第10話
前日、俺は『自分の話をしまくる作戦』を仕掛けたが、予想外の反応を見せられ、反撃を食らった。おかげでお嬢様に出された野菜を貪る羽目になってしまった。
嫌われたいの一心で仕掛けたのにも掛からわず、損害を被るだけの有様。
このままで終わってたまるか。
行うは勿論リベンジだ。
あんな不甲斐ない結末は二度と来ない。
今日こそ嫌われてみせる。
「……ん? イザヤ、なんでテンションあがってるの?」
「気のせいですお嬢様!」
やばい、顔に出てしまっていたようだ。
我慢、我慢。
ここで仕留める。
そこで俺が今回仕掛けるのは『
前回俺は、自分のエピソード(ほぼ創作)を自身満々に話して撃沈した。
しかし気付いてしまったのだ俺は。
自分の話をするよりも、既にこの世に存在するネタを、まるで自分の功績のように見せびらかす方が嫌度が高いことを。
雑学、豆知識自慢は繰り返されるとそうとう頭に来る。
お嬢様も例外ではないはずだ。
嫌われてみせる。
そうすることが正しいと信じて。
「お嬢様、知っていますか? 巷でエールが常飲されている理由」
「エール? 急にどうしたのよ」
「まあまあ、そう言わずに。理由を知っているんですか?」
「えー? エールなんて見たことしかないし……。分かる問題にして!」
「正解は飲み水がそのままだと危ないからですよ」
「意味がわかんない」
「川の多くは汚染されているので、そのまま飲むと体を壊してしまうんです。そこでアルコールを混ぜてエールにすることで、常飲できるようにしているのです」
「へー」
「そんなことも知らないんですか? お嬢様。常識ですよ?」
「なっ!? い、いいわ。ならもっと問題を出しなさい! 完璧に答えてあげるわ!」
「そうですか? なら問題出しますね」
よし、ここまでは想定通りだ。
お嬢様は煽り性能がペラッペラだから、少し焚きつけるだけでこうだ。
残念ながらお嬢様、貴方様に解かれるような簡単な問題は持ち合わせていない。
くらえ!
秘蔵の豆知識を!
「みかんって焼くとどうなると思いますか?」
「焦げる!」
「そりゃそうですよ……。正解は甘味が増すのと、皮ごと頂けるので漢方薬にもなる、です」
「荷車を牽引する動物を
「うま! ウマ! 馬!」
「ぶぶー。残念、正解は牛でしたー!」
「公爵はデュークと呼ばれますよね? では爵位が小さい方の侯爵は?」
「小さいデューク!」
「何でそうなるんですか!? マーキスですよ。じゃあ伯爵は?」
「アールグレイ!」
「惜しい! グレイがいらないですお嬢様! じゃあ子爵!」
「小さい……爵……!」
「ヴァイカウントです……お嬢様。じ、じゃあ最後に男爵は?」
「ジャガイモ!」
「それはそう。だけと違う! 正解はバロンですっ!」
豆知識をひけらかすというよりは問題を出題しているだけかもしれないが、これでいいのだ。
だって、お嬢様はご立腹しているのだから。
「私が解けないなんておかしい! 答え捏造してるでしょ!!!」
「事実無根ですよお嬢様。もし疑うなら、他の使用人にでも聞いてみてください」
「むーっ! いいわ! 明日覚えておきなさい!」
「ええ。楽しみですお嬢様」
これで好感度は落ちただろう。
あとは何日も繰り返せば自ずと嫌われる。
そうすれば俺の勝ちだ。
次の日、俺がお嬢様を起こしに行くと、既にお嬢様は俺を待っていた。
「遅い!」
「……え? いつもと同じ時間通り来たはずなのですが……」
「いつも通りだけど遅い!」
俺の言語能力が低いからなのか。
お嬢様の内容が理解出来ない。
「イザヤ! もっと色んなの教えて!」
「えっとー……何をですか?」
「昨日のやつよ!」
「……豆知識を教えて欲しいってことですか?」
「そう!」
「……急にどうして。リベンジってことですか?」
「あー……ま、まあ、そういうことよ! だから早く教えて!」
歯切れの悪い返事だ。
疑問を抱きつつも、イザヤが昨日と同じように出題形式で豆知識を教えると、
「ありがとう! 褒めてあげるわ!」
とミュリエルは笑顔になる。
おかしいな。
本来なら嫌がるはずなのに、正反対の態度を見せてくる。
次の日も、
「イザヤ! 今日も教えて!」
「またですか!? ……ジャスミンの匂いを強くすると、ある匂いになるのですが、何の匂いになると思いますか?」
「分からない! 早く答え言って!」
「えぇ……便の匂いですよ」
その次の日も、
「早く教えて! 今イザヤに一番必要な能力は、俊敏に動くことだわ!」
「私にも出勤時間というものが存在しているのですよ、お嬢様」
こんなやり取りは続き、初めて豆知識を教えてから一週間が経過しても、お嬢様の態度は変化しなかった。
一向にイザヤを嫌う様子はない。
むしろ態度が軟化しているようにも見える。
当初の予定では、お嬢様は豆知識にうんざりして、俺のことを嫌いになっているはずだったのに。
これはおかしい。
少しお嬢様を探ってみようか。
気になったイザヤは、お嬢様を追跡することにした。
追跡は上手くいき、軽快な足取りで、お嬢様は屋敷の端にある部屋へ入って行くのを目撃する。
あれはレッスンの場所か。
お嬢様ちゃんとレッスン受けているんだな。
レッスンから逃げたいうんたらかんたら言っていたのに。
元々俺を専属使用人に選んだ理由も、レッスンから逃げたいからだったな。
そういえばつい最近はレッスンの文句を言わないようになってきた。
確か豆知識を教えた次の日くらいだったか。
扉を少し開き中を覗くと、ミュリエルと年配の気品ある女性が向かい合って何か言っている。
耳を澄ませるイザヤ。
「ねぇ知ってる!? みかんって焼くと美味しいし体にいいんだって!」
「前に聞きましたよミュリエル嬢」
ん?
どこかで聞いたことのある内容だな。
「じゃあこっちは!? 便の匂いとジャスミンの匂いって一緒なの!」
「そうなのですか? ……それはよろしいのですが、淑女が便などと口で言ってはいけません」
……まさか、俺の教えたことを横流ししているのか?
「私凄いでしょ! こんなに色んなこと知っているのだから!」
「ええ凄いです……しかし何故急に私共にお教えするようになさったのです? 本で情報を探したりなさったのですか?」
「え、ええ……そうよ! 私が得た情報だもん! 私凄い!」
あぁ……そういうことか。
そういうことか!
どうりで豆知識を要求してくる訳だ。
お嬢様は俺から得た豆知識を講師に伝えて、優越感を得ていたのだ。
これでは嫌いになってくれない。
嫌いどころか、利用されている。
俺はまさに、お嬢様の手のひらの上で踊っていた道化だ。
「くっ……俺の負けだ」
何気なくこぼれた本音。
今回も負けてしまったか。
だがこのままでは終わらないぞお嬢様。
「他にあるのですか?」
「えーと……そうね。あっ! そういえば、イザヤって実は世界を救った英雄――」
「お嬢様ー! それ以上は言っていけません!!!」
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