その3

 話の流れを無視するかように、エリオは出港の前日に呼び出されていた。


 会議室に入ったエリオを爵位持ちの3人とその取り巻き達が出迎えた。


 エリオは予期せぬ光景に立ち竦んでしまった。


「それでは、新参謀が来た所で、作戦会議を始めるとするか」

 サリオがそう言うと、作戦会議が始められた。


 状況が飲み込めずにいるエリオを他所に、会議は進められていった。


 何の為に、何を話しているのか、事前に知らされていないエリオはぽつんと1人取り残されていた。


 とは言え、エリオもボケッとしていた訳では無く、話はちゃんと聞いていた。


 まあ、見た目が、ただ単にボケッとしている風にしか見えないのが難点なのだが……。


(いきなり、呼び出しておいて、それに対する説明もなしですか……)

 エリオはやれやれ感満載で会議の内容を聞いていた。


 この会議はどうやら先日の海賊に関する事のようだった。


 本拠地が特定され、これから叩き潰しに行くぞと言った感じで会議は進められていった。


 そして、どのくらいの戦力を投入するかという議題になった。


「まあ、常識的に考えると、敵の戦力が不明な以上、持ちうる全戦力を用いるのが定石ですな」

 一番最初に発言したのはオーイットだった。


「まあ、そうなんだろうが、相手は正規軍ではないから、北方艦隊は置いとくとして、総旗艦艦隊、東方第1,2でもかなり過剰だよな」

 サリオは少し笑いながらそう言った。


 3艦隊で60隻は優に超える数だった。


 そして、サリオの意見はこの場の誰もが同意する雰囲気だった。


「では、王都駐留艦隊と第1艦隊だけでは如何でしょうか?」

 マサオは神妙な面持ちでそう提案した。


「兄上、抜け駆けはよくありませんな。

 第1艦隊ですので、東方の守りに徹して貰わないと。

 ここは我が第2艦隊の出番ですな」

 ササオはすぐに反論した。


「お前こそ、抜け駆けではないか!」

 マサオの方もすぐにそう言い放った。


 2人の睨み合いが始まってしまった。


 サリオはやれやれといった感じで2人を見ていたが、ふと見たエリオが思いっ切り怪訝そうな顔をしていた。


「新参謀には、何か、良い案がおありか?」

 サリオはエリオに対して、水を向けた格好になった。


「意見を具申してもよろしいでしょうか?」

 エリオは改まってそう聞いた。


「ああ、構わんぞ」

 サリオは軽い気持ちでそう言った。


「まず、最初に疑問に思ったのですが、何故今すぐ攻撃しようとするのでしょうか?」

 エリオの一言で盛り上がっていた戦闘モードが一気に萎んでしまったようだった。


 とは言え、子供の言った事、説明してやれば、済む事だという雰囲気にすぐに変わったのは言うまでもなかった。


「エリオ様、敵の位置が分かったのですから、すぐに攻撃するのが道理というものではないでしょうか?」

 マサオは少し揶揄い気味にエリオにそう言った。


 まあ、子供だから仕方がないと言った感じだろう。


 そして、次期総領の教育の一環だとも思っているか、余裕があった。


「それはかなり短絡的な考えですね」

 エリオはそう言った。


 ぴきーん!!


