その2

 不思議な事で、事が終息すると、序列らしきものが出来上がってしまう。


「あにき!」

「あにき!」

 エリオはマサオとササオにそう呼ばれながら翌日の街歩きをしていた。


 色んな所を案内されたが、2人のせいで何も頭に入ってこなかったのは言うまでもなかった。


(その呼び方、定着したのね……)

 エリオはやれやれといった感じで、2人とその従者達の後をトボトボと付いていった。


 もう興味をなくしたのか、シャルスはすでに街中に駆け出していって、姿が見えなかった。


 いつもの事なのだが、シャルスがいないという事は状況は大きな変化がないと言う事なのだろう。


 そう、シャルスのおもろセンサーが全く反応しなくなったという事だ。


 この状況はある意味拷問に近いとエリオは感じていた。


 それにしても、初対面ではあれだけ、敵意というか、ライバル心というか、そう言うものを隠し切れなかった2人だったが、180度変わってしまっていた。


 何度も言うが、得てして漢の子というものはそう言うものであり、すげぇと感じた瞬間、これまでの事がなかったようになる。


 エリオの何がすげぇと感じたのかはよく分からないが、凄く変な10歳児に共感もしくは驚愕したのは確かだった。


 たぶん、マサオとササオもそっち系のマニアなのだろう。


 エリオはそれを迷惑と言うより、戸惑っていて、中々受け入れられないでいた。


 というのは、同世代から褒められた事は10年間の人生の中で、皆無だったからだ。


 こう書くとある意味、切ないのだが、事実なので仕方がなかった。


 エリオはそれに対しては、そんなものだと思って、気にしてはなかった。


 だが、逆の事が起こってしまうと、エリオの事なので、逆に戸惑いを覚えてしまうようだった。


 やはり、変な10歳児である。


「エリオ様、ここにいらっしゃましたか!」


 急にエリオは背後から声を掛けられた。


 エリオは戸惑っている表情のまま、立ち止まって後ろを振り返った。


 そこにはクラセックがいた。


 そして、得意気な表情を浮かべたシャルスがその横に立っていた。


 もう、嫌な予感しかしなかった。


 エリオは見なかった事にして、踵を返して歩き出そうとした。


 しかし、クラセックはそれを見越したように、いつの間にか回り込んでいて、エリオの目の前にいた。


「エリオ様、海賊から救って頂き、ありがとうございます」

 クラセックは鼻息荒く、エリオに迫るようにそう言ってきた。


 初対面とは全然違う印象だった。


 あの時は老獪な商人で、決して感情を表に出さないといった感じだった。


 わざわざお礼を言いに来たのは、とても礼儀正しい行為なのだが、この時は全くそうは思わなかった。


「流石、あにき!」

「すげぇ、あにき!」

 マサオとササオは口々にそう言って、尊敬の眼差しをエリオに向けてきた。


(また、余計な事を……)

 エリオはやれやれといった感じで頭痛が痛かったと言う変な思いだった。


 礼儀正しい行為と思わなかったのは、こう言った感情からだろう。


 言い過ぎだが、どちらかと言うと礼儀知らず、いや、恩知らずと言った感じだろうか?


「父上からお礼の挨拶に訪れた事は聞いています……」

 エリオはクラセックから目線を逸らしながらそう言い始めた。


 早く面倒事から逃げたいといった感情から来るものだった。


 10歳児なのに、もう面倒事になる察知能力は長けていた。


「はい、公爵閣下から伺っております。

 エリオ様が我々を救出する為の秘策を考案した事を」

 クラセックは更に鼻息を荒くしていたのは言うまでもなかった。


 とは言え、エリオとクラセックの会話は完全に噛み合っていなかった。


「すげぇ、あにき!」

「流石、あにき!」

 マサオとササオはまた口々にそう言ったが、さっきと同じ言葉で、ただ言っている人物が違うだけに過ぎなかった。


(あのクソオヤジ!)

