第35話


 激闘の日から三日が経った。


 あんなことがあったので屋敷は大騒ぎ。


 めちゃくちゃ事情聴取されたが、罪に問われることはないらしい。


 今度も専属使用人として働いていけるとのことだ。


 これで一安心だと、戦闘で受けた傷を治す為療養していると、まさかの知らせが入って来た。


 情報の真偽を確かめる為、全力疾走で屋敷のある場所へと向かうイザヤ。


 角を曲がり、ドアを勢いよく開ける。


「母さん!」


 そこには、体を起こして本を読んでいたセレスティナの姿があった。


「おはようございます。イザちゃん」


「母さんっ!!!」


 俺は母さんに抱きつく。


 よかった……。


 本当に無事でよかった……。


 イザヤの頭を撫でるセレスティナ。


「聞きましたよ。イザちゃんが色んな経験をしたって」


「うん……」


 母さんはもう知っているのか。


 俺がどんな目にあってどんなことをしたのか。


「だけど覚えておいてくださいね。どんなにイザちゃんを世界が否定しようと、私だけはイザちゃんの味方です」


 つい先日泣いたばかりなのに……また涙が出てくる。


 本当に良かった……。


 誰も死なないで良かった……。


「イザちゃんの人生はイザちゃんのためにあるんです。だから自分の好きなように人生を使ってください。そしてたまには振り返って私も連れていってくれると嬉しいですっ」


「勿論だよ……前話したよね、色んなところを見てみたいって。今すぐとはいかないけど、絶対母さんを色んな場所に連れて行ってあげるから……約束するよ」


「イザちゃん……ありがとうございます」


 改めて思うが本当にみんな元気になって良かった。



 例の事件はどうなったのかというと、解決はしたらしい。


 師匠が俺の部屋に来て教えてくれたのだ。


「実はスーワイトに雇われて命令されたのはお前の訓練だけではない。スギレンで急速に力を伸ばしている犯罪組織について調査を命じられていたのだ」


 成程な。


 ちょっと前に師匠とスーワイト様が温室で話していたのはそういうことだったのか。 


 そう言われれば納得だ。


「それであそこにいたんですね……」


「ああ。居場所を突き止めて、適切なタイミングで制圧しに向かったら、まさかお前たちと会うことになるとは……。だが良かったのかもしれない。あの時私がいなかったら、ミュリエルを助け出せていなかったからな」


 そしてお嬢様が助け出されていなかったら、俺はあそこでトレイスに殺されていただろう。


 命の恩人の命の恩人という訳だ。


 今一度お礼を伝えると、何故か頭を撫でられた。


 母さんといい、頭を撫でることが流行っているのか?


「関係者は判明している分は捕縛した。ただ奴らの目的が未だ不明瞭なのは心配だな」


「不明瞭、なんですか? トレイスは俺を殺して専属使用人になる為って言ってましたけど」


「多分それはトレイス自身の目的であって、彼ら全体の目標は別にある。今後も捜査と警戒は必要だろう」


 あの日の解決はした。


 スギレンの治安も回復するだろう。


 だが、完全に事態が終わった訳ではない。


 今度お嬢様が襲われた場合に備えて、しっかりと訓練しないとな。


「あたしの勘だが、きっと彼らには大きな後ろがいたはずだ。今のあたしたちには理解出来ない……巨大な何かが」

 

 話を聞いていると、イザヤはあることを思い出す。


「あっ、そういえば、聖女ウィントが助力していたって聞きました」


「それはこちらも把握している。なんせその内容や、犯罪組織の基地の場所を提供したのはウィント自身だからな」


「えっ!?」


 初耳だ。


 冷静になればトレイスもそんなこと言ってた気はするけど……それは本当なのか?


「屋敷に来ていた日があっただろう? あの時にこちらへ無償で情報提供してきたのだ」


 何度聞いても信じられない。


 ウィントがこちらに手助けをしてくれるなんて。


 トレイスもろくでもない人間だが、ウィントと比べれば可愛いもんだ。


 それぐらい、ヒールデイズをやった身からしたら、聖女ウィントという少女は恐ろしい存在なのだ。


「お前たちの仕事は終わっている。後はあたしたちに任せろ。何か進展があったら教える」


 

 それから時間はどんどん過ぎていく。


 事件の方は特に進展はなく、平和で順調な日々が続いていった。


 夏に成長した木々たちは、秋を迎えると紅葉で色が変わって葉を地面に落とし、冬になれば雪が空から降ってくる。


 どんな季節になろうが、イザヤがやるべきことは簡単。


 お嬢様の傍で世話を行うことと、ウユリから訓練を受けるその二つだけ。


 当たり前となった毎日がとにかく充実していた。


 だからこそ、別れはやってくる。


 季節は春。


 屋敷の周りに立つ桜の木が、ピンク色の花びらを風に乗せて揺蕩わせている。


 何とも美しい光景の中、屋敷の門の前には、大量の人間が立っていた。


 何故なら今日は、俺とお嬢様がヴァリシア学院に向かって旅立つ大切な日だからだ。


「今までありがとうございましたヘンリ様」


 一度王都の方まで行ってしまえば、当分屋敷には戻ってこれない。


 最低で一年、最高で三年会えなくなる。


 イザヤはお世話になった人、一人一人に別れの挨拶をしていた。


「いえいえ。お二人が立派に成長されて、嬉しい限りでございます。今度どんな困難があっても、お二人なら超えて行けるでしょう」


「当たり前だわ! 私たちが合わされば最強よ!」


 ヘンリ様には色んな根回しや尻拭いをしてもらった。


 いつまでもお元気でお過ごしください。


 次はアリシャさんだ。

 

