第9話

 

 専属使用人となって二週間が経過し、仕事に慣れてきた昼下がり。


「お嬢様、昼食にございます」


「んー。……野菜いらない」


「これでも減らしているのですよ」


 これまで通り、俺はお嬢様の傍でお世話を行っているんだが。


 今日、俺はお嬢様に仕掛けることを決意したんだ。

   

 嫌われる為にアクションを起こす決意だ。


 普通、誰かに嫌われたいなんて思わない訳で、そのような行動を能動的にしようとはしない。


 常人なら当たり前のことだ。


 だが、俺は専属使用人のままになっている訳にはいかない。


 出来るだけ早く、穏便に辞めるには、お嬢様に嫌われて向こうから専属使用人を辞めてと言われる他ないのだ。


 ということで、俺がやるのは……




 ずばり、『』だ。


 典型的な嫌われる人の例で、自分の話ばかりして人の話を聞かない人。


 自己顕示欲が強く、とにかく自分をひけらかしたい彼らは、欲求のままに他人に接する。


 だから自分も真似すれば、お嬢様に嫌われることが出来る! と考えたってことだ。


 この日の為に、夜な夜な色んな引き出しを考える羽目になった。


 俺には他人に自慢するような話が全く無い。さすればありきたりな話を脚色する他無かった。


 何としてでも成功させねば……。


「お嬢様、面白い話に興味がありませんか?」


「っ! ……ある!」


 よし、食いついた。


「では食べながら聞いて下さい――――あれは私がまだ幼かった頃の話です。私は母親と共に街へ買い物へ出かけました。買い物を終え、屋敷に戻ろうとした矢先、突如大雨が降り注いできたのです」

 

 ここまでは実話だ。


 食料や日用品の買い出しに向かった帰り道に、ゲリラ豪雨が襲来したことがあった。


「傘も無く困り果てた私たちに、ある一人の男性が声と傘を差しだしてくれたのです。それがハヌマーン騎士団長でした」


「ハヌマーン……騎士団長?」


「聞いたことがありませんか? 我らオリフィラ王国に存在する騎士団の団長、つまり軍隊のトップです」


「凄い人!」


「そうです凄い人です!」


 話に興味が大ありなのだろう、食事を取る事を忘れて前のめりでイザヤを見るミュリエル。


「ハヌマーン騎士団長とその一行は偶々街に来ていて、私たちに傘を渡して去って行きました」


「カッコいい人!」


「そうです! カッコいい人です! どうです、凄いでしょう!」


 ハヌマーン騎士団長は街に来ていた。これは確かだ。


 しかし遭遇したのは下っ端の騎士だし、傘も譲ってくれたのでは無く、忘れていったのをパクっただけ。


 もはや実話とは別物である。


 罪悪感すら感じてしまうが、これくらいしないと自慢出来るエピソードが存在しないのだ。


「凄い! 私も会いたい!」


「そうですね……お嬢様なら王都に行けば会えるのではないでしょうか?」


「王都まで行かなきゃダメなの……? イザヤ、呼んできてよ!」


 無茶ですお嬢様。



「それよりもお嬢様、もっと話がありますよ」


 同じ要領で自慢話を繰り返す。


 イザヤは作ってきた話をミュリエルに聞かせまくった。



「私があの時声を掛けたおかげで、マクシミリアン前国王は大事に至らなかったのです」



「首飾り物語の名言、実はあれ、私が言った言葉なのです」


 

「ヴォイニテ戦争の英雄の子孫が私です。つまり私は凄いです。ええ、はい」


 

 あられもない内容に、罪悪感を通り過ぎて恥ずかしくなって、それすら更に通り越えて自分が嫌になってくる。


 それでもイザヤは話し続けた。


 これでミュリエルが自分を嫌ってくれると信じて。



 太陽が地平線に吸い込まれる夕暮れまで、ひたすら話続けた。


「……どう……です、お嬢様……凄い……でしょ」


「凄い! 凄い! 凄い! イザヤってそんな凄い人だったのね!!!」


 なんでこうなった。


 なんで嫌いと真反対の反応をしているんだ……。

 

 なんでお嬢様はこんなに元気なんだ!?


