第23話


 翌日になればミュリエルの体調は元通りに。


 一日の大部分をガブリエルとの時間に費やすとのことで、余った時間を有効活用しようと、訓練することにした。


 裏庭の先にある森の中。


 そこにあるウユリの家まで向かうと、彼女は三メートル級の熊を丸焼きしていた。


「イザヤか」


「……また熊を捕まえたんですか?」


「ああ。正直脂が多くて可食部位は少ないが、図体はデカいからな。それなりの量が食べられる」


「師匠らしいですね」


 師匠はいつも通り師匠だった。


 それにしても、前回見た熊より一回り大きくないか……? この熊。


「それで? 今日はどうした?」


「訓練して欲しいと思って」


「そうか。昨日からあっちはやたらと騒がしいな」


 あっちとは屋敷のことだろう。


「ええ。来客が来ているので」


「成程な……。どうりでうるさい訳だ」


 俺は苦笑いをする。


 いつもよりうるさいことは間違いないが、来客が来たら盛大にもてなす。


 これは貴族としての責務であり、自分の力をアピールする場でもある。


 言ってしまえば仕方がないことなのだが、師匠からしたら、こういう風潮が苦手なのだろう。


「訓練と言っても、やることはいつも通りだ。あたしが見なくても成立するんじゃないか?」


「それはそうなんですけど……見てもらった方がやる気でるので。それに――」


 イザヤは持ってきた物をポケットから取り出す。


「これは……?」


「熊のストラップ。師匠へのプレゼントです」


「……そうか。そうなのか」


 顔を伏せる師匠。嬉しがってくれていると思ったら、予想外の反応をされる。


「……あたしってそんなに熊っぽいか?」


「そういう理由で熊にしたんじゃないです! 単純に熊を沢山捕まえているから、イメージがあって!」


「……そうか。感謝する。これはありがたく受け取ろう」


 杞憂だと知り、軽く笑顔で受け取るウユリ。


 まさかそういう解釈をされるとは……。 


「折角来たんだ。いつもとは訓練内容を変更しよう」


「分かりました。では何を?」


「剣だけに留まらず、人の動作の根底には『心・技・体』がある。今イザヤは『体』を重点的に慣らしている状態だ。『技』はそのうち磨くとして、問題は『心』だ。一番鍛えにくく、一番大事な存在。これを今日は鍛えよう」


 師匠は手を心臓の位置に添える。


「『心』とは自分自身だ。自分自身を正しく理解してこそ、『心』は磨かれる」


「はぁ……言っていることは、何となく分かりますけど……」


「……だから、今からあたしに何かを当てろ」


「……はい?」


「あたしはひたすら逃げ回る。イザヤは何かしらをあたしの身体に当てることが出来たらクリアだ。逆に当てるまでこの訓練は続く」


「……ウユリさんに当てる? うわぁ!?」


 理解しきれずポカンとしたイザヤに、ウユリは足をすくう。


 バランスを崩し、地面に倒れてしまった。


「訓練はもう始まっている。やるべきことをやれ。やり続けろ」


「……はい」


 今日はいつもより重症コースか。


 イザヤは覚悟を決めてウユリに駆け出した。

 





「……クソッ!」


 腕を伸ばしても当然届かない。


 だからといってそこら辺に落ちていた石を投げても華麗に避けられる。


 しまいには……。


「そこか」


 足をすくわれたり、押されて池にダイブしたりと、師匠に反撃される始末。


 最低でも三十分は経ったと思うが、成功の兆しは全く見えない。


「がむしゃらに動くな。両目を最大限利用しろ」


 言われなくても分かってる!


 それに概観したところでいいアイデアは浮かんでこない!


