第21話
「イザヤ! イザヤっ! イザヤー!」
「どうしたんですか、何か嬉しいことでもあったんですか?」
「ガブリエルが来るの!」
「あー、お嬢様のご友人の」
例のガブリエルね。
母さんが言っていた内容そのままだ。
「そう! かれこれ1年ぶりくらいに会うの!」
「それでテンション上がっていたのですね。当日までそのテンション持ちますか?」
「何言ってるの? ガブリエルが来るのは今日よ?」
「…………はっ!?」
ということで屋敷に居る人総出でお出迎えをすることに。
どうりで最近使用人たちがソワソワしていた訳だ。
エトワール公爵家に来訪する久しぶりのお客人だし、相手はお嬢様の友人兼ティガルディ公爵家の令嬢。
同じ公爵家として、粗末な言動一つも許されない。
というか誰も今日って教えてくれないのはなんで?
アリシャさんに聞いたら「知らなかったんですか!?」って言われたし、母さんに聞いたら「今日なんですか!?」だったから、多分俺と母さんが知らないのがおかしいんだと思うけど。
ちなみに犬のストラップを母さんに渡したところ、心から嬉しかったらしく号泣してしまった。
大広間から玄関を向けて屋敷の入り口までに、両サイドを使用人が並ぶ、壮大な光景が広がる。
使用人が囲む道の真ん中にはスーワイト様とテリメリア様。
そして、その二人の間に、お嬢様が待つ。
俺はスーワイト様たちの後ろ側に待機していた。
待つこと数十分、馬車が続々と到着し、一番華やかな見た目をした馬車から、一人の少女が降りてきた。
下した艶やかな黒髪を携え、可憐なドレスを身に纏い、赤い目をした少女。
彼女は悠然とした振る舞いでこちらの方へ向かっていく。
「久しぶり! 『ガブ』!」
ミュリエルはそう言うと、黒髪の少女の元へ走り、抱き着いた。
「久しぶり、『ミュール』」
抱き合うオレンジ髪と黒髪の少女たち。
ああ、会えた。
本当に実在するんだ。
『ガブリエル=ティガルディ』。
ヒールデイズの四人のヒロインの中の一人で、主人公が学院に入るきっかけを作る存在。
感動しかない。
テレビの中で見ていた人に、リアルで会った感覚だ。
「ほんと久しぶりガブ! 前回あったのはいつだっけ!」
「えーと、最後にあったのはわたしの家に来てくれたときだから……一年と三か月くらいじゃないかな」
「そんなに前だっけ! なんでもいいけど、会えてうれしい!」
「ふふっ、わたしも同じ気持ち」
そんなに仲良かったんだな、二人は。
ゲームのときで見られなかった光景だ。
――――――――
「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか?」
多くの貴族たちが主人公に見向きもしない中、寄り添って気に掛けてくれた一人の少女。
「学院は貴族出身の者しか生徒になれないんですが……あ! いいこと思いついた!」
主人公にきっかけと出会いと物語を与えてくれた、全ての始まり。
「ふふっ。確かに、みんなでやった方が楽しいね」
公爵家の娘は関係ない。
ありのままの普通の少女が、普通の少女だからこそ、最高の彼女だった。
「ミュール! 正気に戻って! あなたは……そんな人じゃない!!!」
最後まで親友を信じ続け、愛し続けた。
「ありがとう……大好きだったよ……」
大好きなヒロインたちの中の一人。
それがガブリエル=ティガルディだ。
――――――――
ガブリエルはスーワイトを見ると、優雅にお辞儀をした。
「申し訳ありません。取り乱してしまって……」
「いや、こちらとしても、他の公爵とは仲良くやっていきたいと思っている。続きは是非娘の部屋でやってもらいたい」
「お気遣い感謝致しますスーワイト様」
これが貴族の社交辞令というやつか。
次にガブリエルは、テリメリアの方へお辞儀をする。
「それとテリメリア様もごきげんよう。生け花の調子はいかがですか?」
「ええ。調子はいいわ。貴方の父は元気にやっているかしら」
「はい。おかげさまで。元気すぎるほどです」
「……そう」
そんな中、颯爽と現れたヘンリ。
彼はスーワイト様へ近づいたと思えば、耳打ちし何かを伝えているようだ。
「……そうか。分かった」
重くうなずき、ヘンリとスーワイトはガブリエルがいるにも関わらず去って行く。
どんな話だったのか気になるが、俺には俺の仕事がある。
お嬢様の関係者なら、案内するのは専属使用人である俺の役目なのだ。
挨拶が済んだのを見計らって、二人をお嬢様の部屋まで案内する。
やばい。
めちゃくちゃ緊張する。
お嬢様の時とは比べちゃいけないくらいに心臓がバクバクだ。
何とか体裁は保ちつつ、イザヤは笑顔でミュリエルの部屋まで二人を案内した。
「ありがとうございます。ところで、もしかして貴方は……」
「まってガブ! 私が紹介するわ!」
イザヤとガブリエルの間に割り込んでくるミュリエル。
「私の専属使用人になったイザヤよ! 凄いでしょ!」
「やっぱり……初めまして。ガブリエル=ティガルディと申します。以後お見知りおきを」
ああ、ヒロインが、俺に向かってお辞儀をしている。
「ご丁寧にありがとうございます。……ミュリエルお嬢様の専属使用人となったイザヤと申します」
荒ぶる精神を無理やり押さえつけてこちらもお辞儀を。
顔ににやけは出ていないはず……。
頑張れ俺!
