第2話
目覚めて初日は運ばれて来た食事を取ってそのまま寝てしまった。
まるで貴族みたいだ。
まあ、俺は貴族に使える使用人ですけど。
使用人と一口に言っても、沢山種類がある。
そんなメイドの中にも複数種類があるくらいだ。
母さんはスティルルームメイドと言って、ジャムを作ったり、漬け物を作ったりするメイドとして働いている。
俺はフットマンという執事の見習いのような役職の、更に見習いとして働いている。実質雑用に近い。
使用人は厳格な階級社会であり、若い使用人が従事することになる仕事は、自然と立場の低くなる。
実は階級が低い使用人だと、家族の方々と顔を合わせる機会がほぼない。
フットマンになれれば関わる機会は出てくるだろうが、今の俺ではまあ有り得ないだろう。
おかげで当主様の顔も、奥様の顔も、ミュリエルお嬢様の顔もゲームで見たのが最後、イザヤとしては一度も無いのだ。
使用人は普通朝六時くらいに起きて仕事に従事なければならないが、俺は病み上がりという訳で、三日間休みが与えられた。
優しい待遇をありがとう。
おかげで目覚めたのは十時過ぎ。
朝食を食べ損ねてしまったが、沢山寝たせいか体の調子は良さそうだ。
ということで早速悲願母親一緒に公爵家から逃げ出す為の準備をしよう。
やると決めたら直ぐ行動だ。
まず最初に取るべきことは……情報収集だろう。
ギャルゲー時代の知識はあるが、それはあくまでもゲームで見えていた部分だけ。
現実となってゲームでは知れなかったことが沢山ある。
ただ俺はイザヤとして生きてきた記憶がしっかりと残っている現状だ。
物心ついた頃から今の今までの人生の記憶は確かにある。
だからこの世界の一般常識は問題無い。
前世の知識もある。貴族のご子息レベルくらいの知能はあるかも。
それにこの世界がギャルゲーと知ってしまった以上、この世界に対しての好奇心が湧いている。
そもそも本当にヒールデイズの世界なのか?
そうなのだとしたら、ゲームで語られなかった部分はどうなっているのか?
だから情報収集、ということだ。
幸いにもここは名高いエトワール公爵家の屋敷、書庫には数百冊の本が所蔵されていると聞いたことがある。
しかしそれはあくまでも、ご家族が見るためのもの。
いち使用人の分際で、許可なく本を読んでいるところを見られれば、何かしら罰が与えられるのは確実だ。
……という訳で、バレないように本を読もう。
俺はまだ病人認定されているおかげで、仕事が無い。
この三日間は自由に使えるのだから、じっくり時間を使えばチャンスはあるはずだ。
ご家族が普段使用するエリアは、使用人は用事なく通ってはいけない決まりがある。
階段も使用人専用のモノがあり、使用人と貴族の世界は明確に区切られているのだ。
だから他の使用人と接触するリスクは低い。
すれ違うリスクがあるのはむしろご家族の方だ。
そこで彼らが昼食を食べに行っているタイミングを付く。
そうすれば誰ともすれ違わずに書庫まで行けるだろう。
タイミングを見計らって、地下の使用人区画から出る。
ゆっくり、そろそろと、のそのそと歩き……、何とか誰にも見つからずに二階の書庫の扉まで辿り着くことに成功した。
扉を開けてみる。
「うわぁ……やばい」
中は壁前面に絶え間なく本が敷き詰まっていて、広くは無い部屋を最大限利用する為にか、階段を使えば二階に上がれるようになっている。
何処を見ても本ばっかりだ。
「……急に背徳感が襲い掛かって来た……」
悪いことと分かっていて、尚且つ普段は絶対見れない光景。こんなコンボされて引け目を感じないのは難しい。
ふとイザヤは、やにわに一番近くにあった本を開いた。
「やっぱり日本語だ……日本で作られたギャルゲーだからかな?」
本はどうやら歴史書のようで、平仮名、片仮名、漢字で文章が構成されている。日本語で間違い無いだろう。
難しい漢字は除いて、書いてあることが全て理解出来る。
この世界の言語が日本語で良かったと本当に思う。
イザヤとして生を受けてからは、使用人として働けるように最低限の教育を受けただけで、言語の教育は少しだけだ。もし日本語以外だったのなら、本を読むことは出来なかっただろう。
「……この世界では日本語じゃなくて、ヒール語か」
前世と今世の違いは今世に統一だな。
事前確認も済んだことだし本題に入ろう。
…………と意気込んだのはいいものの、イザヤは部屋を回って色んな本を眺めたのち、何も本を手にせず書庫内にあった椅子に座った。
「……調べるにしても、何から調べればいいんだ……?」
大まかにこの世界について知りたいという目的はあるのだが、どの本から読めばいいのか分からない。
置いてあるどれもがタメになりそうなせいで、優先して読むべき本が分からないのだ。
時間があるなら片っ端から読んでいくでもいいが、猶予は大きく見積もって一時間程度だろう。
それ以上留まると見つかるリスクが大きく高まる。
「やっぱり歴史書を見るべきか? ……いやでも歴史なんか知って意味あるか?」
無駄に時間を積もらせる。
「………………やだっ!」
「ん?」
遠くから微かに誰かの叫び声が聞こえた。
声質的に少女っぽい誰かの声に、イザヤは本を探す手を止める。
物音立てないように様子を伺っていると、遠くから足音が聞こえて来た。
足音は凄い勢いで近づいてくる。
誰かから逃走していると思ってしまうくらいの足音だ。
何の騒ぎか知らないが俺が関わることは無い。
本探しを再開しようとすると――
バンッ!
と、大きな音が鳴った。
驚いてイザヤは体を震わす。
音からして、誰かが書庫の扉を開けたのだろう。
まさか書庫に居たのがバレるとは、と振り向くと、居たのは一人の少女だった。
腰まで伸びきった太陽のようなオレンジ色の髪に、スラっとした身体、それに加え素人目で見ても分かる高級そうな服を着ていて、右胸上部には三つ首の竜の模様があった。
年齢は俺と同じくらい。
幼さを捨てて大人になる真っ最中といった風貌だ。
間違いなく使用人では無い。
女性使用人の中でこんな服装を着れる可能性があるのは、ハウスキーパーかレディースメイドくらい。
ハウスキーパーは人を知っているから有り得ないとして、レディースメイドでも無いだろう。
気品と品性に満ちた彼女たちと、目の前にいる少女は違い過ぎる。
そして感じる既視感。
見たこと無い人なのに、見たことがある感覚に陥る。
ずっと昔に置いてきた過去が掘り返されたように。
彼女は……
「ちょっとアンタ! 何とかして!」
イザヤが思考の海に溺れている中、少女は必死な表情で言った。
「……え?」
「助けなさいって言ってるの!」
助ける?
ここは貴族、それも公爵家の屋敷だ。
一体何があったと言うのか。
「……お嬢様!!! 何処に行ったのですかお嬢様!!!」
外からまた誰かの声がした。
「お嬢様……?」
「あぁもうやばいっ! アンタ使用人でしょ!? だったら私の言うことを聞きなさいよ!」
そうか、そうなのか。
「なんでボーっとしてるの!? ちょっと起きてよ!」
やっと理解出来た。
「お願い起きて! レッスンはもう嫌なの!!!」
貴方は悪役令嬢――――――
「ミュリエル=エトワール」
イザヤは彼女の手を引いた。
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