第24話

 

 俺の目の前に広がる壮大で荘厳な扉。


「……ふぅ」


 この扉の先の部屋は、エトワール公爵家現当主であるスーワイト様の部屋だ。


 何故俺がスーワイト様の部屋の前にいて、深呼吸をしているのか。


 その訳は数十分前に遡る。


 







「ガブ帰っちゃうの?」


「また会えるよミュール。それに学校に入れば毎日会えるようになる」


 色鮮やかな自室の中、向かい合う二人の少女。


 今日はガブリエルが来てから三日目であり、彼女が帰る日でもある。


「うん……」


「今すぐ帰る訳じゃないんだから元気だして……イザヤさん紅茶とお茶請け持ってきてもらえませんか?」


「かしこまりました」


「それと、内緒の話をしたいんです」


 出てけってことだろう?

 

 はいはい分かりました。


 俺は部屋の外に待機していたメイドにガブリエルの要望を伝え、屋敷をぶらつき始める。


 また昨日みたいに自由時間になってしまった。


 師匠のところへ今日も行くか?


 というかガブリエル俺のことを追い出したがり過ぎだろ。


 最終日だし、我慢するけどさ。


 昨日の痛みはまだあるし訓練する気がおきず適当に屋敷をぶらつく。


 普通の使用人では歩けないご家族用の道も専属使用人だから歩ける。


 本当にやることがなかったら、書庫にでも行こうか。


 お、そういえば、屋敷の二階の奥に中庭があったんだっけか。


 二階は特別な人しか入れないし、お嬢様の部屋は二階にあがってすぐの場所にあったので、奥に行ったことがなかった。


 折角だし観に行ってみようか。


 イザヤは何となくの方向で進んでみると、簡単に目的地に着いた。

 

 これが中庭か……。


 等間隔に生い茂る色とりどりの植物たち。


 トマトやナスのような知っている物から、見たことの無い果実もあるし、デカい雑草にしか見えない物も。


 天井はガラス張りになっていて、日光が入ってくる造りになっている。


 イメージより相当大きいな。


 庭というより、大きめの温室と言った方がいいかもしれない。


 テンションあがるわ。


 瑞々しい葉や果実を眺めたり触ったりして楽しんでいると、反対側に人のシルエットが見えた。


 これらの管理人だろうか?


 挨拶しようと近づくと、シルエットはまさかの人物だった。


「……師匠と、スーワイト様?」


 銀色の長髪をした女性と、オレンジ髪の男性。

 

 知っている中で該当するのは、師匠とスーワイト様しかいない。


 二人は会話しているようで、折角だし様子を伺ってみる。

 

 一体何を話しているんだろうか。


 距離が遠すぎて内容は分からないが、談笑している雰囲気ではなさそうだ。



 時間にして五分くらいだろうか。


 話してる内容も分からないし、イザヤがこの場を離れようとした時だった。


「……イザヤ。何をしている」


 ウユリはこちらを見て、近づいてきたのだ。


「え!?」


 一度も俺の方を見ていないはずなのに、何で俺って分かったんだ!?


「慣れれば分かるようになる」


 やっぱりこの人、人間辞めてる。


 慣れたらなんてこの場でこんな行為が出来てたまるか。


「それで、何をしていたんだ?」


「あー、すいません……。たまたま通りかかって」


 やましい思いがあった訳じゃない。


 ただやっていたことは盗み聞きだ。


 イザヤは素直に謝る。


「そうか。気を付けろ」


「久しぶりだなイザヤ」


 そう言って近づいてきたのはスーワイト様。


「お久しぶりですスーワイト様……専属使用人を決めた日以来でしょうか」


「そうだな。何でこの時間にふらついているのか疑問があるが、不問としよう」


「……感謝します」


 ああ、罰せられなくよかった。


 ホッとしたのも束の間、スーワイトはイザヤに用があったと言う。


「用、ですか?」


「ああ。丁度彼女と話が終わったら君を呼び出そうと思っていた。ある人が君に会いたいと言っていてな」


「ある人ですか?」


「そうだ。少ししたら私の部屋まで来い」


 去って行くスーワイト。


 このお二方、真顔ばっかりコンビだな。


 感情が見えなくて怖い。

 

「イザヤ」


「あっはい。そういえば師匠、何故屋敷に? 空気が嫌で入りたくなかったんじゃないんですか?」


「入らざる負えない、それだけだ。私情を仕事に混ぜ合わせる気は、あたしにはないのでな」


「はぁ……」


 そう言うと、師匠に肩を叩かれ、去って行った。


「……俺、行かなきゃ駄目なのか」









 という訳だ。


 俺に会いたい人なんて皆目見当が付かない。


 貴族でもなんでもない、ただの使用人だぞ俺は。


 身を引き締め、ノックをする。


「イザヤです」


「入れ」


 重い扉を開け中に入ると、奥の席にスーワイトが座っていて、手間の席にローブを被った見知らぬ人がいた。


「来てくれたか」

 

「その方が?」


「そうだ。他でもない君と話をしたいらしくてな、私はこれで失礼する」


 それだけ言うと、自分の部屋だというのに退室するスーワイト。


 当主の部屋に、見知らぬ人と二人きりだ。


 取り合えず座ってみると、気付いたことがある。 


 見知らぬ人は女性っぽい風貌をしている。


 更に、顔が見えないし特徴的な見た目はしていないが、どこかで会ったことがあるような気もした。


 しかし何故か、彼女は俺がやって来たというのに喋ろうとしない。


「あの……」


「……ああ、すみません。いらしてたのですね」


 心を奪われそうになる美しい音色。


 そしてやっぱりどこかで聞いたことのある声だ。


「お待ちしていました」


 ローブをずらす彼女。


 頭が露わになった。


「――あ」


「初めまして。そしてまた会いましたね、イザヤさん」


 金色の髪と、琥珀色の両目。


 手袋をつけ、首には謎の模様が刻まれている。


わたくしはウィント。フィアーゼ教の聖女の一人です」


 ウィント。


 ヒールデイズの最重要キャラにして、全ての元凶。


 なんで彼女がここにいる。

 

 なんで最後の黒幕がここにいるんだ。

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