第11話


 酷く怯えた彼女を思い出した。


 黒髪の艶やかな髪は肩を超える程度の整えられたもので、目は真っすぐな赤色をし、美しくながらもあどけなさが残る顔。


 大人になろうと成長する、少女の理想形とも言える容姿を持つ。


 『ヒロイン』という単語を、体現したような子。


 ヒールデイズにおいて、プレイヤーが一番最初に出会うメインヒロインとして用意された彼女は、オレンジ色の髪を持つ少女を前に膝をつき、小動物のように震えあがっていた。


「なんで……どうして……『ミュール』」


「……ねえ、『ガブ』。もし、私が出会ってからずっと、体裁を整えて接していたとしたらどう思う?」


「嘘……嘘だよね……? だって! ずっと……前から……わたしたちは……しん、ゆう、で……」


「ガブ、私の言うことを聞いて。貴方には存在価値が無いの」


 ミュールと呼ばれたオレンジ髪の少女は悠然とガブと呼んだ黒髪の少女に近づいていく。 


 後ずさるも、ガブのすぐ背後には壁。身構える彼女に対し、ミュールが差し出したのは……手だった。


「だから、今から私が存在価値を与えたあげる」


「…………え?」


「■■■の妹を殺しなさい」


「っ!? な、なにを言って――」


「ガブ」


 やっぱり好きになれない。


 悪役令嬢として作られたキャラであっても、納得出来ない。


「もし、貴方が親友のままで居たいのなら……分かるわよね?」


 僕にはどうしても、受け入れられなかった。








「――? ……ザヤ!? イザヤ!!!」


「…………はっ!?」 


 積み重ねられたミュリエルの要請のおかげで、現実に引き戻されたイザヤ。

 

 どうやら意識が飛んでしまっていたようだ。


 思考に耽り過ぎたらしい。


「……如何なされましたか?」


「……別に用は無いわよ。ただ話しかけたら反応が無いから」


 と、言いつつも不機嫌な様子のお嬢様。


 幼い子供か!


「急にどうしたのよ。イザヤらしくないじゃない」


「あぁ、えっと……今朝見た夢が、妙に生々しかったので……」


「夢でそんな風になるの?」


「ええ。そうですね、印象に残こるくらいインパクトがあるとなります」


「私も夢で意識飛ばしたい!!!」


「お嬢様、その言い方は誤解を招きますので……」


 いつも通りの二人に戻った……その時だった。



 ガシャーン! 


 窓ガラスが甲高い音を鳴らし壊れた。


 外側から衝撃が与えられたのか、破片が勢いよくイザヤたちの部屋に入って来る。


「うわっ!? な、なにが起きたのよ!」


「お嬢様、危ないので後ろに下がってください!」


 急いで窓から離れ、ミュリエルはイザヤの後ろに隠れちょこっと顔を出す。


 幸いにも窓から離れていたので破片は二人まで降り注がなかった。    


 にしても何があったと言うのか。


 ここは二階とは言え、建物自体が大きいからまあまあの高さがある。ボールでも直撃してしまったのだろうか。


「一体何が……、離れていて良かったです、本当に」


 ガラス破片はとても鋭利だ。


 少し肌に触れただけで怪我をしてしまう。


 もし窓のすぐそばに居たら、今頃血だらけになっていたに違いない。


「窓が割れる音って気持ちいいのね。私も窓ガラス割りたい!」


 危ないので本当に辞めてください。


 もしお嬢様が怪我でもしてしまった暁には、責任が全部俺に来てしまうのです。


「けど、なんで割れたの?」


「さあ……、ひとまず誰か呼んで来ないと」 


「その必要は無い」


「――え?」


 聞き覚えの無い声。


 後ろから聞こえた。


 振り向こうとすると、ひょいと、体が持ち上げられる。


「行くぞ」


「は!?」


 一体自分に何が起こっているんだ。


 意味が分からず、顔をあげると、見覚えのない美しい銀髪の女性が自分を抱きかかえている。


「イザヤー。誰この人」


「知りません! あっ、えっと……貴方は誰で――」


「時間が惜しい。行こう」


 何を言っているんだ、とイザヤが抵抗しようと思った時には既に女性は動き出していた。


 五十キロ近くあるイザヤを抱えながらも、華麗な身のこなしで破片を避けて窓まで移動する。


「ちょっとイザヤ! どこに行くの! イザヤを返して!」


 俺は……誘拐されようとしている……?


 え? まじで? なんで!?


