その8

 伯母と甥の会談後の約1ヶ月後、海賊の殲滅の報告が入った。


 普通だったら、喜ぶ所なのだが、ラ・ライレはあまりの予定通りの結果に呆れてしまっていた。


 更に、ラ・ライレを呆れさせる報告が入ってきた。


 突然のライゴール商会の王都出奔だった。


 ライゴール商会はライバルを抑えて、近年、軍事物資の調達でシェアを拡大していた。


 ライゴール商会はホルディム家とつながりがあった。


 そして、この商会は海賊と組む事で急速にシェアを伸ばしていったという疑いがあった。


 ただ、そう言った手合いと組む事は流石のホルディム家もこれ以上は良しとはしなかったようだった。


 今回の事を機に、クライセン家とホルディム家が手を組んで、出奔という形で追い出した事は想像に難くなかった。


 交渉したのはサリオであるのは間違いが無いが、計画を立案したのは間違いなくエリオだと、ラ・ライレは確信していた。


 それが透けて見えたので、ラ・ライレは呆れる他なかった。


 また、その穴埋めの為、クラセックを含めた新しい商人達が、王都で活動できるように、許可申請してきていた。


 こうなると、海賊退治を切っ掛けとして、気に入らない商人を追い出し、商売のシステムを変更するのが最終目的だったと思わざるを得なかった。


(全てが一度に思い付いたとは思わないけど、一つ一つの戦略目標をつなぎ合わせて、まとめるとはね)

 ラ・ライレは自室で1人、エリオの才能について考察していた。


 とまあ、ラ・ライレはエリオを最高に持ち上げる形で今回の事案の収束具合を解釈していた。


 だが、11歳児であるエリオはそんな壮大な構想を持っていた訳ではなかった。


 11歳児が考えていた事は、当初の目的である我が家の財政難の解消だった。


 それを考えていたら、解消すべき課題が多かった事と、その協力者が多かったので、このような結果になっただけだった。


 有り体に言えば、他人の力を利用し、流れに任せていたら、こうなったという事である。


 エリオ自身に言わせれば、ほとんど成り行き任せでこうなったという事だった。


 しかし、当初の戦略目標がぶれなかった事と、その設定も間違っていなかった事から、上手く行った事ではある。


 そう考えると、やはり、変な11歳児である。


 それはともかくとして、ラ・ライレは一通り執務を行うと、気分転換の為に、部屋を出た。


 すると、所在なさげで寂しげなリ・リラが向こうから歩いてくるのが見えた。


 トボトボと歩いている姿は、エリオがいない為に、寂しいといった感じが伝わってくるものだった。


 成人したリ・リラとはおよそ似つかわないリ・リラがそこにはいた。


(エリオがいなくて、寂しいのは分かるけど……)

 ラ・ライレはそんなリ・リラを見て、困ったような呆れたような複雑な心境だった。


 と同時に、このままではいけないと感じてきた。


「リ・リラ!」

 ラ・ライレはしょんぼりリ・リラに声を掛けた。


「!!!」

 リ・リラはびっくりして、顔を上げて、その場に立ち竦むような格好になった。


 どうやら、ラ・ライレが目の前にいる事に気が付いていなかったようだ。


 まあ、それほどしょんぼりしていたのだろう。


(思った以上に、これは深刻かも……)

 ラ・ライレの方も違う意味で驚いていた。


「リ・リラ、ちょっと2人っきりでお話しがあります」

 ラ・ライレはそう言うと、さっき出てきた自室にリ・リラを誘った。


「分かりました……」

 リ・リラは元気のない声でそう答えた。


 そして、ラ・ライレの後に続いて、自室へと入っていった。


 自室に入ると、ラ・ライレはソファに腰を掛けた。


 一方のリ・リラはぼうっと自室の入口付近に突っ立っていた。


「何をしているのですか?こっちに来て、座りなさい」

 いつまでも突っ立っているリ・リラに、ラ・ライレはそう声を掛けた。


 リ・リラは言われるままに、ラ・ライレの方に近付いていった。


 2人っきりで話すとなると、説教かと身構える所なのだが、今のリ・リラにはそんな考えも思い浮かばないほど、心、ここにあらずと言ったところだった。


 そんなリ・リラを見て、ラ・ライレはやれやれといった感じで、リ・リラが自分の向かいに座るのを待つ事になった。


 ……。


 リ・リラが座るまで意外なほど時間が掛かったので、沈黙が訪れてしまった。


 それでも、ラ・ライレは急がせようとはしなかった。


 祖母としての優しさなのだろう。


 ただ、ようやく座ったリ・リラの表情は生気が全く感じられなかった。


 まあ、廊下をトボトボ歩いていた時からそうだったのだが、目の前にすると、思った以上に深刻な思いをしているのだろうと言う事を察した。


「リ・リラ、エリオがいなくて、寂しいですか?」

 ラ・ライレはまずは優しく声を掛けた。


「はい……」

 リ・リラは消え入るような声でそう答えた。


 この頃のリ・リラは、愛くるしい容姿とマッチしていて、とても素直でおしとやかだった。


 まあ、成人してからもその性格は容姿とマッチしているのだが……。


(まあ、無理のないのかもしれない……。

 今まで、ずうっと一緒にいるのが当たり前だったのだから……)