 エリオ自身、言い方は凄く丁寧だと思っていたが、穏やかだった雰囲気が一気に変わってしまった。


 ひぇひぇ……。


 場にいた他の面々は、辺りに冷気が見えてきた。


「敵の数が不明であるので、まずは内偵を進めるのが得策だと思います」

 冷や水を浴びせた格好になったエリオだったが、更に言葉を続けた。


「しかし、エリオ様、それは出撃して、現地に到着するまでに分かる事ですよ。

 そうすれば、迅速な行動が出来ますしね」

 今度はササオがエリオを諭すように言った。


 この言葉に、誰もが再び戦闘モードへの変身を果たせると確信していた。


「言い方悪かったですかねぇ……」

 エリオは自分の意図が伝わっていなかった事に戸惑っていた。


 ずしぃ……。


 このエリオの所作に一同は戦慄めいたものを感じ始めていた。


 味方の、しかも、10歳児に対して、そんな風に思う事自体変な事なのだが……。


「ええっとですねぇ、今回、海賊達を泳がせたのは、一つの根拠地を突き止めるのではなく、全体像を掴む為です。

 それにより、その総規模を知り、更に他に根拠地がないかを調査するものです」

 エリオはそう説明を続けた。


「!!!」

 その言葉を聞いて、オーイットら参謀達がぐうの音も出ないと言った感じでいた。


「そうして、情報を揃えた所で、一気に海賊達を殲滅する」

 エリオはそう締めくくった。


 うぁ……。


 エリオの締めくくりの言葉に、海賊に同情するかのような声が上がった。


「しかし、ですよ、エリオ様、海賊の被害がこれから増えると予想されますので、早急に叩いた方がよろしいのではないでしょうか?」

 マサオは慌てているようだった。


 その様子は先生だと思っていた自分が実は生徒でしたという事を自覚はしたが、それでも尚も大人としてのプライドを保とうとしていると言った様子だった。


「はい、仰るとおりです。

 ですから、早急に内偵を進めなくてはならないでしょう」

 エリオはマサオの指摘にそう答えた。


 ふぅ……。


 マサオは自分の指摘が正しかったので、些かプライドが保てた気がした。


 そして、ようやく安堵の空気が漂ってきた。


「とは言え、本拠地の一つを見張っているので、内偵中の海賊行為は、これまでより対処は楽になる筈です」

 エリオの答えはまだ終わっていなかった。


 そして、その事はマサオを大いに失望させた。


 ぴきーん!!


 最早、敵が誰なのか分からなくなりつつあった。


 そんな雰囲気が漂っていた。


「内偵中に大規模な海賊行為に及ぶ可能性もあるのでは?」

 落ち込んでいる兄を尻目に、ササオは冷静に指摘した。


「はい、それは十分に考えられます」

 エリオはあっさりとそう答えた。


 ササオはどんなもんだいとばかりに、マサオに見せ付けたかった。


「でも、規模が大きくなればなるほど、内偵の時間が短縮できますね」

 エリオは嬉しそうにそう続けた。


 だが、ササオは逆にぎゃふんといった感じになってしまった。


 まあ、言うまでもないが、規模が大きくなるほど、参加する海賊の割合が大きくなる。


 そして、それを討伐してしまえば、その分、後は簡単に海賊を討伐できるという理屈だっだ。


 ……。


 エリオが喋った後は完全に場が沈黙してしまった。


(おいおい、我が息子ながら、怖ぇなあ、おい!)

 サリオはそう思いながらも笑いを堪えるのに必死だった。


 ここで、少しでも笑おうなら、面々のプライドを粉砕する事になるからだ。


 そこだけは、惣領として、守ってやらないとと思っていた。


「まあ、内偵の方もそうすんなりとは行かないかも知れませんが、味方同士でいがみ合うのは止めて、協力していきましょう」

 エリオのこの発言は些か調子に乗りすぎているように思えた。


 とは言え、マサオとササオには堪えたらしく、お互い顔を見合わせて、居心地の悪さを感じているようだ。


「そして、民への被害を無くし、街を活性化し、商売を活発化させ、都市を豊かにしましょう。

 そして、クライセン家の財政を健全化しましょう!」

 エリオはどっかの政治家のような事を調子に乗りすぎて言ってしまった。


 はい……?


 一同のほとんどはエリオの熱気は感じられるものの、最後の演説には目が点になっていた。


 まあ、言っている事は間違ってはいないが、何故今ここでそうなるといった感じだった。


「了解しました、エリオ様。

 私は、本日、ただ今から心を入れ替えて、精進します」

「私も、兄上同様、これまでの自分を悔い改めまして、正しい道を進むよう、努力します」

 マサオとササオは直立不動に立ち上がって、エリオにそう宣言した。


 雰囲気に飲まれたとは言え、この2人も大概である。


 まあ、息子達もそうだったが、親子の血というか、兄弟の血というか、何と言うかである。


 要するに、クライセン一族は……。

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