その2
ワーグの店を出たエリオは10歳児に似合わない難しい顔をしていた。
大師匠はやれやれと思いながらも特に何も言わなかった。
子供らしくない態度は今に始まった訳ではないからだ。
その難しい顔をしたエリオのすぐ後ろをリ・リラが歩き、そのまた後ろにリーメイが続いた。
シャルスは何故かエリオ達の先頭に立ち、先導しているかのようだった。
店を出た一行は折角なので、総旗艦艦隊が駐留している軍港へと向かっていた。
折角と言っても、いつものコースと言えば、いつものコースだった。
ただ今日の場合は父サリオに会いに行く訳ではなかった。
サリオは今日は王宮にて執務を行っていた。
まあ、溜まりに溜まった仕事を片付けに行っているのだが、イヤイヤ執務を行っているのは言うまでもなかった。
成長後のエリオも、執務が嫌いである事から、似たもの親子だった。
とは言え、エリオは只の面倒臭がりで、事務仕事はかなり得意な部類に入る。
しかし、サリオの場合は、面倒くさがりの上に事務処理が苦手だった。
この辺は親子とは言え、対照的だった。
サリオは参謀長のカライカン男爵こと、オーイットと、副官であるマリオットの力を借りていた。
とは言え、無論、それだけでは手が足りず、更に数十名の参謀・官僚の手を煩わせて、何とか解決しようとしていた。
まあ、こう書いてみると、酷い人物に見えなくはないが、それだけの人数が手伝ってくれる点から言って、かなりの人望があるとも言えた。
今回はその話は本筋ではないので、これぐらいにしておく。
エリオ一行に話を戻すが、本筋から離れた話をしている内に、シャルスはいきなり走り出して、一行から離脱してしまった。
外に出た開放感に我慢できなくなったと言った所だろう。
相変わらず、自由人である。
シャルスは走り出して、すぐに姿が見えなくなった。
気の向くままに走り出しており、何処へ行ったか誰にも分からなかった。
多分、本人も何処に行きたいかなんて考えてはいないのだろう。
この位の年齢でこう言った男の子はたまにいる。
そして、いつもの事なので、見えなくなったシャルスを心配する者は一行にはいない。
秘に付いて来ている親衛隊もそれは気にしていなかった。
その内、戻ってくるだろうと。
とは言え、その行動を不快に思っている人物はいた。
従妹のリーメイだった。
リーメイはしかめっ面をしていたが、シャルスを追い掛けたりはしなかった。
今、自分が最もしなくてはならない事が分かっていたからだ。
こちらも9歳女児とは思えない判断力だった。
まあ、でも、これくらいの年齢でしっかりした女の子は確かにたまにいる。
そして、帰った後、シャルスはリーメイにしこたま叱られる運命にあるのだった。
こうして見ると、この子供グループは、いずれ劣らぬ個性の持ち主が集まっていた。
まあ、それはともかくとして、そんな状況の中、港に見慣れない船をエリオが見付けた。
今いるエリアは、商港である。
「ああ、あれは東方商人の船ですね」
大師匠はエリオの視線の先を見て、エリオが質問する前に答えていた。
「東方とは、東方大陸の事ですか?」
エリオは大師匠の言葉に驚いて、聞き返していた。
リーラン王国は、西大陸(ボイズ大陸)の北東端に位置している島国である。
これより東は、大海が続くばかりだった。
「左様でございます」
大師匠はエリオが何に興味を持ったのかが気になっていた。
「何でそんな所から来ているのですか?」
エリオは更に驚いて、また聞き返していた。
10歳児の難しい顔から、興味を引かれた普通の10歳児の表情になっていた。
「販路拡大と言った所でしょうな。
全く商人とは強欲ですな」
大師匠はそう言うと、笑っていた。
「いやぁ、凄いですね」
エリオは心底感動しているようだった。
「……」
大師匠は言葉に詰まってしまった。
いつもながら思わぬ反応が返ってきたからだ。
エリオと話していると、度々このような状況に陥る。
結構難題を解決してきた自負がある。
でも、これは全く次元の違う難題である。
だが、大師匠にとって、それがとても愉快でもあった。
「商売の為に、世界中を駆け巡る。
男のロマンってヤツですね」
エリオはそう言いながら、自分でも背伸びした言い方だと自覚していた。
「わぁっ、ははは!!」
と大師匠は大笑いした後、
「本当にそうですな」
とエリオの言い分に同意した。
笑われた時には馬鹿にされたかもと感じたエリオだったが、そうではなかったので満足していた。
(それにしても、少し影響されすぎかも知れないな……)
大師匠には少し懸念があった。
エリオは各師匠から色々な科目を学んでいた。
平民から貴族の子弟まで大体が学ぶ文書(読み書き)、算盤。
貴族子弟の必須科目である礼儀、歴史。
クライセン家として必要な地理、天文、戦術。
そして、軍人として必要な剣術。
主に挙げただけで既にこれだけの科目を勉強していた。
ただ、その中の文書、算盤、歴史、地理、天文はいずれも商人出身の者が師匠を務めていた。
加えて、大師匠と呼ばれている自分が加わるとなると、どうしても商業に関心が向かない筈がなかった。
それがどちらに転ぶかは分からないので、少し懸念していた。
とは言え、エリオの急激な成長を見ていると、時より目を見張るものがあるので、大丈夫だとは自分に言い聞かせていた。
また、親バカであるサリオやそれ以上の親バカであるラ・ライレからは文句は全く出てこなかった。
この2人の親バカぶりは、甘やかすのではなく、結構厳しい。
だが、同時にエリオの為ならあらゆる努力を惜しまないと言った感じだった。
その2人から公認されているので、自分の懸念は杞憂だと思う事にした。
(しかし、この御方が商人の道に進まれたら、稀代の大商人になる事は間違いがないだろうな……)
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