「やっぱりイザヤを選んだ私って凄いのね! そうよ! 私知ってたもん! イザヤが凄いって!!!」


 ミュリエルは、自分の胸を叩く。


 対し仕掛け人は、自分の頭を押さえた。


 予想していた結果と違い過ぎる。


 これでは謎の黒歴史を生産してしまっただけではないか。


「もっと他に話は無いの!?」


「えー、あー、そうですね……。あるっちゃ……あるかも……」


「どっちなの!」


「あーお嬢様、大きな声を張らないで下さい……頭が割れそうなので……」


 駄目だ、今考えても何も打開策が思いつかない。


 完全にキャパオーバーしてる。


 イザヤが自ら撒いた苦しみに苛まれる最中、扉を叩く音が聞こえてきた。


「え? あぁ……誰ですか?」


 無理やり頭を働かせて対応しようとする。

 

「はい、アリシャです」


「……どうぞ」


 扉が開き、アリシャは端正な動きで中に入って来る。


「ア、アリシャさん。どうかなされました……?」


「いえ、対した事では無いのですが、ミュリエルお嬢様の食事の下げ膳がいつまでも行われないので、様子を見に来たんです」


 そういえばと、トレーに目を向けると、そこには少ししか食べられていない昼食の姿が。


 やば過ぎる。


 絶対話始めてから食べるの辞めただろ!


 食べながら聞いて下さいって言ったのに!


「あら、昼食食べきっておられないのですか? もうすぐ夕食ですよ?」


「あーそれは……ちょっと話に花を咲かせてしまって……」


「聞いてアリシャ! イザヤって、実は世界を救った英雄――」


 不味い内容だと理解するのにはそう時間は要らなかった。


 イザヤは一瞬にしてミュリエルの後ろまで移動し、口を手で覆い隠す。

 

「お嬢様! それは二人だけの秘密ですッ!」


「むーむー」


 母親が娘に言い聞かせるかの如く、イザヤは真剣な眼差しで訴えた。


「ああ! アリシャさん! 実は相談したいことがあってー!」


「え? あ、はい、アリシャです。どうしたんですか急に焦って。もしかして重要な相談とか……」


「いえ! 別に大したことじゃないですけど、丁度いいタイミングなので!!!」


 アリシャに昼食のトレーを無理やり持たせて扉の方へ向き直させる。


「え!? あっ、ちょっと!?」


「トレーの片づけが終わったら話しましょう! ね!」


 お願いだ!


 早く部屋から出て行ってくれ!!


 なんなの広められたら、使用人どころか俺の人生が終了してしまう!!!


「押さないで下さいイザヤさん! あ、危ない、って! うわぁ!」


 イザヤは必死にアリシャの背中を押して、どうにか部屋から退出させた。


「はぁー……はぁ……人生、守った……」


「急に焦ってどうしたの? まるで別人みたい」


 頭にはてなを浮かべながら、お嬢様が近づいて来た。


「人間そういうものなんですよ……はぁ」


「もしかして……あれが覚醒モード!?」


「違いますって!」


 もう掘り下げるのは辞めてくれ……。


 心のライフはとっくにゼロです。


「とにかく、先程までの話はどうか内密にお願いします」


「えー」


「今度から野菜は私が食べて、お嬢様が食べたと嘘の報告をします」


「分かったわ!!!」


 良かった…………本当に良かった……。


 最悪のケースは回避出来た。


「ありがとうございますお嬢様……この御恩は忘れません」


 ほんと、俺なにしてんだ……?


 嫌われるどころか黒歴史作り、結局自分の火消しをして。


「……イザヤ」


 突如、お嬢様が暗い顔し、俺に声を掛けてきた。


「は、はい」


 も、もしかして、俺のこと嫌いになってくれたのか!?


「……お腹すいた」



「………………もう少しで夕食ですから」




 

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