こんなキャラだなんて聞いてない!!!

風花レン

第一章・転生編

第1話

「……転生、した?」


 ベッドから体を起こし、座り直す。


 部屋には固いベッドと椅子、そして机しか大きな物は無く、壁は薄汚れていてる。


「ッ……ツー……頭痛い」


 ずっと寝ていたせいだろう。落ち着こうと思った途端に脳が悲鳴を上げだした。


 更に喉も痛い。カラカラの域をとっくに越えた、かなりの痛み。


 取り合えず何か飲める物は……と、俺は手で頭を押さながら、周りを見ると、机の上に水が入ったコップが置いてあった。


 飛びつき、一気に飲み干す。


 生き返る。というか死ぬかと思った。全然飲み足りないが、最低限の水分補給は出来た。


 頭痛もマシになって来た。


 落ち着きを取り戻し、周りを確認をすると、椅子の上に何かが置かれている。


 三つ首の竜が描かれた模様があしらわれた、ハンカチだ。


「……やっぱり俺、転生していない?」


 前世の記憶を目覚めたのと同時に思い出した。


 そしてそれは模様のせいで確信に変わる。


 これは悪役令嬢がいる公爵家の家紋に違いない。


 つまり俺――――イザヤは、悪役令嬢をモチーフにしたギャルゲーの世界に転生しているのだと。


 世間が悪役令嬢ブーム一色になっているのを見て制作されたギャルゲー『ヒールデイズ』。


 孤児の主人公は一人のヒロインに拾われて貴族だけが入れる学園に入学することになり、他のヒロインたちと出会い、青春を送る話だ。


 しかしそこに現れるのが悪役令嬢だ。彼女は主人公たちを妨害する敵として登場して、最後は悪役令嬢らしく追放される……以上が簡単な話の全容で、発売日に友人と一緒に買って、意見交換をしたのが懐かしい。


 形だけ見れば何処にでもある学校が舞台のギャルゲーを、ファンタジー世界の貴族学園に変えただけだが、現実では描けない異世界の内容をシナリオに落とし込んでいて結構面白い作品だった。


 まあやっていた当時はその世界に転生するなんて思ったこと無かったが。


 しかし――


「よりによって悪役令嬢の……お嬢様の使用人に転生しているとは」

 

 これは問題だ。とても由々しき大問題だ。


 悪役令嬢――――ミュリエル=エトワール。


 王家の血筋を引く公爵家、当主――スーワイト=エトワールの長女にて唯一の子供で、ヒールデイズでは最終的に追放され、その延長線上として、エトワール公爵家も悪だと断罪された。


 使用人だろうが血を引いていようが丸めて処分、つまり追放フラグを回収する前にエトワール家と関係を切っていないと、俺にまで被害が出てしまう。


 普通、使用人も懲罰を与えるか? と思うかもしれないが、原作では使用人の大多数がミュリエルお嬢様に加担していたという設定だと記憶している。


 追放されるのは学園が始まって丁度一年後くらいだったはず。


 今は……


「俺が十四歳で……今年で十五歳だから……あと二年か……」


 季節は春で、月は四月と春に入ったばかり。


 ミュリエルお嬢様も同じ十四歳で来年から入学予定のはずなので、約二年で間違い無いはずだ。


 正直二年もあれば関係を切るなんて問題無いだろう。


 仕事や衣食住され確保出来ればいい。別の屋敷の使用人になるのもいい。


 ……え? お嬢様のフラグを回避する助力をしないのかって?


 いやいやいや、やだよ。


 こちとらいち使用人の分際で何をしようと言うのだ。


 確かに俺には知識がある。これを使えば悪役令嬢を悪役令嬢にさせなかったり、フラグを回避出来る可能性は十二分にある。


 だが、俺はそうしない。


 何故か。それはただ単純にミュリエルお嬢様が苦手だからだ。


 原作で、悪役令嬢の立ち位置を与えられた展開から分かるように、彼女は性格が終わっている。


 気になったモノは自分の物にしないと気が済まないらしく、その為には手段を選ばない。


 自分の居場所を確固たるものにする為、障害は地位と権力を使って潰す。


 兎に角我が儘で、世界は自分の思い通りになると信じて学園を支配しようとする。


 とまあこんな感じで見た目はいいが愛着は一切無い。


 むしろ俺が好きなのは主人公とヒロインたちだ。


 いわゆる主人公贔屓って言うのだろうか。


 みんなめっちゃ好き。幸せになって欲しい。


 ――そうか。そうしよう。適当なタイミングで仕事を乗り換えて、主人公がヒロインの誰かと恋愛成就出来るように支援してやろう……


 なんて妄想を巡らせていると、


「あ、起きました!? イザちゃん、体は大丈夫!?」


 入口から馴染みある声がした。


 顔を向けると、一人の女性が勢いよく飛びついて来た。その女性に頬ずりされる。


「痛い! 結構痛いよ!? 母さん!」


 飛びついてきた女性とは、俺の唯一の肉親である母さん『セレスティナ』。いつもふわふわしたオーラを出して、息子である俺に対しても敬語を使う、母性の塊が具現化したような人だ。


 イザヤを無視して頬ずりをしながら、セレスティナは涙をこぼし安堵する。


「本当に良かった……。熱出して二日寝込んでたのですよ?」


「え? そ、そんなに寝てたの? あ、あと離れて母さん」


「そうです……体調はどうですか?」


「ああうん……多分大丈夫だと思う。倦怠感無いし。あと離れて母さん」


「まだ安静にしないと駄目ですよ? 何が起こるか分かりませんし」


「うん、そうだね。あと離れて母さん」


 ようやく折れたのか、母さんはようやく頬ずりを辞めてくれた。


 自分が寝ていた二日間、泣きながら介抱してくれていたのだろう。


 俺には分かる。彼女がどういう人間で、どれだけ俺を大事にしてくれたかを。


 前世の記憶が戻ろうと、母さんと歩んできた人生は確実に俺の中にある。


「熱は?」


「うーん……」


 自分のおでこに触ってみるが、熱くは無い。


「無さそう」


 ぎゅぅぅぅぅ……。


 お腹から音が鳴った。


 意識した途端、一気に空腹感が主張してきた。腹痛かと錯覚してしまうくらいにお腹が空いている……!!!


 なんでこのタイミング!?


「あらまあ」


「……母さん」


「はいはい、分かっていますよ。お昼の残りが無いか聞いてきますね」


「……残りが無かったら?」


「夕食まで数時間我慢して下さい」


「……あ! あと水もお願い! 沢山欲しい!」

 

「分かりました……本当に良かったイザちゃん」

 

 心の底から言うと母さんは部屋を出て行った。


 お腹は空いていても心は満たされている。


 母さんを不幸になんて出来ない。


 なら、俺がすべきなのは公爵家破滅に巻き込まれないようにしつつ、母さんを幸せにすること。


 本当の意味で、第二の人生が始まった。

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