第25話

――――


「世界は打ち震えています。神は我々を見捨てたのです」


 いつも笑顔で分け隔てなく接し、人の為に怒れる少女の本当の顔を知った時には遅かった。


「親愛なるミュリエル様にトレイス様。見事役目を務められて御立派でした」


 悪役令嬢であるミュリエル。


 ミュリエルに助言をし、裏から操ろうとしたトレイス。


 そんな悪役たちは、一人の聖女の手のひらの上だった。


「貴方は……疑問に思ったことはありませんか? なんでこんな社会に従わなきゃいけないんだって。壊してやりたいとは思ったことがありませんか?」


 大きすぎる野望を抱き、理想と言う名の覇道を歩もうとした少女。


「全ては……人間の為……人間は生きる喜びを失ってはいけないのですっ……」


 盲目的は未来を描き、全てを奪いつくそうとした彼女。


 その名はウィント。


 最後の黒幕だ。


――――


「ウィント……フィアーゼ教……」


 俺は人生で一番焦っていた。


 お嬢様を捜索した日より、何倍も焦っていた。


「分かりませんか? フィアーゼ教。それなら簡単に説明しましょうか」


 ゲームをやった者なら、この宗教のことはよく知っている。


 そして貴方のことも。


「フィアーゼ教は火、水、土、風、からなる四大神を信仰し、オリフィラ王国を中心に大陸に広く浸透している宗教です。四大神にはそれぞれ聖女がつき、神の御意思を皆様に代弁する役割を担っています。わたくしは水の神『ニンフ』様の聖女を担わせていただいる次第です」


「知って……います」


「それは素晴らしいですね。神も喜んでいることでしょう」


 汗と動悸が止まらないイザヤに対し、悠々と微笑んでいるウィント。


 彼女を知らない人からしたら美しい笑顔程度にしか思わないだろうが、彼女を知っている人からしたら恐怖以外何もない。


「何故……私に会いたいと、仰られたんでしょうか」


「そうですよね。理由も伝えず急に呼び出してしまい、申し訳ありません」


「……」


「私は貴方と出会って、興味が湧いたんです。専属使用人で、主と仲良くしている貴方が」


「……以前どこかでお会いしましたか?」


「記憶にございませんか?」


 ゲームの記憶で知っているだけで、転生してからは会っていない。


 そんな記憶はないと、首を横に振るイザヤ。


「ほら以前、路地で物を落してしまった私を助けてくれたではありませんか」


 路地……?


 もしかして……お嬢様とスギレンに出かけた際に助けたことを言っているのか?


「思い出せましたか?」


 本当に恐ろしい人だ。


 会話一つでも常に優位に立って、相手を支配しようとする。


「質問、してもいいですか?」


「勿論です」


「……では。何故、あの時の出会いだけで私がここで働いていて、お嬢様に仕えていると分かったんですか?」


「さあ……勘でしょうか?」


 微笑んで何も言わない。


 質問するのは構わないが、真面目に答える気はないか。


 他の質問ならどうだ。


「では……。興味が湧いたと先程仰られていましたが、具体的にどう、興味が湧いたんですか?」


「そう言われると難しいですが、探求心に近いと思います。知りたいんです、貴方たちのことが」


「待ってください……貴方たち、ですか? 私だけじゃなく?」


「はい。イザヤ様とミュリエル様。二人だからこそ気になるんです」


「……もしかして、二日前にお嬢様と会われましたか?」


「ええ。良くお分かりですね。流石イザヤ様です」


 そうか。


 だからお嬢様は疲弊なさっていたのか。


 彼女は探求心という名の尋問をする。


 きっとそれで精神的に参ってしまったのだろう。


 そして……それは俺も受けることになる。


「私からも質問してもよろしいですか?」


「……どうぞ」


「では。イザヤ様は、この社会についてどう思われますか?」


「具体的に言ってもらえますか?」


「今この世界は階級という名の絶対格差に苦しめられています。実力だけじゃどうにもならない格差、しかもそれは生まれつき決められてしまうのです。こんな理不尽ありますでしょうか? フィアーゼ教は人間全員が平等に愛し愛される理想を追い求めているのです」


 フィアーゼ教じゃなくて、個人的に思っている願望のくせに。


 俺は知っている。


 彼女は社会を壊そうと目論んでいることを。


 だから俺に社会についてどう思うか質問しているんだろう。


 仲間にして使い捨てるか、敵として滅ぼすか見定める為に。


「……そう言われても、考えたことがありませんので」


「ふふっ、そうですか。ではこれを皮切りに考えてみて下さい」


「……そうですね」


「私は、貴方たちの関係性に興味があります。別に形としては珍しいことでもありません。平民と親しかったり、恋仲になる貴族はそれなりにいます。本来ならイザヤ様方に興味を持つことはなかったでしょう」


「では何故?」


「お恥ずかしい限りですが、これは真に感覚的にそう思ったからとしか言えません。ノスタルジックに表すなら、運命を感じたと言ってしまいましょうか」


「私もお嬢様も、普通の使用人と貴族のご息女ですよ」


「一体、何を以て普通と言えるのでしょうか? それに物事は表面だけでは理解出来ないこちの方が多いのです」


 哲学的な揚げ足を取られる。


 イラつきよりも、今はいち早くこの場を去りたかった。


 だが俺から終わりを切り出すのは立場上難しい。


 このまま耐え続けなければならないのか……。


「残念ながら、イザヤ様とはもうお別れしないといけません。本当なら昨日からお会いしたかったのですが……」


 心を読んでいたのかのように、終わりの話を切り出すウィント。

 

 だがこれはイザヤにとって朗報だ。


 そして理由も何となく察せる。


「……ガブリエル様の帰還に合わせる為でしょうか?」


「ご明察ですね。聖女という肩書は時に重すぎて、公爵家に訪問するだけでも色々なしらがみが生じてしまいます。そこでティガルディ家の令嬢の来訪とタイミングを合わせ、内密に来させてもらったのです」


「……そうですか」


 ホッとした。


 彼女とこの空間に居続けるなんて、ある種の拷問だ。


 戻ったらお嬢様に優しくしよう。


「ということで、私は帰る準備があるので……ああでも最後に」


 微笑んで優雅にお辞儀をし、こちらの目を強い眼差しで見つめてくる。


「お身体にはお気を付けください」


 部屋を出て行くウィント。


 安心した途端、疲労感が一気に襲ってきた。


 深呼吸をし、イザヤは椅子に寄り掛かる。


「……ふぅ、行かなきゃ」


 疲労感に苛まれようが仕事は残っている。


 イザヤは気を確かに、立ち上がった。

 



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