その6

「全艦、配置に着きました」

 マリオットは、エリオにそう報告してきた。


「はい?」

 エリオはどういう事?というような表情をして固まっていた。


「いつでも攻撃開始できます」

 マリオットは、固まっているエリオを他所に事務的に事を進めていた。


 東の空は白み始めていた。


 朝駆けには絶好の機会だった。


 と言うより、狙ってこの時間に配置を完了されていたのは言うまでも無い。


 まあ、それはともかくとして、エリオは自分の置かれた状況を理解できずに、キョロキョロしていた。


 そして、誰もが自分に注目している事に気が付いた。


(11歳児に丸投げですか……?)

 エリオは呆れていた。


 しかし、呆れるのはそれを認識してしまう11歳児の方かも知れない。


 エリオはまだ11歳なので、出来ない事がほとんどである。


 いや、同い年の子と比べると、圧倒的に平均以下の項目が多い子である。


 だが、作戦立案に関しては、周りを納得させる事が出来る能力を有しているらしい。


 まあ、これらの事柄は爵位を継いでも引き継がれているの事柄なのだが……。


 そして、戦略以外は役に立たない残念な人として、周りから見られるのだった。


「問題ないようですので、父上、後はよろしくお願いします」

 エリオは諦めて現状を受け入れる事にした。


「よし、野郎共、やっちまうぞ!!」

 サリオはおよそ公爵に似つかわしくない声を上げた。


 うぉっ!!


 所々でサリオに呼応する叫び声が上がり、水兵達は一斉に持ち場に着いた。


(やれやれ、どっちが海賊なのか……)

 エリオはその光景を呆れながら見詰めていた。


 どっかん、どっかん……。

 ばーん、ばーん……。


 程なく、全艦による一斉射撃が開始され、砲弾が雨霰とばかりに降り注いだ。


 そして、地上の建物や係留されている船の上に落ちて、次々と破壊していった。


(しかし、まあ、こんな拠点を今までよく見逃せていたなぁ……)

