その5

 面倒事を引き受けてしまった10歳児は王宮の自室に戻っていた。


(しかし、何で俺みたいな10歳児がこんな事を悩んでいるのだろうか?)

 エリオは椅子に座り、天井を見上げながらそう思っていた。


 とは言え、こんな風に考えている自体、もう既に10歳児の思考形態ではない。


 エリオは、確かに幼少から人とは違った才能を持っていたのは、間違いがなかった。


 とは言え、完璧人間と言うより、極端に才能が偏った人間であると言っていい。


 今回はその偏った才能により10歳児とは思えない思考を生み出していた。


 まあ、だからと言って解決策を思い付いたという所には至らなかった。


 エリオはしばらく椅子に座って考えてはいたが、やがて立ち上がった。


 そして、部屋の外へと出て行った。


 考えを纏めるのには歩くのがいいと大師匠に言われていたので、エリオはそれを実行に移していた。


 王宮内を歩いていると、すぐに一つの集団に出会った。


 ラ・ライレとその補佐官達の集団だった。


 エリオが脇に避けると、その集団はエリオの横まで来た。


 そして、ラ・ライレはエリオの前で立ち止まった。


(やれやれ、この子は何て顔をしているのかしら……)

 ラ・ライレは10歳児らしからぬエリオの表情を見て、呆れてしまった。


 恐らく、このような表情を見る最初の機会だったかも知れない。


 そして、この後、ラ・ライレはその表情を見る度に、呆れるのだった。


「エリオ、ご機嫌如何ですか?」

 ラ・ライレはいつもの女王の口調でそう聞いてきた。


「あ、はい、大丈夫です」

 話し掛けられると思っていなかったのと悩みを抱えていたので、エリオの返答は変なものになっていた。


「とても大丈夫そうには見えないのですが……」

 ラ・ライレは取りあえず微笑みながらそう言った。


 そう、ラ・ライレにとってもどう対応したものかという思いがあったのだろう。


「……」

 エリオは反応に困ってしまい、沈黙した。


 頑なに訳を話したくないという訳ではなかった。


 単に、自分の考えさえ纏まっていなかったので、何を話していいか分からないと言った感じだった。


「何か、悩みがあるのでしたら、相談に乗りますが……」

 ラ・ライレは困っているエリオを見て、自分の思い過ごしかと感じ始めていた。


 子供らしい悩みを抱えているのだと。


「……」

 エリオは更に困ったような顔で沈黙を続けていた。


「陛下、では、私共はこれにて」

 困ったエリオの様子を見て、察したのか、補佐官の1人がそう言うと、周りの補佐官達はその場を去っていった。


 ラ・ライレとエリオは、それを見送った。


 そして、

「これで、話しやすくなったでしょ」

とラ・ライレは女王ではなく、大伯母として、言った。


 だが、エリオは何だか追い込まれた気分になっていた。


 再度言うが、頑なに言いたくないという訳ではなかった。


 未だに纏められずにいて、何と言っていいか分からなかった。


 そんな状況で無理に何かを言わなくてはならないという脅迫観念に駆られていた。


 おかしな事に、それはエリオがまだ子供であるという証でもあった。


 だが、元となっている事柄がどうにも子供らしくなかった。


 非常にアンバランスなおかしな状況だった。


 そんな状況を知らないラ・ライレはエリオに尚も迫ってきていた。


「うっ、うちって、貧乏なんでしょうか?」

 追い込まれたエリオは思わずそう口走っていた。


「???」

 今度はラ・ライレが沈黙する番だった。


 まず、エリオが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


 と同時に、全く予想外の事を言われたからだった。


 さてさて、困ってしまった。


 だが、この大甥は真剣すぎる表情に変わっていたので、何か声を掛けない訳には行かなかった。


 攻守が入れ替わったような妙な雰囲気になっていた。


 そう、今度はラ・ライレが、追い込まれたような気分になっていた。


 エリオは、依然として黙ってジッとラ・ライレを見ていた。


 とは言え、そこは修羅慣れしているラ・ライレ。


 真剣な眼差しを向けられ続けたので、ふと冷静になった。


