第3話



「ミュリエルお嬢様ー!」


 掛け声と共に書庫へ女性が入って来た。


 私服なのか、それなりに価値のありそうな服を着ていたが乱れており、必死さが伺える。 


「ミュリエルお嬢様ー!? ここにいるんでしょう!?」


 ミュリエルお嬢様がここにいるのに確信があるのか、書庫内部で捜索をしているよう。


 悪そうな人ではなさそうだし、むしろ多分悪いのはお嬢様だろう。


 だって悪役令嬢だし。


 それに「レッスンは嫌」というミュリエルお嬢様の言葉から、察しはつく。


 死角からイザヤが来訪者を観察していると、こちらの方に向き直った。


 直ぐに首を引っ込める。


「そこに居るんですか!?」


 気付かれたか!?


「隠れても無駄です! 素直に出て来て下さい! 奥様には言いませんからー!」


 まずい。


 足音と声が近づいて来た。


 多少でも音を出せばバレる距離に居るのが分かる。


「ミュリエルお嬢様!!!」


 来訪者は今までで一番の呼び声を出した。


 布がバサっと引かれる音がする。


「ってあれ? ……本当に居ないの? …………」


 それから少し経ったのち、書庫の扉が大きな音を立てて閉まった。








「助かった」


 柱の影から現れるイザヤ、少し遅れてミュリエル。


 二人共安心からか、顔が緩み切っていた。

 

「適当に掛けた布が生きるとは……」


 咄嗟に、置いてあった布を床に山積みされれいた本の上に掛けたのだ。


 フェイクにでもなればと思ってやったのだが、まさか成功してしまうとは。


 上手く行って何よりだ。


 しかし……まだ問題はある。


「良かった……アリシャしつこいんだから……」


 ミュリエルお嬢様である。


 記憶を取り戻した当日に立てた目標の原因となる人物が目の前にいるのである。


「誰だか知らないけど、褒めて遣わすわ!」


「ありがとうございます……お嬢様は何でお逃げなさっていたので……?」


 動機を探ってみる。


「食後のレッスンサボる為」


「はぁ……面倒臭いからでしょうか?」


「そう! アンタ使用人のくせに分かってるじゃない!」


 凄い嬉しくない。


「久しぶりの……自由時間だわ……」


 椅子に座り、ミュリエルは背を伸ばす。


 止む負えない。


 当初の計画は廃棄しよう。


 彼女ありきの実行は不可能だ。


 さっさとずらかることにする。


「あー……お嬢様、実は仕事があって戻らねばならないのです」


「じゃあ私命令で仕事しなくていいから」


 なんでよっ。


 お嬢様って、俺に命令する権限あるの???


「私の言う事聞いていればいいから」


 ああ、思い出して来た。


 そうだ、彼女はそうだったな。


 今だからこそ思い出せる。


 ゲームの頃の彼女の姿を。




――――――――


「アンタたちは私の言う事を聞いて初めて価値が生まれるの」


 学園で出会った彼女は、自分より格下の生徒たちに圧制を敷いていた。


「へぇー? 抵抗するんだ。じゃあ、実家の方がどうなるのか、楽しみわね」


 思い出す光景は、どれも悪いものばかり。


「これだけは言っておくわ。私に従い続けなさい? そうすればゴマくらいは擦れるかもよ?」


 画面の遠い奥で繰り広げられる物語の中で、彼女は悪役令嬢に相応しい言動を行っていた。


「なんでアンタが私より上なの!? 何処まで私の邪魔をするの!?」


 作中で出会ってから、別れまで、彼女はずっとそうだった。人を見下し、嘲り、突き飛ばす。


「ごめんねガブ。ずっと騙してたの。最初からアンタに興味なんて無かったわ」


 親友の想いを笑いながら、踏み潰した。


 泣き崩れたヒロインの顔は忘れられない。


「聞きなさい! 私はミュリエル=エトワール! 無事に生きていきたいんだったら、私にひれ伏しなさい!!!」


 良いところが一つもない彼女のことを、ネットでは『真の悪役令嬢』だと言う人もいた。


 そんなミュリエルが、僕はずっと苦手だった。


――――――――




 しかしミュリエルお嬢様は今、目の前に居て、会話をしている。


 PRGだとエンカウントしてしまった状態だ。 


 しかも詳細な過去を思い出したせいで余計に緊張してくる。


「アンタ名前は?」


「っ!? ……イ、イザヤ、です」


 テンパりながらもイザヤは自己紹介をする。


 自分の名前を言うことで、再度理解出来た。


 ここはゲームの外の世界じゃない。ゲームの中の世界だ。


 俺はゲームをプレイして彼女と出会った訳じゃない。


 ヒールデイズの主人公として、悪役令嬢と会話しているんじゃない。


 『イザヤ』。


 自分自身でミュリエル=エトワールと会話しているんだ。


「なんでそんな縮こまってるのよ」


「も、申し訳ありませんお嬢様」

 

 落ち着け。


 目の前にいるから何だと言うんだ。

 

 俺はヒールデイズの主役じゃない。


 名前は当たり前、存在さえゲーム内で語られたことが無い存在だ。


 出会ったから重大な事が起こる訳でもあるまい。


 というよりここでテンパってお嬢様を怒らせでもする方が後々に響くだろう。 


 色んな感情は一旦置いておいて、穏便にこの場を乗り切ろう。


「使用人よね?」


「ええ、そうです」


「今まで見たことが無いんだけど」


「主な仕事は全部裏側なので」


「じゃあ何でここに居たの?」


「あー、それはですね……」


「もしかして――」


 もう駄目か、とイザヤは身構える。


 しかしミュリエルが導き出した答えは想像の斜め後ろだった。


「サボりに来たの!?」 


 嬉しそうに言うミュリエルお嬢様。


 勝手に勘違いしてくれているようだ。


 便乗するしかない。


「え、ええ! そう、なんです! ……多分」


「そうよね! 仕事はサボるべきよね!」


「そ、そうなんじゃ無いですかね……」


 完全なイエスマンと化す俺。


 駄目な部下の誕生だ。


「ねぇ、イザヤって何歳?」


「十四です。今年誕生日を迎えて十五ですね」


「っ!? ほんと!!!?」


 急に勢いが増したぞ。


 何か変なこと言ったのか俺は。


「え、ええ……。あ、あのミュリエルお嬢様」


「何!?」


 顔をグイっと近づけてきた。


 近いですお嬢様。


 テンションを顔を下げてください。


「私、時間の都合でこれ以上サボることが出来ないのです。心苦しいのですが、帰らせていただきたく……」


「ええー」


 機嫌が良いようなので、思い切ってもう一度切り出してみた。


 お願い! 帰らせてくれ!!!


「いいわ!」


「本当ですか!?」


「私、嘘は吐かないわ! 良い事聞けたから許してあげる!」


「ありがとうございます!」


 良い事というのは理解出来ないが、帰れるならそんなことどうでもいい。


 さあ、帰ろう我が部屋へ。


「またね! イザヤ!」


「ええ、機会がありましたら」


 もう二度と会う機会は無いと思うが。


 イザヤはそそくさと地下にある使用人区画の自室まで戻った。

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