その2

 翌日、御前会議が開かれた。


 参加メンバーは、以下の通りである。


 女王ラ・ライレ、王太女リ・リラ、海軍総司令官エリオ、副総司令官ホルディム伯、陸軍総司令官ロジオール公、副司令官ミモクラ候、主席大臣ヘーネス公、副主席カカ候 計8人


 リ・リラが立太子の礼を終え、成人し、正式に王太女になった為、今回から出席を許される事となった。


 リーラン王国の最終決定は、王族と3公爵家で主に行われている。


 3公爵家は、海軍・外交を司るクライセン公爵家、陸軍・治安を司るロジオール公爵家、内政を取り纏めるヘーネス公爵家である。


 御前会議には王、成人王族の他、役職と共に上級貴族、つまり、伯爵位以上でないと参加は認められなかった。


 例えば、副司令官の職に就いているが、子爵や男爵の場合は出席は出来なかった。


 副司令官・副主席は基本的にはその家の嫡子がなる。


 公爵家の嫡子の場合、成人した後、侯爵の地位が与えられるので、成人嫡子は出席することになる。


 しかし、嫡子が成人年齢に達していない場合は、一族の者がその任に当たる。


 この場合、嫡子に遠慮して、代理としてその職に就く事が多く、また、爵位の関係上、御前会議に出席資格を有さない形になる場合が多い。


 なお、ホルディム伯爵家はクライセン公爵家の一族として位置づけられている。


 実質は、独立した伯爵家としての振る舞いを許されているが、公式的にはクライセン公爵家の配下という扱いになっている。


 また、現在、副司令官の職に就いているのも、例外扱いになっている。


 説明が長くなってしまったが、今回の御前会議に話を戻す。


 本来ならば、リ・リラの立太子の礼の報告で終わる筈だった。


 だが、偶発的にスワン島沖海戦が起こってしまった為に、そうは行かなくなってしまった。


 まずは、エリオから立太子の礼の報告があった。


 エリオの報告中、場は和やかさを保とうとしていたが、やはりぎこちなさは隠し切れなかった。


 報告が終わると共に、臣下一同から万歳三唱が行われた。


「皆の者、ありがとう」

 リ・リラがお礼を言うと、今度は拍手が鳴り出した。


 そして、その拍手が鳴り止むのをラ・ライレは見計らうと、

「さて……」

と次を促した。


 ぴっきーん!!


 無粋かも知れないが、国家の存亡に関わる事なので、次に進めなくてはならなかった。


 この場にいた者は誰でも分かっていた事なので、緊張感が漂ってきた。


 女王の意を受けて、スワン島沖海戦の報告が始められた。


 報告はホルディム伯から行われた。


 そうと分かると、リ・リラは怪訝そうな顔をした。


 当事者ではない者から報告を受けるのは奇妙な感じがしたからだ。


 とは言え、完全に当事者ではないとは言い切れなかった。


 後詰めとして参加していたのだから……。


 だが、報告を聞き進めていく内に、怪訝そうな表情は険しい表情に変わっていった。


(落ち付いて下さいよ、殿下……)

 エリオは斜め前にいるリ・リラに対して、そう言いたかった。


 だが、言える筈もなかった。


「以上の事より、今回の敗戦も第3次アラリオン海海戦の敗戦に続き、クライセン公爵閣下の責任が非常に大きいと臣は思う次第であります」

 ホルディム伯はそう言って、報告を終えた。


 そして、一礼をすると、席に着いた。


 しぃーん……。


 御前会議は静寂に包まれた。


 正直嫌な感じの静寂だった。


 エリオは、いつも通りに、早く御前会議が終わればいいという風に思っていた。


 1人、お気楽なものだ。


「ホルディム伯」

 リ・リラが静寂を破るように声を上げた。


 エリオは、お気楽モードから一転、ギョッとした表情に変わった。


 そして、止めるべきかどうか迷っていた。


 だが、リ・リラの隣のラ・ライレは静観の構えを見せていたので、それに従った。


 とは言え、この後の事を考えると……。


「はっ!!」

 名前を呼ばれた方のホルディム伯は意気揚々と立ち上がった。


(えっ?ちょっと、何やってるのさぁ……)

