第31話
コンコン。
ノック音が鳴る。
アリシャさんだろうか。
食事の時間ではないと思うが、一体どうしたんだろう……?
部屋を出てくれと、また言いに来たのだろうか?
それとも……母さんに何かあったのだろうか……?
一縷の望みが、イザヤの重い腰をあげさせる。
扉の元まで進み、ゆっくりと開けた。
「……あれ?」
誰もいない。
いたずらか?
わざわざ俺に?
それとも頭が遂に頭がおかしくなって、幻聴でも聞こえたんだろうか。
自分自身に嘲笑しながら、扉を閉めようとしたその時だった。
地面に一切れの紙が落ちていることに気が付く。
よーく見てみると、手紙のようだ。
拾ってみるが差出人、宛先は書かれておらず、誰が誰に送った手紙なのかは不明。
イザヤは手紙を手に、部屋の中へ入った。
開いていいのだろうか。
誰かが部屋の前で落とした?
仮に俺宛だったとしても誰が何の為に?
わざわざ見る意味はあるのか?
「……馬鹿馬鹿しい」
本当に自分自身が馬鹿馬鹿しい。
答えが知りたいのなら中身を見ればいいだけの話だろうに。
そんなことさえ見て見ぬふりをし、理由を付けて逃げている。
本当に気持ちが悪い。
イザヤは手紙を開く。
そうじゃないと自分自身を見捨ててしまいそうで、嫌いな自分が大嫌いになってしまいそうで。
手紙は丁寧に蝋で封がされている。素材自体も丈夫でしっかりとしていた。
開いて文章を見てみる。
『ミュリエル様は預かった』
「……え?」
大々的に書かれていた衝撃の文章。
続きを見てみる。
『スギレンの外れ。放棄された場所の更に奥まで来い』
手紙に書かれていたのはそれだけだった。
意味が、分からない。
分かるのだけど分からない。
本当なのか?
誰がこんなこと?
俺に恨みが?
お嬢様の身はどうなっている?
――――行くべきなのか……?
いやまずは周りに言うべきか?
アリシャさん、ヘンリ様へ事態を伝えるべきか?
師匠に事情を伝えて、一緒に行ってもらうべきか?
――――けど……俺はどんな顔をしてみんなと向き合えばいいんだ……?
ただの悪戯かもしれない。
罠かもしれない。
そもそも本当かどうか分からない。
どうすればいい、俺はどうすればいい。
…………あれ?
手紙の中にまだ何か入っている。
ひっくり返してみると、オレンジ色の髪の束が落ちてきた。
ミュリエルの髪だ。
「……ッ」
瞬間、イザヤの足は動いていた。
部屋に置いてあった短剣を手に、留まり続けた部屋から逃げ出した。
太陽は雨雲に遮られて、降り注いでいるのは日光ではなく大雨だけ。
人通りがないスギレンの街中を走る。
雨が目に入っても、体が冷えて感覚が失われていっても、滑って転んでも走る。
突き動かされたかのよう。
イザヤは手紙へ記されていた場所に向かって、走り続けた。
「……はぁ……はぁ……」
寒い。
喉が痛い。
それでも走らないといけない。
だってお嬢様に、俺は向き合えていない。
面と向かって、貴方は俺の主だって伝えていない。
専属使用人から逃げること、お嬢様が悪役令嬢かを確かめること。
まだその結果を伝えてない!!!
イザヤは走った。
彼は走り続けた。
だからこそ辿り着いた。
目的地とされた場所へ。
「」
広間のように大きく開けていて、奥に放棄された巨大な建物がある。
普段人が寄り付かないような場所、
そこに居たのは……。
「……待っていたぞイザヤ」
赤髪の長身。
ヒールデイズの黒幕の一人。
「――トレイス」
なんでここに……と思った。
だけど、口にはしない。
心のどこかで察していたのかもしれない。
トレイス=ビルターネンという人間が、このままで終わる訳ないって。
「お嬢様を返して下さい」
「それは出来ないな」
「なら、どうして俺をここに呼んだのですか?」
「……フッ、そうだな」
腰にぶらさげた直剣を抜くトレイス。
「お前を殺したいと思ったからだ」
「……そう、ですか。なんでですか?」
「お前自身を恨んでいる訳ではない。だが、俺は専属使用人にならなくてはいけないのだ」
使命感に駆られた顔。
どうせ何を言っても穏便に解決しない。
ああ……師匠のところへ行って、剣を持ってくればよかった。
イザヤは持ってきた短剣を抜く。
スギレンで買って、お嬢様とお揃いの短剣を。
「可愛らしい武器だな」
「それほどでもありませんよ」
会話しながらもお互いに近づいていく二人。
「戦うのか? 俺と」
トレイスが戦えることはゲームでも語られていたが、どのくらい強いかは分からない。
力量が不明瞭な相手。
だが引く気はない。
「……ええ。俺も伊達に剣を学んできていないので」
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