「え、あぁ! ちょっと、待ってください! 一体貴方は誰でどこへ行こうと……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ちょっと! この人本当に飛び降りてんだけど!!!


 抱えられたままだし、しかもまあまあ高さあるし!


 俺、お姫様じゃなくて使用人なんですけど!



 それなりの高さだというのに、銀髪の女性は一切音を立てずに地面へ着地する。まるで風が下から吹き上げていたかのように、落下の衝撃も全く感じられない。 


 一体この人は何者なんだ。


 見当もつかぬまま、捕虜のように連行されていく。


 運ばれること数十秒。


 女性が急に止まったかと思ったら、木に向かって乱雑に投げ捨てられるイザヤ。


「痛っ! ッー……。なんでこんなことに……」


 ここはどこだ。

 

 周りを見ると、草原のように草が大きく広がっている。


 自然とは思えないほど高さや間が均等に、だ。


 まるで庭師が管理しているかのように、美しく整えられている。


 更に周りを注視すると、遠くに屋敷のような建築物が見えた。

 

 そうか、分かった。ここは……


「屋敷の裏庭……か」


「状態が理解出来たか?」


 タイミングよく現れたのは先程イザヤを攫った女性。


 ミュリエルが太陽のようなオレンジ色の髪だとしたら、彼女の銀髪はまるで月だ。


 優しく民を照らしながらも寂しさを感じさせる美しい銀色の長髪。


 深く吸い込まれてしまいそうな蒼い目。


 二十代前半くらいだろうか。


 イザヤよりも身長が高く、大人のカッコいい女性といった容姿をしている。


 ヒールデイズで見た記憶はない。


「貴方は……誰ですか? なんでこんなことを?」


「……まだ理解出来ていない? あたしのことを聞いてないのか? まあ、いい。些細なことだ」


 銀髪の女性が動いたことで、腰に帯刀していた鞘が見える。それも右左両方に一本ずつ鞘が装着されていた。


「『ウユリ=イヨ』。これからお前に剣を教える者だ」


 ウユリ=イヨ……どこかで聞いたことのある気がする名前だが、誰かは思いだせない。


「剣……? ですか? あっ、私の名前はイザヤと申します」


「そうか、ではイザヤ。君はこの屋敷の娘に仕える従者なのだろう?」


「……そうです。さっき自分の隣に居たのがミュリエルお嬢様です。あと言い方は気を付けられた方がよろしいのでは?」


「安心しろ。あたしを雇っているということは、許可を出していると捉えられるからな。それとも、主に言いつけるか?」


「え!? いえ……流石にそれはしませんけど」


「そうか。あたしが言いたかったのは、その娘の護衛として働けるように、あたしは剣を教える依頼を受けたということだ」


 護衛か。


 貴族の子供となれば、色んな人から狙われるだろう。


 屋敷に居るときはまだしも、学院に通いだしたら傍に居れるのは専属使用人だけである俺だけだ。


 無論学院側の警備は厳重だが、万が一を考えると傍に居る者が主を守れる方がいい。


 誰かが、俺を護衛としても本格的に働かせたいのだろう。


「あの……誰がウユリさんに僕に対して剣を教えるよう依頼なさったのですか? 許可を出している雇い主がそうなのですか?」


「雇い主が誰かは自然と考えれば出てくる。お前に剣を学ぶことを強要出来る人間ということだ」


 それが本当だとしたら、エトワール家の血筋を引く人間くらいしか該当しない。


「何故ガラスを破って私を連れ去ったんですか?」


「時短だ。それに屋敷の空気は苦手でな、中に入りたくないのだ」


「だとしてもあれは危険過ぎます。今回は怪我はありませんでしたが、今後は一切辞めてください」


「そうか。すまなかった」

 

 この人、凄いあっさりしているな。


 何というか、感情が分からない。


「今後は稽古の時間になったら裏庭に来い。それならあたしも問題を起こす心配は無いだろう」 


 ……ちょっと待て。


 思いだしたかもしれない。


 剣を教えていて、感情が見えない。


 話で聞いたことがあるはずだ。


 彼女の話の中で聞いていたはずだ。


 

 メインヒロインの中の一人、剣が得意な彼女、そのの師匠、確かそれが『ウユリ=イヨ』だったはず。


「……ゲームの頃と違う」


「どういう意味だ?」


「あ、いえ……独り言です」


 ゲームの世界のはずなのに、ゲームと同じストーリーでは無くなってきている。


 イザヤの心の中には、名状しがたい不安のようなもやもやが出来ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る