 エリオは引きつった笑顔で感情を爆発させたかった。


 思えば、この頃から父親に強烈な殺意に似た何かを持つようになったのかも知れない。


 まあ、殺意は明らかに言いすぎである。


 それはともかくとして、クラセックの言葉は大袈裟だが、それ程外れてはいなかった。


 だが、サリオは、エリオの作戦以上の事をやってのけた。


 と、少なくとも、エリオはそう思っていた。


 その為、エリオは珍しく憤慨していた。


 傷付くプライドなんてものは、エリオは持ち合わせていない。


 だが、自分の能力の足りなさを自覚させられた事に関しては、落ち込み幅は尋常ではなかった。


 まあ、つまり、傷口を抉られたといった感じだろう。


 と、長々と心情を述べたが、要するに父親へのライバル心が芽生えた瞬間でもあった。


 つまり、反抗期の始まりだった。


「秘策など、進言していませんし、実際救出作戦を実行したのは我がオヤジ殿です」

 エリオは珍しく吐き捨てるようにそう言った。


 まあ、色々な感情が駆け巡った後のなので、仕方がないと言った所か……。


 そんなエリオの態度を、クラセックは全く気にしてはいない様子だった。


「またまた、ご謙遜を」

 クラセックはニッコリとそう言った。


 まあ、ニッコリと言うより、ニタニタかも知れない。


 お世辞を言っているのではなく、本心で言っている事が伝わってきた。


(どうして、そう言う結論に達する事が出来るのだろうか……)

 エリオは開いた口がふさがらないと言った心境だった。


 そして、ここで更に憤慨すると思いきや、性格のせいか、クラセックをまじまじと見詰めていた。


 この10歳児はやはり変である。


 更に怒る所が、逆に冷静になろうとしていた。


 たぶん、この時、明確な反抗期が始またのだろう。


 だが、エリオの変な所は、より効果的にやっつけてやろうという気持ちになる点であった。


「そこで、エリオ様、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 クラセックは改まって恭しくそう聞いてきた。


(どう言う話の脈絡で「そこで」となるのだろうか?)

 エリオは呆れていたが、その事は黙っていた。


「何でしょうか?」

 エリオは聞き返した。


「本拠地をリーラン王国に移したいのですが、エリオ様のご助力を願いたいのです。

 無論、このクラセック、クライセン家に絶対の忠誠を誓います」

 クラセックは鼻息を荒くしていた。


(まあ、これが本題なのだろうけど、何で俺に?)

 エリオは怪訝そうにクラセックを見詰めた。


「俺の力なんて、ないに等しいのにですか?

 父上に頼んだ方がいいのでは?」

 エリオは今度は思った事を口にした。


「またまた、ご謙遜を」

 クラセックは再びニッコリと笑っていた。


 まあ、ニタニタなのだが……。


(商人なんだから、損得を考えろよな……)

とエリオはそう思いながら、クラセックを睨み付けようとしたが、

(この老獪な商人がそれを考えない訳ないよな……)

と再び怪訝そうにクラセックを見詰めた。


「俺に頼んだ方が得になるという訳ですか?」

 エリオは再び思った事を口にしていた。


「まあ、有り体に言ってしまえば、そういう事です」

 クラセックはあっさりと認めた。


「うーん、何でそう言う結論になるのですか?」

 エリオは益々分からなくなってきた。


「え?明白ではありませんか!」

 逆にクラセックは当惑の表情を浮かべていた。


「……」

 あっさり答えられたので、エリオは沈黙してしまった。


 ここは当然、明確な説明があるものとばかり思っていたからだった。


「……」

 何も言わないエリオに釣られて、クラセックも黙ってしまった。


 こちらはこちらで、何か、凄い事が聞けるという期待があった。


(訳が分からないなぁ……)

 エリオが思考できるようになって、初めて浮かんだ言葉がそれだった。


 とは言え、相手は老獪な商人。


(俺に近付いてきたのは、商人の第六感的なものなのかな?)

 エリオはそう思うと、自分を納得させようとしていた。


 これ以上聞いてもたぶん無駄だと思ったからだった。


(さて、となると、単純にこれがこちらの得になるか、損になるかだけど……)

 エリオはそう思い始めたが、そこで思考するのを止めた。


 こんな街中で相談する話ではないからだ。


「どうか、なさいましたか?」

 黙ってしまったエリオに、クラセックは気を遣うように聞いてきた。


 大事な商談で相手の機嫌を損ねては元も子もないと言った感じだろう。


「俺の一存ではどうにもならない話ですので」

 エリオはそう言うと、歩き始めていた。


 クラセックは慌ててそれを押し止めようとした。


「一旦、国に帰って、連絡を待っていてください」

 エリオはクラセックの横を通り過ぎる時に、クラセックにしか聞き取れない小声でそう言った。


 それを聞いたクラセックはハッとしながらもなるべく表情に出さないようにした。


 そして、エリオが歩き去る後ろ姿を見ながら、

「そうですか、それは残念です」

と無念そうに言ったのだった。

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