第22話


「もう一度言います。わたしのミュールに関わらないで下さい。ミュールと親しくしていいのは、わたしだけなんです」


 何を言っているんだ?

 

 彼女は一体どうしたというんだ!?


「……すみません。意味が分からないです」


「はぁ……いいですか? わたしはミュールと小さい頃から付き合ってきました。親友なんてよく周りは言いますが、わたしたちは家族です。家族であるわたしこそが、ミュールに寄り添って歩んでいく権利があるんです」


「だから関わるな……と?」


「ええ。貴方に対するミュールの態度。少ししか見ていないだけでも仲がいいのが伺えます。ほんと、余計なことです」


「……」


 こんな一面知らない。


 ゲームの彼女はこんなこと言わない。


 ガブリエル=ティガルディ。


 君はそんな人じゃ……。


「わたしがこんなこと言うの、驚きましたか? ええ、そうでしょう。だって貴方に初めてこの顔を見せましたから」


「どういう、こと……ですか?」


「だってミュールが真に心を許す相手が今の今まで出てこなかったから、明かす必要が無かったんですよ。記念すべき最初の忌まわしき相手が貴方です」


 何でこんなことになったんでしょうね、とガブリエルは部屋の中に置かれたミュリエルの私物を触る。


「まあ、貴方にも立場があるのは分かっています。けど必要以上に親密になろうとしないで下さい。わたしが言いたいのはそれだけです」


「……無理だと、言ったら?」


「別に何かする訳ではありませんよ。本当なら家の力を使って解決したいですけど、バレたらミュールとの関係が失われてしまいますから。リスクは物事を冷静に見る為にあるんです」


 冷静に淡々と説明する彼女の姿が、俺は未だ現状を受け入れきれずにいた。


 画面越しであろうとも微笑んでくれた彼女を、愛し愛してくれた彼女を、今も思いだせる。


 なのに、今眼前にいる彼女は、違う。


 俺に向かって冷酷に、赤い目を鋭く突き刺してくる。


「それで? 答えはどうなんですか?」


 そんなの、最初から決まっている。



「……私には、私が決めたことがあります。見なければいけない景色があるんです」


「……つまり、わたしの要望は受け入れられないと?」


「そうですね……。もし最終的にお嬢様との関係が破綻しようが、今回のこととは関係が無いでしょう」


 俺は未来の為にお嬢様を推し量っている最中だ。


 そこに余計なことを差し込まれてたまるか。


「俺とお嬢様の関係は、俺自身が見定めることです、ガブリエル様。貴方に付け入る隙間は無い」


「そう……ほーんと、貴方のことは好きになれそうにない」


 ソファにだらーんと、寄り掛かるガブリエル。


 俺は……大好きだったんだけどな、貴方のことは。


「……そうですか、残念ですね」


「ええ。ほんと」









 お嬢様が戻って来たのは一時間後だった。


 その間、俺とガブリエルが何をしていたかというと。


「分かっていると思うけど、さっきのことは誰にも吹聴しないで下さいね。そんなことした暁には、わたしたちは仲良くどん底までツアーしないといけなくなりますから」


「それは御免ですね」


 この会話を終いに、ガブリエルの口調と雰囲気が元に戻り、他愛の無い世間話をしていた。


 あの一面を見る前だったら興奮していたのかもしれないが、見た後だったので緊張があるが興奮はしない。


 それほどまでに俺にとって、あれは衝撃的過ぎた。


「ごめん遅くなって……。思ったより大事なことだったから……」


 ようやく帰って来たミュリエルは、憔悴した顔をしていた。


「大丈夫ですか!? お嬢様!」


「ううん、大丈夫。少しふらふらするだけだから」


 そんなこと言っている最中にもミュリエルはふらついて倒れそうになり、イザヤが支える。


「今は早く休んでください」


「……でも」


「ミュールだめ。わたしのことはいいから休んで。話す時間なら沢山あるから」


「……うん」


 何とかお嬢様をベッドに寝かせる。


「ガブリエル様、部屋まで案内致します」


「お気遣い感謝します。しかし自分で行くので大丈夫です」


「……そうですか」


「では、ごきげんよう」


 ガブリエルは手を振り、笑顔で部屋から出て行く。


 さて、俺はどうするべき……か。


 余程疲れていたのだろう、お嬢様はもう眠りの世界に誘われている。


 付きっきりで看病するのがいいか。


 だとするなら、傍で見守ってい続けられるよう、準備が必要があるな。


 

 イザヤは道具を取りに一階にある用具が保管された部屋で向かう。


 すると途中で騒音が聞こえてきた。


 行き先である道の道中で、誰かが言い争っているようだ。


「あの人が来ているなんて……一体どういうことなんだ!?」


「私に聞かないでよ! ……っ、トレイスっ! 何か知らないの!?」


「……知りません。お母様」


「だったら情報を探ってこい! 今すぐにだっ!」


 大声と共に、物が崩れる音がする。


 次に聞こえてきたのは、足音。


 誰かがこちらへ近づいているのか。


 まずい。


 そう思ったときには遅かった。


 俺の目の前にやって来たのはトレイス。


 トレイスは俺を見て驚き、小さく低く言った。

 

「……こっちに来い」


 連れていかれたのは屋敷の外。


「……またあったな」


「あの声は、ご両親ですか……?」


「チッ……だからどうした。いいか今聞いたことは忘れろ」


 よっぽど聞かれたくなかったんだろう。


 トレイスはイザヤの胸倉を掴んだ。


「分かった! 誰にも言わないですから!」


 イザヤの言葉に、トレイスは腕を離す。


 全く今日は忘れるべきことが多い。


 情報量で頭がパンクしそうだし、掴まれたことで痛い。


 最近不幸事が多い気がする。

 

 服を直していると、トレイスは自分の胸を掴んで、苦しそうに唸った。


「クガァ……」


「だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄るイザヤに対し、彼は手を払って、近づくなと意思表示してくる。


「お前が……俺に情けをかけるな……」


「情けをかけている訳ではありません! なんで貴方は素直に言葉を受け取れないんですか!?」


「俺の……生き方は……邪魔させない……」


 自力で立ち上がり、呼吸を整えるトレイス。


 そしておもむろにイザヤへ向き直った。


「俺とお前が話すことは一つしかない。前に訪ねたこと……その答えを聞こう」


 そんなの、決まっている。


「専属使用人を辞めるつもりはありません。それが私の答えです」


 正直あの時は迷った。

 

 もし穏便に専属使用人を辞めれるなら、辞めていたかもしれない。


 けど今は違う。


 俺はお嬢様の専属使用人であり、お嬢様が何者かを見届ける責務がある。


 前世の記憶を取り戻したことに意味があるなら、それが理由だと思うんだ。


「……それでいいんだな。とても残念だ」


「ええ……今日は残念なことが多いです。それでは、やらなければならないことがあるので」


 その後イザヤは道具を持ってお嬢様の部屋に戻った。


 今日は悪い意味で脳裏に残り続けるだろう。


 こんなことが起こらなければいいのに、イザヤは切に願った。

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