その4

「先程、何か揉めていたような感じでしたけど」

 マナトの後ろを付いて歩き始めた途端、エリオはそう言った。


 何の前触れもなく、いきなり質問されたので、マナトは最早苦笑する他なかった。


 と同時に、もういいやといった感情が湧き上がってきた。


「それについては、現状をお目に掛けた方がいいでしょう」

 マナトは何だか悟った感じになっていた。


 大師匠はそれを見て、少し訝しがった。


 まあ、先程までキョドっていたのだから当然だろう。


 エリオの方は、まあ、どちらかと言うと更に興味を引かれたようだった。


 マナトはどうにでもなれと言った感じで、もうその場の空気を気にしないようにした。


 彼の置かれた押し迫る色々な状況から開き直る他なかったのだろう。


 そして、近くの倉庫の前に立ち、大きな扉ではなく、小さな通用口の扉を開いた。


「どうぞ、お入り下さい」

 マナトはそう言って、開け放った扉の横に立っていた。


 大師匠は突然の事で一瞬躊躇ったが、その横を躊躇せずにエリオが通り過ぎて中に入った。


 その後に、リ・リラとリーメイも続いた。


 大師匠はそれらに導かれるように中に入り、最後にマナトが入った。


 不思議な事にシャルスがエリオ達の前にいた。


 そして、どっから入ってきたと聞く前に、倉庫の奥へと駆け出していった。


 まあ、いつもの事だからエリオは特に気にしなかった。


 それより中の状況を確認するかのように、辺りを見渡した。


 マナトは口を開かずに、一行の後ろに立っていた。


 倉庫の中は、エリオが想像していたのとは違い、物資で溢れかえってはいなかった。


 かと言って、ガラーンとしている訳ではなく、それなりの数の物資が保管されていた。


 エリオは拍子抜けしたような表情で、マナトの方を振り返った。


 その表情を見て、マナトはエリオの心情を察すると共に、その察しの良さに驚いた。


「先程、私が叱られていたのは、何故倉庫を満杯にしないのかということです」

 マナトはエリオのそばに近付きながらそう言った。


 兵站の重要性は習っていたので、エリオにも倉庫を満杯にしておく事は理解できた。


 まあ、10歳の時点で分かる事自体、凄い事なのだが、その分、他の多くが欠落している代償なのだろうか?


「何か、理由があるのですか?」

 エリオはマナトに対してそう聞いた。


 マナトは更に驚いていた。


 先程から驚きっぱなしで、これ以上あるのかと言った感じだった。


 それ故に、愉快な気分になりつつあった。


「物資調達をするのはいいのですが、調達する価格が問題なのです」

 こうなったら、マナトは率直に自分の意見を言う事にした。


 既に、10歳児を目の前にしていると言う感覚はなかった。


「物資が少なくなって、高騰しているという事なのですか?」

 エリオは逆にそう聞き返してきた。


 この質問に、マナトだけではなく、大師匠も驚いていた。


(先程のワーグとの会話から、関連付けるとは……)


「物資が少なくなっているかどうかは分かりませんが、価格が高いのは確かです」

 マナトはエリオの質問に答えた。


 エリオはマナトをジッと見ていた。


「価格が高いと感じる理由は、私が市中で買い物するより明らかに高いからです」

 マナトはエリオに促されるように、説明を追加した。


 それでもまだエリオは口を開かなかった。


「まあ、確かに兵站に必要なものと生活物資は違いますが、共通している物も多いのです。

 共通している物が高い事から推測すると、共通していない物も高値で売り付けられていると思われます」

 マナトはエリオの質問が分かっているかのように、一気に説明をした。


「……」

 エリオは依然として何も言わなかったが、深刻そうな表情で腕組みをした。


 そして、困ったように大師匠を見た。


 大師匠の方は、笑顔を返すだけで、何もしなかった。


 クライセン家の事なので、口出しはしないといった事なのだろう。


(さてさて、困ったなぁ……。

 10歳児の俺には手に余る事柄だよね)

 エリオはそう思った。


 とは言え、10歳児がこう考える時点で明らかにおかしい事は確かだった。


「多少、高くとも物資が調達できるのなら問題がないのでは?」

 エリオは困った末に、そう質問してみた。


「多少なら問題はないのでしょうが、程度によります。

 現在は度が過ぎているように思われますので、如何にクライセン家とは言え、負担に耐えかねないという事態に陥るやも知れません」

 マナトは、最早エリオを10歳児とは見てはいなく、真剣に相談していた。


(やれやれ、10歳児に相談されても……)

 エリオは、自分の首が絞まっていくような感覚に囚われていた。


 マナトの危機感が余程のものという事が分かったからだ。


 それに、この危機は直接的に自分に降りかかってくる事は明白だったからだ。


 まあ、すぐにではないにしろ、先送りすれば、するほど、とてつもない状況になるという認識に至っていた。


 もっと言えば、ラ・ライレの3代前の国王ル・デンによって、クライセン家とホルディム伯家に分割させられた頃から、明らかにクライセン家の財力は落ち続けていた。


 したがって、その影響は意外と早く現れるやも知れない。


 いや、エリオが知らないだけで、もう現れているのかも知れなかった。


「結局は父上が仕事をしていないと言う事か……」

 エリオはそう言うと大きな溜息をついた。


 脳裏には、

「ケチケチするな」

と言って豪快に笑う姿のサリオが容易に想像できていた。


(結局、また、そちらに行かれるのですな……)

 大師匠は苦笑いする他なかった。


 対して、マナトの方は、ギョッとした表情になっていた。


 虎の尾を踏み付けた後に、逃げる際に狼を蹴飛ばしてしまったと言った感じか?


「何が出来るか、分かりませんが、取りあえず、父上の話してみます」

 エリオは、苦渋な表情で絞り出すようにそう宣言せざるを得なかった。


 思えば、この時からエリオは、サリオの尻拭いを始めたのかも知れない。


 と言う事は、仕事を押しつけられるのは自業自得なのだろう。


 とても残念だ。

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