 ラ・ライレはそう思いながら早急に話を進める事はしなかった。


 年の功だろうが、こう言う時には急いても仕方がない事をよく知っていたからだ。


(とは言え、このままでいい訳がない……)

 ラ・ライレは同時に現状を掛けなくてはならないと言う思いもあった。


 とは言え、そう思いつつもすぐには変わらないだろうという確信もあった。


 ……。


 ラ・ライレが事を進めない事で、再び沈黙が訪れてしまった。


 リ・リラは重く沈んでいた。


「エリオは既に国の為に働いています」

 ラ・ライレは、静かにリ・リラに語り掛けるように言った。


 まあ、これは間違いではないが、正確でもないだろう。


 親バカと言うより、大伯母バカが加わっている事はまあ、あまり問題ではないだろう。


 どちらかと言うと、エリオ自身は、国の為に働いているという感覚は全くない事であり、結果的にそうなっているだけなのである。


 追々、そうなっていくのだろうが、まあ、現在11歳児であるエリオが、そこまで考えられる訳なかったのである。


 ぶれない戦略目標を突き詰めていった結果、海賊の殲滅という国の為の行動を完遂させたに過ぎなかった。


 まあ、その事についてはこの辺でいいだろう。


 あまり追求すると、本編から大きく逸れてしまう。


「???……、?!」

 リ・リラはラ・ライレが何を言っているのか最初分からなかった。


 しかし、純粋な地頭の良さはエリオより遙かに上なので、祖母が重大な事を言っている事を感じ始めていた。


「もう一度言いますよ、リ・リラ。

 エリオは今、国の為に働いています」

 ラ・ライレはリ・リラが何かを感じ始めていた事を敏感に掴み、同様にそう言った。


「!!!」

 今度のリ・リラはハッとした表情に変わった。


 と同時にしょげている自分を恥ずかしく思った。


(わたくしの4人の孫達は、わたくしが思っている以上に優秀ね!)

 ラ・ライレはリ・リラの表情を見ながら嬉しそうにそう思った。


 4人の孫とは、リ・リラ、ロジオール家のクルス、ヘーネス家のヤルス、そして、エリオだった。


 まあ、勿論、エリオは孫ではないのだが、ラ・ライレの中では他の3人同様、孫として扱っていた。


 また、話が逸れてしまうので、それはさておき、ラ・ライレは嬉しくは思ったが、努めて厳格な表情になるように努めていた。


「エリオは今、国の為に頑張っています」

 ラ・ライレは再三同じ事を繰り返した。


「!!!」

 リ・リラはそれを聞いて、居たたまれなくなってきた。


 とは言え、ラ・ライレはリ・リラを追い込もうとしている訳ではなかった。


「エリオは将来この国の礎となる人物になるでしょう」

 ラ・ライレはゆっくりとした口調でそう言い切った。


 あれ?ちょっと前まではその行く末を心配していたような気がするのだが……。


 まあ、いいか……。


 事が行われ、正しく評価されないよりは全然マシである。


 とは言え、これは、やはり、大伯母バカが大きく付け加えられているのは否めない。


「その時、リ・リラ、あなたはどうしますか?」

 ラ・ライレはなるべく優しく語り掛けた。


「……」

 リ・リラはラ・ライレの言葉を受けて、先程とは異なるシュンとした感じになってしまった。


 優しく語られてはいるが、結構辛らつな言葉である。


 10歳の幼女にはかなりきつい。


 ましてや、地頭がいい分、その意味がよく分かってしまうのが、結構辛い。


「リ・リラ、あなたは追い詰めるつもりはありません。

 エリオも、どんなあなたでも、傍にいて支えてくれるでしょう」

 ラ・ライレの口調は相変わらず優しかった。


 辛らつな言葉なので、敢えてそうしているのだが、リ・リラにとってはそれが却って辛くなっていった。


 益々、落ち込んでいくと言った感じだった。


(この歳で、自分の能力の無さを知り、嘆くなんてね)

 ラ・ライレはリ・リラの気持ちが手に取るように分かった。


「リ・リラ、もし、それが嫌ならば、あなたは努力しなくてはなりません!」

 ラ・ライレは優しいゆっくりな口調から一気にハキハキとした口調に変わった。


「!!!」

 シュンとしていたリ・リラは、ラ・ライレをジッと見た。


 先程までのシュンとした感じはなく、目には力強さがあった。


「そう、リ・リラ、あなたはエリオに負けないように努力しなくてはなりません!」

 ラ・ライレは叱咤激励するかのようにそう言った。


「分かりました、お祖母様!」

 リ・リラは、スッと立ち上がりながら、そう決意を述べた。


 そして、この時から愛らしいリ・リラから女王様のリ・リラへと変貌を遂げるのであった。


 この事は、エリオは一生知る事はなかった。


 もし、知っていたら、エリオは、ラ・ライレに文句を言い続ける事になっただろう。

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