保つか慣れるんだ!
「挨拶は済んだ? それなら早く続きを話しましょ!」
バレていないか、大丈夫だったか。
気にする様子もなく、お嬢様たちは部屋の中で仲良く話し始めた。
「ミュール髪伸びた? それに前よりオレンジ色が強くなっている気がする」
「何にもしてないけど」
「何もしなくても髪は伸びるんだよ?」
「確かに! ガブは変わらず髪が伸びてない!」
「伸びていないんじゃなくて、ちゃんと切ってるのよ?」
お嬢様にもちゃんと友達がいたんだな。
お兄さん嬉しいよ。
「わたし、今度またお見合いされるんだけど、いい対処法がないか探しているんだよね」
「私お見合い知らない!」
「ふふっ、知っているわよ。そんなミュールだからこそ、斬新なアイデアが浮かぶんじゃないかって」
「うーん、私だったら興味ない時点で嫌って言う。だって嫌だから」
「嫌だもんね、興味ない人と結婚するの」
「そう! 結婚するなら好きな人がいいわ!」
俺からしたら好きな人と結婚する、のは普通だと思ってしまう。
けど、だからこそ、自分の意思で結婚が難しい貴族の娘がいうから重みを感じる。
「あれ? ミュールそれ」
ミュリエルが座っているソファの端に置かれた白い塊。
ガブリエルがそれに気づくと、ミュリエルは喜んで跳ねた。
「気付いた!? うさぎの人形! 買ったの!」
「へぇー、凄い可愛い。それどうやって手に入れたの?」
「つい最近、イザヤたちと一緒に街へ出かけたときに買ったの! そうだった……ガブにも何か買って来てあげればよかった……」
「いいよ、いいよ。気持ちだけでわたしは嬉しいから」
大人だ……。
ガブリエルって物凄く大人で良い人だ……。
俺にだけ聞こえる大きさで、ノックされる。
扉を軽く開けると、いたのはアリシャさん。
「……イザヤさん」
「どうしましたか?」
「スーワイト様がミュリエルお嬢様を呼んでいるらしく、今すぐ自室に来いとのことで……」
「……分かりました。お嬢様」
「ん? どうしたの?」
「スーワイト様が、今すぐ自室に来い、とのことです」
「……え? お父様が……? わ、分かった。ガブはここで待ってて」
「うん、わかった」
部屋を出て行くミュリエル。
一体何のための呼び出しだろうか。
大事じゃなければいいが、わざわざお嬢様を呼び出ししている状況から、大切な内容なのは間違いないだろう。
お嬢様のことは気になるが、俺の目の前には別の状況が広がっている。
お嬢様が出て行ったことで、この空間には俺とガブリエルだけ……。
つまるところ、二人きり。
画面で見てた大好きなヒロインが、目の前で、しかも二人きり。
色んな感情が渦巻くが、一番大きいのは緊張だ。
落ち着け……落ち着け……。
「イザヤ……さん、だっけ?」
急に話しかけられ、びっくりし身体を震わすイザヤ。
話しかけてきたのは一人しかいない。
黒髪の少女、ガブリエルだ。
「そ、そうですけど、何か」
ガブリエルはイザヤの元まで進み、言った。
「
――――え?
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