第8話


 専属使用人の仕事内容は、従者やレディースメイドとほぼ同じだ。

 

 主人の身の回りを世話し、主人が出かける際は荷物を持って必ずお供を行う。


 観光や狩猟を行う場合はアシスタントをし、有事の際には主人を守ることに命を掛ける。


 重要なこと以外の、主人に関する身の回りの全てを担っていると言ってもいい。


 ただイザヤは男でミュリエルは女だ。


 衣服の着脱や、プライベートに深く密接なことはメイドが行う形になっている。


 ではそれ以外はイザヤの担当なのか……と言われると、そうでもないのが事実だ。


「お嬢様は音に敏感なところがあります。如実に影響が表れるのは夜中で、寝ているお嬢様の傍で、少しでも音が鳴ると起きてしまうんです」


「騒音禁止、もしくは予めお嬢様に一声掛ける必要あり……と」


「あとは湖とか池が駄目ですね。過去に溺れたことがトラウマらしくて」


「なるほど……ありがとうございました。『アリシャ』さん」


 俺はアリシャさんにお嬢様に関する注意事項を聞いていた。


 前に書庫でお嬢様と遭遇した際に、お嬢様を探していたメイドさんだ。


 アリシャさんはレディースメイドとして、長年お嬢様の世話を担当してきたという。


 そこで有益な情報が得られるかもしれないって、色々話を聞いていたのだ。


「はい、アリシャでした。むしろこれくらいしか出来ないのが申し訳ないくらいです」


「完全に私がミュリエルお嬢様の世話をする訳ではありませんよ? それこそ着替えや浴槽での世話はアリシャさんに任せ続けることになりますし」


「それはそうですが……」


「……どうかしましたか……?」


「……私は、ミュリエルお嬢様が小さい頃から世話をしてきました。仕事を任されたとき、決意したんです。私がこの子を途轍もないくらい凄い子に育てて、色んな貴族を震撼させてやるんだって……しかしお嬢様はそうはいかなかった……」


 声を震わし、両手を合わせるアリシャ。


「ミュリエルお嬢様がこんなにも我が儘なのは私のお嬢様に対する態度のせいです。将来エトワール家を支えられるよう、正しき道に進ませる。それが私の仕事のだった……けど、無理だった……」


「……」 


「頼みますって言い方が合っているかは分かりません。けど、どうかミュリエルお嬢様を導いてあげてください」


 情報が欲しかっただけなのに、いつの間にか任される展開となってしまった。


 けれど、「任されました」とは言えない。


 申し訳ないが、俺には俺の目的があるんだ。


 

 それと、専属使用人になったことで、書庫も自由に使っていいと言われた。


 怪我の功名と言うべきか、これだけは嬉しい。


「……こうやって調べてみると、ゲームの頃とは桁違いの情報量だな……」


 書庫に置かれた何百冊数えられる本は、それぞれ違う内容が書かれいている。


 歴史に、風土に、土着信仰……って土地に根付いたものばかりだな。


 ヒールデイズの時代は、中世のヨーロッパ辺りがモチーフのはずだから、本が難しいものばかりになるのは仕方ないのか?


 本は娯楽よりも、勉学の側面が強いのだろう。


 童話や物語の類も少量ながら存在しているが、歴史書や学問の本が圧倒的に多い。


「うわぁ……これ読むの大変だな……」


 と、イザヤが手に取ったのは、オリフィラ王国図鑑というもの。


 本の劣化具合から、比較的最近の本のようだ。


 ペラペラと軽く中を見てみると、オリフィラ王国に関する色んな内容が区分けで書かれている。


 その中でイザヤが一番注目したのは、


「……『フィアーゼ教』か」


 フィアーゼ教。


 オリフィラ王国において最も規模が大きい宗教で、広く信仰され始めている存在だ。


 何故イザヤがフィアーゼ教に注目したのか、それはヒールデイズにおいて密接に関わって来る要素の一つだからだ。


「そうか……あいつも居るのか。実感湧きたくない……」


 現実逃避するように、本を元通りの場所にしまう。


 溜息を吐き冷静になることで、イザヤはあることを思いだした。


「……あ!? やばい!! 時間完全に忘れてた!!!」







「なんで部屋に居ないの!!!」


 とまあ、お嬢様の部屋に戻って早々に怒られてしまいました。


 お嬢様がレッスン中の間は、専属使用人としての仕事をする必要が無い。


 そこで有効活用しようとしたのだが、本に気を取られ過ぎてしまったようだ。


「申し訳ありませんお嬢様」


「それと、なんでサボるのに手伝ってくれないの!!!」


 ミュリエルの言葉から察せるように、イザヤはレッスンをサボることへの協力を行っていない。


 サボるため、にミュリエルはイザヤを選んだのだから、要望と完全に真逆の行為を取ってしまった訳だが。


「お嬢様、サボるには入念な準備が必要なのです。何故なら相手は数多くの使用人たち。彼らはお嬢様よりも屋敷のことを熟知しております」


 まあ、流石に言われるのは予測してたよ。


「そんな彼らを出し抜くには色々な準備をするほかありません。隠れられる場所を探したり、使用人たちがどこまでやれるのかを知ることが不可欠です。お嬢様が今後サボり続けられるようにも、今は我慢の時なのです」


 どうだ!


 これが深夜に考えついたそれっぽい言い訳だ!


「やだー! もう行きたくないー!」


「そんなに嫌なんですか? 全部?」


 すぐさま頭を縦に振るお嬢様。


「ピアノに、ダンスに、マナー系に、乗馬、あとは詩文、全部興味ないの!! なのに嫌だって言っているのに無理やりやらせてくるし、意味分かんない!!!」


 まあこれは流石に同情する。


 しかし貴族の令嬢として生まれた以上、習い事に取り組んでいないと痛い目を見るのも事実だ。


「……取り合えず、今は辛抱の時です」


「……」


 納得はしていないが、受け入れてはくれているのか、お嬢様からの反論が無くなった。


 よーし、なんとかハッタりが成功したよう。


 これで当分誤魔化せられるだろう。


 

………………いや、待て。


 別に言い訳する必要無いんじゃないのか?


 今のところ、厳しくしていれば、いい感じに嫌われたのでは……?


「……よくないなぁ」


「何か言った?」


「いえ。独り言ですので」


 目的を定めたはいいものの、具体的になにをして嫌われるのかを決めないとな。


 今のところだと、「ちゃんとレッスン行きなさいッ!」って厳格に接せればそれだけで好感度を下げれただろう。


 お嬢様に嫌われるのは決めていても、どうやって嫌われるのかを決めていない。


 無駄な迷いを打ち切らなければ。


「お嬢様、お伺いしたいことがあるのですが……」


「……何」


 機嫌が悪いらしく、ムスッとしているお嬢様。


「お嬢様にとって、嫌いな人とはどんな人でしょうか?」


 お嬢様は普通の人とはずれている部分が多い。


 だから本人に聞いてしまえばいいのだ。


「難しい……難しい! なんでそんな質問するの! 嫌がらせ!」


「それは……今後の為?」


「あんまり難しいこと言われても分かんない。それとケーキ食べたい」


「この時間に……ですか? もうあと少しで夕食ですが……」


「いいから!!!」


 どうも上手く事は進んでくれないようだ。

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