲気が和んでしまった。


 それまでの勝負がどこかに去ってしまったようだった。


「で、あの子の、エリオの才能は、サリオ、あなたと比べてどうなのですか?」

 ラ・ライレは女王然とした口調でそう聞いてきた。


 反撃の狼煙だろうか?


「いっ……」

とサリオは思わぬ口撃に一瞬怯んだが、すぐに何食わない表情を保ち、

「そうですねぇ、あいつはまだ11歳児ですからねぇ、まだまだといった所ですよ」

と余裕を見せ付けた。


「そう、その11歳児に全てを任せて、功績は自分が独占という事ですか?」

 ラ・ライレはニヤリとしていた。


 最後にやり込められて、やはり、甥は伯母に勝てなかったようだ。

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