 エリオは空気読めない伯爵に愕然としていた。


「わたくしを侮辱なさるつもり?」

 リ・リラは不適・・な笑みを目一杯浮かべてそう聞いた。


 エリオは即座に全身に戦慄が走っていた。


「はい……」

 ホルディム伯は状況が分かっていないようだった。


 こちらもいい笑顔だった。


 これには理由があった。


 リ・リラはホルディム伯爵家に完全に味方してくれると思っていたからだ。


 宮廷の噂通り、リ・リラとアリーフ子爵は親密な関係だと確信していた。


 そして、スワン島沖海戦後に、伯爵が合流した時に、アリーフ子爵の死に対して、悲壮感漂う哀悼の意を示された事で、その証拠として再度確信していた。


「そう、わたくしを侮辱しているのね」

 リ・リラは不適・・な笑みを作る事が出来ないくらいに爆発寸前だった。


 父親の命令で、アリーフ子爵がリ・リラへの接近に大成功していた事はどうやら伯爵の大妄想だったようだ。


「はい?」

 ホルディム伯はまだ大妄想の中にいて、状況を飲み込めていないようだ。


「殿下、お待ちください」

 エリオは慌ててそう言いながら立ち上がった。


「っ……」

 タイミングよく入ったエリオの仲裁(?)にリ・リラは思わず言葉が詰まってしまった。


 これから怒り出そうとしたタイミングで遮られてしまった。


 エリオはリ・リラが怒鳴り出すのを止められてホッとした。


 しかし、ホッとしているばかりでは仕方がない。


 その後を続けなくてはならないからだ。


「殿下、どうも行き違いがあったようですので、改めて報告させて頂きます」

 エリオはそう言った。


 後から考えると、エリオが政治的な動きをしたのはこれが初めてからも知れなかった。


 それはリ・リラを暴発させる訳には行かないという思いからだった。


 言うまでもないが、リ・リラの印象が悪くなるを嫌ったためだった。


 自分が泥を被るのは一向に構わないが、出来る限りリ・リラにはそういった役目をしてほしくはなかった。


 とは言え、今後、エリオが政治力について、真剣になる切っ掛けになった事は間違いがなかった。


 とは言え、やはり、リ・リラは不満そうな顔で、エリオを見ていた。


「ホルディム伯、殿下が臣に参戦を命じたのは事実です」

 エリオがそう言うと、伯爵は俄に気色ばんだ。


 エリオはエリオで、この表情を見た瞬間、決断を下さなくてはならなくなった。


 まあ、この期に及んで、やれやれ感一杯だったのは言うまでもなかった。


「つまり、今回の海戦は最初からではないにしろ、最終的には殿下自ら采配なさった事になります」

 エリオがこう言うと、場の雰囲気がガラッと変わってしまった。


 伯爵の表情が一気に青ざめて、自分が何をしたのかを理解したようだった。


 下手したら、不敬に当たるといった感じか?


「ほう、つまり、クライセン公、どういう事なのですか?」

 ロジオール公が追い打ちを掛けるように、質問してきた。


 まあ、興味深げに笑みを浮かべていたので、話を促してきているのは明白だった。


 そして、これは明らかにエリオへの援護射撃だった。


 クライセン公爵家とロジオール公爵家は序列で言えば、1位と2位。


 ライバル関係なのだが、両家共、武門家系なので、余計な政略的駆け引きより、公正な戦いを好む。


 ただ、エリオを武人と言っていいのかは甚だ疑問だが……。


 とは言え、援護射撃を受けたエリオの方は、ちょっと進退窮まったと言った表情をしていた。


「まあ、基本的に流れとしては、包囲されたアリーフ艦隊を殿下が救出するように、命令を下されたという事です」

 エリオはそのままの表情でバツが悪そうにそう言った。


 いたずらを咎められて、げろッた感じに似ていた。


 リ・リラを守ろうとして、リ・リラの名を出して、追い込んでいる気分にもなっていた。


 とは言え、事実に基づいた話をしなくてはならないので、致し方がない。


 これを王太女自ら口にするのだけは、避けるべき事だと割り切る他なかった。


(さて、この後、どうしよう……)

 白状した後のエリオは、明らかに困っていた。


 リ・リラを激発させない為には、素直に事の真相を話す他なかった。


 ただ、そうなるとホルディム伯爵家のミスを糾弾するハメになる。


 そして、その次は信賞必罰と言う事になるだろう。


 自家に挑みかかってきているホルディム伯爵家を罰する事は一見すると大きな利益を得る事に繋がる。


 ただ、それは今やるべき事ではないとエリオは明白に思っていた。


 正に、あちらを立てれば、こちらが立たずと言った状況だった。


 とは言え、これでホルディム伯爵家の動きを封じられれば、いいと思うのだが、生憎エリオはそう思わなかったようだ。


 残念なヤツであり、考え方が妙なヤツでもある。

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