「エリオ、あなたは一体、何が言いたいのでしょうか?」

 ラ・ライレは諭すような質問だったが、口調は極めて優しかった。


 まずはエリオが何が言いたくて、何に悩んでいるかを聞かないと始まらなかった。


 なので、話しやすい環境を作るのが先決だった。


「うっ……」

 エリオはラ・ライレにそう聞かれて、思わず絶句してしまった。


 責められて絶句したという訳ではなく、自分が支離滅裂な事を口走った事に対しての浅はかさからだった。


 やはり、この10歳児、変である。


「まあ、落ち付きなさい」

 ラ・ライレには、エリオが何故絶句したか分かっているようだった。


 そう、やはり、この10歳児、変だと思っていたのだろう。


「ふぅ……」

 エリオはそう言われると、大きく深呼吸をしていた。


 何度も言うが、変な10歳児である。


「順を追って、話せますか?」

 ラ・ライレは呆れながらも優しく聞いてきた。


「うーん……」

 エリオは咄嗟に言葉が浮かんでこなく、困ってしまった。


 これは普通の10歳児の反応だろう。


「では、何でそうなったのか、切っ掛けは話せますか?」

 ラ・ライレは辛抱強く質問をし続ける事にした。


「あ、はい」

 エリオの目が、戸惑いでぐるぐる回っていたのが、急に一点を見詰めた。


 どうやら説明が始まりそうだった。


 とは言え、すぐに始まらずに、

「ふぅ……」

と再びエリオは深呼吸をした。


 ラ・ライレにとっては、それは準備運動しているように見えた。


「今日、大師匠に軍港に連れて行ってもらいました。

 そこで、兵站係のマナトと言う人物に会いました。

 そのマナトが言うには、物質の調達価格が市場価格より飛びに抜けて高いというのです」

 エリオは今日あった出来事を淡々と説明した。


 ラ・ライレはエリオの説明を聞きながら呆れてきた。


 説明の仕方が悪かったのではなく、何をしてきたかはすぐに分かってしまった。


 なので、ここは感心すべき所なのだが、もう少し子供らしくあってもいいのではないかと思ってしまったので、そう言う反応をしてしまう。


 そして、先程まで子供らしく混乱していた。


 だが、自分で順を追って説明していく内に、問題の整理が付いていく事にエリオは気付くであろう事が、ラ・ライレには容易に想像できてしまった。


 そこまで思いが巡らされてしまうと、やはり、呆れてしまうと言う感情になってしまうのは無理もないかもしれない。


「で、エリオ、あなたはその異常すぎる調達コストが、クライセン家の財政を傾けると思ったのですね」

 ラ・ライレはもう面倒臭くなってきたとばかりに、エリオの悩みを言い切ってしまった。


「はい、その通りです、陛下」

 エリオはエリオで、ラ・ライレの思惑など気にせずに、話が通じたのでニッコリと笑っていた。


(自分の家の問題を気にする事は良い事ではあるけど……。

 わたくしがこの件に関して、口を出す訳にはいけませんね)


 女王とは言え、他家の問題にあからさまに介入する事は別の問題を引き起こす懸念がある為に、控えねばならなかった。


 とは言え、悩みを聞き出した手前、何かアドバイスをしなくてはならなかった。


 目の前のエリオもそれを期待しているような眼差しを向けてきていた。


 管轄権なんて言葉は知らないといった感じの純粋な眼差しだった。


「まずは、事実関係をはっきりさせなさい」

 ラ・ライレは取りあえず当たり障りのないことを言う他なかった。


 だが、脳裏に浮かんだ大甥の顔を見るに付け、どう贔屓目に見てもエリオの言い分は正しいと感じた。


「そして、父上とその事をよく話し合いなさい」

 ラ・ライレは、自分の気持ちとは裏腹のことを女王としては、そう言わざるを得なかった。


「分かりました、陛下。

 ありがとうございます」

 エリオはすっきりした表情になり、お礼を言うと、走り出してしまった。


 感情任せに走り出したエリオを微笑ましく思い、ラ・ライレは見送った。


 そして、この時、無駄な事を言ってしまったと少し罪悪感を感じてしまった。


 ラ・ライレは10歳児が解決できる問題ではないと思っていたからだ。

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