「アリシャさんも、今までお世話になりました」


「はい……アイシャです……涙が止まりません……」


 あーあー、泣きすぎだって。


 あんまり泣かれるとこっちも釣られて泣きそうになってしまうから辞めて欲しいんだが……。


「アリシャ! 私たちがいない間、ちゃんと部屋の掃除しておきなさいよっ!」


「はいっ! ……不肖アリシャ、命をかけてお嬢様の部屋を掃除致します!!!」


 やっぱりアリシャさんは陽気な姿が一番だ。


 アリシャさんには直接的に色んな手助けをしてもらったな。


 俺一人だけじゃお嬢様の世話はしきれなかっただろう。


 アリシャさんに教えてもらった様々な知識、しっかり使いこなしてみせましょう。


 そして師匠。


 貴方には伝えたいことが沢山あります。


「お別れだな、イザヤ。そしてミュリエル」


「ええ……師匠。一年間、ご教授頂きありがとうございました」


「私も感謝しているわ!」


「師匠は旅に出るんですよね?」


「ああ。ここでの仕事は終わった。そうなればあたしは旅を続ける。今までもこれからもそうしていくつもりだ」


「旅に出ちゃうってことは……簡単に会えないってことですよね……」


 元々師匠は旅をしている途中でここに立ち寄っただけ。


 本来の旅に戻るだけということだが、やっぱり寂しい。


 だって仮に屋敷に帰って来た際に、師匠だけがいないということになる。


 師匠には師匠の都合があるだろうから、引き留めは出来ないが、これが最後の別れかもしれないと考えると、居ても立っても居られなくなる。


 そんなイザヤの不安を感じ取ったのか、ウユリはイザヤたちを抱きしめた。


「イザヤ、ミュリエル」


 急な抱擁に困惑する二人だったが、拒否はしない。


 ただ受け入れた。


「お前たちは昔の貴族と使用人の関係に似ている」


「どういうこと?」


「今と違って、昔の貴族と使用人は家族のような関係性だったと聞く。同じ部屋で寝たり、同じ食卓で食事を取る。今では有り得ないだろう?」


「それってほんと!? イザヤと私が家族になれるってこと!?」


「あくまで例として出しただけだ。そう本気になるな」


 窘められ、ご機嫌斜めな様子のお嬢様。


 何となくお嬢様の手を握っておこう。


「ヴァリシア学院では一年に一回、学院祭というイベントがあると聞いた。普段、学院側は人の出入りを厳しく制限するが、学院祭の間は、関係者なら簡単に学院の中へ入れるという。その日に会いに行こう」


「本当ですか!?」


「ああ。約束だ」


 嬉しい!


 お嬢様の嬉しいのか、手の握る力を強めてきた。

 

 その日までに出来るだけ自主練をして、師匠を驚かせてやろう……。


 師匠との別れは済んだ。


 となれば最後、俺が別れを告げなければいけない人がいる。


 イザヤはセレスティナの元へ向かう。


「……母さん」


「……はい、イザちゃん」


「行って来るから……えーっと……その……」


 言葉が出てこない。


 クソッ……なんでか知らないけど、急に恥ずかしい……。


 けど言うしかない!


「愛してる……から」 


 ああ、恥ずかしい!


 愛してるなんて人生で初めて言ったよ!


 ずっと思っていたけど、口にするだけでこんな羞恥心を感じることになるとは……。


 セレスティナはいつものように微笑んだ。


「――私もですよ、イザちゃん」

 

 全てを受け止めれくれる純粋過ぎる笑顔を直視出来ず、後ろを向くイザヤ。


 そのまま王都へ向かう為の馬車へ歩き出す。


「イザちゃんの帰り、待っていますね!」


 イザヤは足を止めて、セレスティナにも負けない笑顔で振り返った。


「うん。行ってくるね!」


 全員と別れの挨拶は済んだ。


 名残惜しさを胸に、馬車に乗り込もうとするイザヤ。


 そしてミュリエル。


 馬車に乗る直前、二人は手を振りながら言った。


「行ってきます!!!」「行ってくるわ!!!」


 それに対し、残された人々も手を振りながら言う。


「「「「行ってらっしゃい!!!」」」」


 イザヤたちを乗せた馬車が動き出す。

 

 俺たちの物語ストーリーは、まだ始まったばかりだ。

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