 このままじゃいけないことなんて、最初から分かっているのに……。


 イザヤは何度もウユリへ向かった。


 だがやはりその全てが徒労に終わる。


 物を投げ返されたり、熊肉の肉汁を飛ばされたり、砂で目潰しされたり、パンチしたかと思ったら、見えない衝撃波が飛んできて吹き飛ばされたり。

 

 呼吸はあがり、イザヤの精神はどんどん削られていく。


「心が乱れているぞ」


「そんなこと……言ったって……」


「諦めるのか?」


 師匠、そういうこと言うんだ。


 凄いムカついた。


 このままで終わってたまるか。


「やってやりますよ……」


 怒りで自分を奮い立たせ、イザヤは再び仕掛ける。


 石を投げ、時差で自分が接近するが、ウユリの前まで進んだ瞬間、彼女の蹴りが腹に刺さった。


「ガハッ!?」


 木に叩きつけられ、イザヤの頭に木の葉がひらひらと舞い落ちる。

  

「威勢だけか?」


「……ケホッ」


 ああもう。


 視界は滲んできたし、体も簡単に言うことを聞かない。


 こんなことで終わりたくないのに。

 

 もう、試すしかない。


「来い、イザヤ」


 俺が師匠に勝っている要素なんてない。


 ならどうして勝つか、頭を使う他ないんだ。


 上手く行くか想像出来ない賭けで、勝ちを掴み取るしかないんだ。


「……はぁ、本当にムカつく!」


 まず俺は石を遥か上目掛けて投げたのち、師匠の元へ向かって走る。


 構える彼女に対し、今度はありったけの石を直接投げた。


「……ふっ」


 だが簡単に避けられる。


「それで終わりか!?」


 伸びるウユリの手。


 このままでは殴られて終わり。


 だから、俺はわざと転んだ。


 疲労で無様に転ぶが、ウユリとすれ違って回避することに成功する。


「面白い」


 すぐさま俺は反転し、師匠に向かって走り出す。


 もう体が限界、これが最後のチャンス。


 イザヤの突進に、身構えようとするウユリ。

 

 そんな中、上空からウユリ目掛けて何かが降って来る。  


 そう、最初に投げた石が戻って来たのだ。


 軌道もない、適当に上手く行けばいいと思って投げた石。


 それが俺を勝利に導く!


 俺自身の突進と空から降ってきた石、どちらかでも当たればいい。



 必死に伸ばした手、それがウユリに届くことは……。


「惜しいな」


 無かった。


 あと少しというところで、ウユリの回避が間に合う。


 体を横にずらし、彼女の手がみぞおちを貫いた。 


 











「あぁ……うぅ……あれ?」


 しがらみから解放された感覚と、広がる夕暮れの空。

 

 まさか、眠っていたのか?


 体を起こそうとすると、全身の痛みで目が覚める。


 周りを見渡し、ようやく何でこうなったのかを理解した。


「そうか……俺、駄目だったんだ」

 

 そりゃそうだよな。


 あんな運任せの作戦じゃ、成功なんてしないよな。


 落ち込んでいるイザヤの元に近づく足音と影。


「目が覚めたか」


 顔をあげると、ウユリが立っていた。


 相も変わらず、何を考えているのか分からない顔で。


「師匠」


 すると、ウユリはイザヤに、木で出来た容器を渡してくる。


 受け取って中を見てみると、液体で満たされていた。


「これは?」


「熊肉を煮込んだスープだ」


「ありがとう……ございます」


「それとお茶もある。適当に飲め」


「……はい」


 スープを口に運ぶ。


 思ったより薄味で熊の味が染み出ているな。


 まあまあ美味しかった。


 食べ終わりひと段落つき、イザヤは口を開いた。


「訓練成功、出来ませんでした……」


「元々成功出来るとも思っていない」


 そうだとは思っていた。


 だからこそ、見返してやりたいと思ったんだけど、駄目だった。


「今度からは訓練をいつも通りに戻す。訓練が無い日も、自主的にやれることはやっておけ」


「はい」


 はー、悔しい。


 久々にこんな悔しいと感じたよ。


 負けっぱなしじゃいられないな、これじゃあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る