 エリオは報告はされていたが、実際に目の当たりにすると、改めて大規模な拠点を見詰めていた。


 見逃されていたのには、それなりの理由があった。


 地理的に、エアポケットみたいな地域である事は確かではある。


 とは言え、それ以上に、しょうもない理由なのだが、リーラン王国海軍の不和が最も影響しているのは言うまでもなかった。


 クライセン家とホルディム家により、どうにも一枚岩に成れない状況が長く続いていた。


 更に、クライセン家の中もそんなには統制が取れていなかった。


 それに加えて、サリオの大らかな性格も災いしているとも言えた。


 大らかな性格は本来長所として用いられる事の多い言葉だが、今回は短所として用いられる。


 3代目のホルディム伯であるカイオは殊更野心が強く、サリオに対して色々と仕掛けてきていた。


 それも表立ってのものばかりという訳ではなかった。


 エリオはその一環が今回の現象だという考えを持っていたが、敢えて口には出さないでいた。


 それは、海賊を実力で排除してしまえば、済む事だという確信があったからだ。


 要するに、細かい事はさておき、大まかな所を押さえてしまえば、事が足りるからだ。


 この辺はやはり11歳児の思考ではない。


 ただ、エリオ自身は嫌がるが、ある意味、この思考パターンは、親の大らかさを引き継いだ性格とも言える。


 導き出す結論は全く違うのだが……。


 まあ、でも、今は、容赦ない砲撃により、拠点はどんどんと破壊されていっていた。


「あ、逃げる敵を無理に追わなくていいです。

 それより、陣形を崩して、いらない損害を出すのを避けて下さい」

 エリオはいきなり口を挟んだ。


 砲撃が始まってからそれなりの時間が経ち、その間、エリオはジッと黙っていた為、一同は驚いていた。


 しかも、指示が玄人じみている。


 しかも、指示を発したのは、時間が経ち、海賊の方も対応が出来始めた時だった。


 それ故に、船で脱出を図る面々がちらほらと出始めていた。


 それを阻止しようと各艦が動き出そうとしていた瞬間に、エリオがそれを制した。


 まだ動いてもいないのに、完全に機先を制された感じになったので、えっという感じの雰囲気になった。


 だが、口を挟んだ後、身動ぎもしないエリオを見て、各艦はエリオの命令に従った。


 それは、有無を言わせない正当性のようなものを感じ取ったせいでもあった。


「やはり、拠点に対して、艦数が少なかったのではなかったか?」

 サリオは、エリオにそう聞いてきた。


 とは言え、正規軍の15隻とはかなりの数である。


「でも、もっと多くの艦隊を投入して、下手に感づかれる方が厄介だと思いまして……」

 エリオはサリオの問いにそう答えた。


「うむ……」

 サリオはエリオの答えに対して、押し黙ってしまった。


 戦況を見るに付け、自分が思った以上の戦果が上がっているのは確かだったからだ。


 とは言え、確実性を上げるのには、やはり倍の数がほしいとも感じていた。


 親子の会話はここでしばらく止んだ。


 どっかん、どっかん……。

 ばっばーん、ばっばーん……。


 砲撃音と破壊音が続いていて、確実に拠点を破壊していった。


 と同時に、逃げていく船も確実に増えていった。


「あんなに簡単に逃がして大丈夫なのか?」

 サリオは離脱していく敵が増えていくのに付けて、不安に思っていた。


「ああ、大丈夫ですよ、行き先は分かっていますから」

 エリオは何の気なしにそう答えた。


 エリオには何の気なしだったのだが、周りの者達には薄ら寒い不適・・な笑みに見えた。


「もう一つの北の拠点に向かう筈ですから、そこで壊滅させましょう」

 エリオは先程と変わらぬ口調で続けた。


 ……。


 エリオが平然としている中、誰もが一瞬で凍り付いてしまった。


 やはり、尋常ではない。


 それ故に、一同は一致団結して、エリオの命令に従っていた。


 得体の知れない薄ら寒ささえ、覚えていたが、恐怖という感情ではなかった。


 どちらかと言うと、妙な安心感があった。


 それはそれとして、調査の結果、海賊の主な拠点は2つあり、今回攻撃しているのはより大きな方だった。


 2箇所同時に潰すのではなく、敢えて時間差を付ける事になる。


 同時に潰すと、どうしても撃ち漏らしが多くなってしまう恐れがあった。


 それに、連携も難しい。


 その為、時間差を作る事により、撃ち漏らしを残った拠点に集めて、そこを襲おうという魂胆だった。


 その魂胆が見え見えの言葉が、11歳児から聞こえた来たのだから堪ったもんではないだろう。


「砲撃の手を緩めない!

 一気に片を付けましょう」

 エリオはこの戦いで初めて、叱咤した。


 どっかん、どっかん……。

 ばっばーん、ばっばーん……。


 エリオの叱咤により、固まっていた面々は更に砲撃を強化した。


 !!!


 何故か、味方艦隊は緊張感高まっていく。


 そして、そんな中、敵の船の動きがなくなっていった。


「砲撃停止!」

 エリオは当たり前のように、命令を下していた。


 確かに、既にそんな雰囲気ではあったのだが……。


「エリオ様、敵の抵抗はほとんど見られなくなりました。

 上陸、掃討戦に移行しますか?」

 マリオットは当たり前のように、エリオに指示を求めてきた。


「移行しましょう。

 降伏する者は完全に武装解除を確認の後、認めましょう」

 エリオはマリオットにそう指示を出した。


 マリオットは敬礼すると、伝令係に指示を飛ばしていた。


「しかし、エリオ、降伏者はそれなりの数になると思うぞ」

 サリオは懸念事項をエリオに伝えた。


「そうでしょうが、降伏した者を無慈悲に殺すのは何とも……」

 エリオは自分は甘いのかも知れないという認識があった。


 とは言え、この言葉は周りの者達を多少驚かせた面があった。


 これまでの作戦はどう見ても、無慈悲に敵を殲滅しているように見えていたからだ。


「なので、有効に人的資源を活用しましょう」

 エリオは少々バツの悪そうな思いをしながらそう言った。


「ま、そうだな……」

とサリオは消極的賛成の意思を示した後、

「しかし、後の面倒はお前が見るのだぞ」

と親の言い付けのように、言い切った。


「いっ!?」

 エリオはサリオの言葉に思わず、詰まってしまった。


 サリオがこの作戦で初めてエリオから一本取った形になった。


 とは言え、海賊退治作戦の第一弾は大成功の内に、これで終わるのだった。

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