その3
「砲撃準備、一番槍を掴むぞ!」
神経質そうな中年男が嬉々とした口調で、怒鳴り声を上げていた。
彼の名は、カイオ・ホルディム。
爵位は伯爵、階級は少将。
リーラン王国海軍副司令官で、西方艦隊の責任者だった。
「閣下、総司令官からのご命令はまだ下ってはいませんが……」
真面目そうな青年がカイオに忠告した。
副官のマリデンだった。
「ふん、我が艦隊の速力に付いて来られない奴らの言う事など聞く必要はないわい」
カイオは心底軽蔑していた。
「はぁ……」
マリデンは何と答えていいか分からなかった。
ざっぱーん、ぐらぐら、ぎぃぎぃ……。
艦が大きく揺さぶられた。
マリデンは思わず転びそうになった。
(速度が出すぎているのでは?)
マリデンは危険性を感じていた。
「痛ぁ」
カイオの方は無様にも尻餅をついていた。
「閣下、大丈夫ですか?」
マリデンは慌ててカイオを助け起こした。
「大事な……」
カイオが忌々しそうにそう口にした瞬間、再び艦が大きく揺さぶられた。
ざっぱーん、ぐらぐら、ぎぃぎぃ……。
カイオは再び転んでいた。
マリデンの手が虚しく空を掴んでいた。
無様に転んでいるカイオよりマリデンの方が動揺していた。
艦はスピードに乗っていて、敵艦隊へとまっしぐらに進んでいた。
動揺しているマリデンを他所に、カイオは腰をさすりながらも1人で起き上がった。
「砲撃開始!」
カイオは顔をしかめながらそう命令を下した。
「えっ……」
マリデンはカイオの予想外の言葉に更に動揺して固まってしまった。
カイオの方は既に気を取り直したようで、楽しげに砲弾が落ちる先である敵艦隊を見ていた。
だが、砲撃が始まらなかった。
「何をしている!
砲撃開始だ!」
砲撃が開始されないので、カイオは一気に険しい顔つきになっていた。
「あ、はい……、しかし、まだ射程圏外と思われますが……」
マリデンは困惑を益々深めていった。
「多少の事なら構わん……」
カイオは先程コケた事による鬱憤を晴らそうとしているようだった。
(多少って、何?)
マリデンは思った事を思わず口にしようとしたが、グッと堪えた。
「これは一番槍という名誉と、後ろで怯えている奴らに我が艦隊の勇猛さを示す為だ!」
カイオは少し悦に入っているようだった。
マリデンは今すぐこの場を逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし、そんな事が出来る訳ではなかった。
マリデンはカイオに敬礼して、踵を返した。
「全艦、砲撃開始!」
マリデンは伝令係に向かって、カイオの命令を復唱した。
ドッカーン、ドッカーン……。
命令はすぐに実行に移されて、ホルディム艦隊の全艦からの砲撃が開始された。
変な形で始まったが、これが第3次アラリオン海海戦の幕を上げる砲火であった。
第2次アラリオン海海戦から15年後の太陽暦531年5月のことだった。
第1次、第2次と比べるまでもない数の艦艇数が参加しており、激しい戦いが予想された。
参加艦艇数だけだと、史上最大の海戦になる。
エリオとオーマ、敵味方に分かれている2人が似たような決断を下したい中、それが出来ない中の開戦だった。
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