その3

 エリオ達一行は、軍港の入口に辿り着いていた。


 詰め所を顔パスで通り過ぎ、中に入った。


 中に入ると同時に、何故かシャルスが合流していた。


 ここに来る途中明らかに違う方向に駆け出していたシャルスだった。


 でも、どういう訳か、目的地には同着していた。


 そんなシャルスを注意しようとしたリーメイだったが、中に入った途端、シャルスは再び駆け出していった。


 ストレスでも溜まっていたのだろうか?


 落ち着きがない。


 それに比べて、エリオは落ち着き払っていた。


 まるでストレスがないような感じだった。


 ま、シャルスもストレスが溜まるかと言えば、それは甚だ疑問なのだが……。


 とは言え、この年頃の少年はジッとしているだけで、ストレスが溜まるものかも知れない。


 それはともかくとして、一行は何処に行こうか迷っていた。


 有り体に言ってしまえば、エリオが迷っていただけなのだが……。


 普段なら、父親に挨拶をしに行くのだが、今日はいない。


 さて、どうしたものかと思った瞬間、何やら怒鳴り声が聞こえてきた。


 エリオは何となくそちらの方向へと向かった。


 普段、立ち入らない場所だった。


 エリオが角を曲がると、

「いいか、きちんと物資を揃えておくのだぞ!!」

と怒号を吐き捨てると、1人の男がその場を去っていった。


(何事だろう?)

 エリオは怒号を浴びせられて、取り残された1人の男を見た。


「何で分からないんだ。

 そんな事をしたら、益々困窮するというのに!」

 取り残された男は憤慨していた。


 エリオは呆気にとられてその男を見続けていた。


 状況が分からなかった。


 やがて、男がエリオに気が付いた。


「ぼうず、どっから入ってきた!」

 男は少し焦っていて、苛立ってもいた。


 そして、エリオの方へ駆け寄ろうとしていた。


 そこに、少し遅れて、大師匠を初めとして、残りのメンバーがやってきた。


「こ、これは……」

 男は大師匠を見て、その場に立ち止まった。


 そして、姿勢を改めて、敬礼をした。


「失礼しました、閣下」

 男は恭しくそう言うと共に、冷静さを取り戻したようだった。


「閣下呼ばわりはよしてくれ。

 もう、わしは引退した身だ」

 大師匠は右手を軽く挙げながら、そう言った。


 男は敬礼を解いたが、依然、直立不動のままだった。


「しかし、小官の立場ですと、やはり、閣下とお呼びしなくてはなりません」

 男は筋を通すかのようにそう述べた。


 大師匠は肩をすくめる他なかった。


「あ、もしかして、そちらの方は……」

 男はエリオを改めて見て、きちんと筋を通したとは思えない表情に変わっていた。


「あ、エリオ・クライセンと申します」

 エリオはそう言うと男に会釈した。


 エリオが自己紹介をしたのを受けて、男は天を仰いだ。


 そんな男を他所に、エリオは後ろに引っ付いているリ・リラを自分の横に出させた。


「リ・リラと申します」

 リ・リラはとても可愛らしい声で自己紹介し、会釈した。


 男の表情は既に青かったが、更に蒼くなった。


 リ・リラは自己紹介すると、すぐにエリオの後ろに隠れた。


 その姿は可愛らしかったが、それ故に事態の深刻さを浮き上がらせているような気に男はなっていた。


「リ・リラ様のお付きのリーメイと申します」

 最後にリーメイが自己紹介した。


 この事に対しては、男の立場がこれ以上悪くなる事はなかった。


 とは言え、安心できるという訳では全くなかった。


「本当はもう一人いるのですが……。

 見かけませんでしたか?」

 エリオは男の気持ちを他所に、こちらはこちらでバツの悪そうな感じになっていた。


 男は最早大きく首を横に振る事しか出来なかった。


 そして、次の瞬間はそれも出来ないやも知れないと覚悟していた。


 ……。


 沈黙の時が流れてしまった。


 エリオはちょっと困ったように、男を見ていた。


 男の方は、生きた心地がしない気持ちで沙汰を待っていた。


「オッホン」

 大師匠が咳払いをした。


 それにより、男が我に返った。


「あ、私の名はマナトと申します。

 クライセン艦隊の兵站係を務めさせて頂いています」

 マナトは自己紹介すると共に、次の瞬間にその役職が解かれている事を覚悟した。


「ああ、そうなんですか、兵站係ですか……」

 エリオは些か大袈裟に感じるような言い方をしていた。


 これは興味津々と言ったサインなのだが、マナトはそういう風に捉えてはいなかった。


「エリオ様、先程は大変失礼いたしました」

 マナトはやっとの思いでそう口に出した。


「ああ、大丈夫ですよ。

 職務上、不審人物を詰問するのは当然の事ですから」

 エリオは言葉通り全く気にしてはいなかった。


 寧ろ、賞賛していた。


 だが、当然ながらマナトの立場では額面通り受け取れなかった。


 大師匠は2人のやり取りを見て、見事にすれ違う様を目の当たりにしていた。


(助け船を出すべきか……)


「それに、父親が公爵なので、祭り上げられていますが、実際はあなたの言う通りただのボウズですから」

 エリオはそう言うとニッコリ笑った。


 エリオにとっては蒼くなっている相手を安心させる為に言った言葉だった。


(ああ、エリオ様、トドメを刺してしまいましたね)

 大師匠は呆れると共に、笑いを堪えるのに必死だった。


 ああ、エリオといると、本当に退屈しないと言った感じだった。


 だが、マナトにとっては生きた心地がしない気持ちというか、完全に絶望していた所だったが、まだその先があったのかという思いだった。


 そんなマナトを見ていると、流石に大師匠もかわいそうになってきた。


「もし良かったら、エリオ様に色々案内してくれないか?」

 大師匠は潮時だと思い、助け船を出した。


 まあ、このままだったら話が進まずに、ただ時間が流れるだけだから仕方なくといった感じなのだが。


「はい?」

 マナトは大師匠の思わぬ申し出に驚いていた。


 いや、申し出そのものはそんなに突拍子のないものではない。


 この状況で、その言葉が出てくるのかという思いからそう感じたのだった。


「エリオ様が兵站に興味を持たれたようなので」

 大師匠は戸惑っているマナトに追加の説明をした。


「!!?」

 マナトは更に驚いて、エリオをまじまじと見つめた。


 エリオは催促しているように、ニッコリと笑いかけてきた。


「???」

 マナトは更に驚き、混乱していた。


「もし差し支えがあるのなら、エリオ様だけでも案内してくれると助かるのだが」

 大師匠は事を進めようと、促そう様にそう言った。


 マナトはエリオと大師匠を交互に見ていた。


 そして、どうやら自分の身は最初から安全だった事を認識したようだった。


 すると、急に力が抜けて、大きな溜息をつきなくなった。


 だが、エリオの手前それは出来ないので、慌てて溜息を飲み込んだ。


「み、皆様を御案内致します。

 ど、どうぞ、こちらへ」

 マナトは溜息を慌てて飲み込んだ為、ちょっと咳き込みながらそう言った。

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