1章(11)『壊滅する城郭都市』

 厚雲が夜空を覆い暗夜あんやとなった砂漠。その一角にある、九角の星型の城壁で二重に囲まれた城郭都市アステーリから、暗夜を真っ赤に照らす巨大な赤光しゃっこうが噴き上がった。

 赤光は、アステーリの北の城壁から南の城壁に向かって一直線に噴き上がり、上に建てられていた城壁やバザール、アステーリを覆っていた半透明の結界とそれを生成していた巨像など、全てを破壊した。

 それは、ほんの一分間の出来事であった。

 暗夜に薄れながら巨大な赤光は跡形もなく消えた。破壊により発生した、砕かれた半透明の結界の破片や砂の粉塵が収まると、アステーリの北の城壁から南の城壁にかけて一本の巨大な地割れが露わになる。そして次第に、都市のそこかしこから人々の混乱と悲嘆の声が上がりだすのだった。


 砂岩の瓦礫で埋め尽くれたアステーリの歓楽街通りだった場所に、少女の張り上げた声が上がる。

「獣人拳、河童突撃かっぱとつげき!」

 ドーンと、勢いよく麦藁色の巨石が20メートルほど高く飛び上がり、少し離れた瓦礫の上に落ちる。

 巨石があった場所から、篭手の魔装をはめた両拳を突き上げて立つ青黒い巻き毛を橙のターバンで巻いた浅黒い肌の少女、ゼナと3枚の横になった大きく湾曲した棺桶のような大盾が現れる。

「もう出て来て大丈夫だよ」

 ゼナがそう大盾に向かって言う。

 大盾の縁と地面との間には人と一人が横になるだけの弓形ゆみなりの空間があり、一枚の大盾から、黄色の瞳、オールバックヘアーの薄い金髪の少年、ジョンが這い出てくる。

「助かったぞ、ゼナ。お前がいなかったら今頃、ヘカテイア像の下敷きでペシャンコだった」

 と、礼を言うジョンをゼナは、少し驚きながらじろじろと見る。

「全裸だったのにもう着替えたの?しかも盾の中で」

「砂まみれになったが、着服魔術ちゃくふくまじゅつでなんとかな。それに服なら、コレに大量に入っているからな」と言って、ジョンは、手にもった黄色の小袋から黒のマント、女性用下着に上着、スカートを引っ張り出す。

「これをティスに渡してくれ」

「え、ジョン、こんなものまで持っているの⁉」と驚いてから苦笑するゼナ。「いくら強欲の根源魔術使いでも、ちょっとく……」

「おいおい、変な勘違いするなよ。これはルクスが変身したときに使うかもしれないから持っていたんだ」

「まあ、そんなところだよね。ごめん疑って」と、ゼナは笑いながらティスがいる大盾に行く。

「疑うって、何をだよ……」と、呆れ顔でぼやいたジョンは、近くに横たわる大盾に向かって声をかける。「アイト、着替えを持ってきたぞ」

 しかし、大盾から返事は返ってこない。

「おい、大丈夫かアイト?」

 ジョンは、不審な表情で大盾にれる。途端に大盾は、ジョンの持つ黄色の小袋に吸い取られた。

 そして、ジョンは目を見開いた。大盾の下にアイトの姿がなかったのだ。

 ジョンは、キョロキョロと首を回し、暗く瓦礫で埋め尽くられた周囲を見回した。

 その時、ジョンの背後からと

「ジョンさん!」

 唐突に呼ばれ、ジョンはビクッと肩を小さく上げて後ろを振り向く。

 そこには、腰にタオルを巻いた、ほぼ全裸の黒髪の少年、アイトが呼吸を荒くして立っていた。

「驚かすなよ、アイト」

「すいません。その、力を貸してほしいんです!近くの瓦礫の下から、助けを呼ぶ声が聞えて、それで!」

 必死に話し出すアイトにジョンは「とりあえず、服を着ろ。風邪ひくぞ」と、言って黄色の小袋から衣服を出してアイトに向かって投げる。

 そして唱えた。

「フルン」

 途端に投げられた衣服がひとりでに動きだし、アイトを襲いだす。

 シャツは頭にかぶさり、下着とズボンはすねを小突く。

「え、ちょっ!な、なんなんですか、この服は⁉」

 と、パニックになるアイトにジョンは笑いながら言う。

「ほら脚上げろ、アイト。パンツがはけないぞ」

 数分後、四苦八苦の末に服を着たアイトは、ジョンにあらためて、瓦礫の下にいる人を助けるのを手伝ってほしいと頼む。

 ジョンは、冷たい目をして首を横に振る。

「いいかアイト。この惨状は、大方レヴィアタンが俺たちを狙って起こしたことだろう。だから俺たちは、アステーリの奴らを助けるよりも、これ以上被害が増える前にここからさっさと退散したほうがいいんだ」

 それを聞きアイトは、思い返す。自分が原因で、魔石列車が巨大なタコ、フタポーギーに襲われたことを。

「魔石列車と同じ…… また、僕のせいで……」

 アイトの脳裏に、昨晩のたこ焼きパーティーでアイトを歓迎し、歓待したアステーリの人々の顔が浮かぶ。それとともに、瓦礫の下から聞こえた『たすけ…て…た…す…けて…』というか細い声が、耳鳴りのように耳の中に響き続け、アイトは胸を締め付けられる感覚に襲われた。

 破壊され瓦礫が散漫する砂岩の都市を前にアイトは、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり見つめたその時。

 ぐらぐらと地面が揺れる。

「ピギフォトス」とジョンが唱え、発光する球体を手から出す。

 アイトは、絶句した。

 200メートルほど離れたところにできた大きな地割れから砂煙とともに、水色と黒のマーブル模様のカニやエイ、ウツボの怪物たちがどんどん這い上がり、飛び上がっている。

海魔獣かいまじゅうか」と、ジョンは苦虫を噛むように言う。

 海魔獣たちは、人丈の倍以上の巨体で暴れ始め、瓦礫の中に残っている建物を破壊し始めた。

 この地獄絵図のような光景に、アイトの全身は震えた。しかしそれは、恐怖ではなく武者震いに近いもので、震えはアイトに叫びかける。

 —早く助けろ!

「ホプリゾーン!」

 強化の魔術を唱えたアイトは、魔力を帯びてほのかに光る足で瓦礫を踏みしめ駆けだそうとする。

「フハハハ。そう焦るな、アイト」

 その声に反応して、アイトは足を踏みとどめた。

「どこにいるんですか、レプレさん」

「瓦礫の中の鏡じゃ。ジョン頼む」

 ジョンが、黄色の小袋から手鏡を取り出すと、手鏡の中に服を着た黒ウサギ、レプレが現れた。

「どうして止めるんですか?」と、アイトが疑問を投げるとレプレは不敵な笑みを見せて言った。

「ここは、お主たちの出番ではないと言うことじゃ」

 ビュ—————‼バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!

 突然、9発の打ち上げ花火のような音がアステーリ全体に響く。

 それは、アステーリを取り囲むように打ち上げられた、9つの光る魔力の塊が弾けた音だった。弾けた魔力の塊は煌めく粒となって夜空に散ったかと思うと、一斉に外壁と内壁の間の砂地に光の雨となって降り注いだ。

 そして、砂地からボッ!と、息を吹き返した青白い血の気のない手が飛び出す。

 数秒後、砂地は、青白い大小さまざまな手で埋め尽くされ。

 数十秒後、地中から湧き出たアリのように、ボロボロ鎧と矛や剣で武装した青白い肌の獣人じゅうじんのアンデットたちが、わらわらと砂地の上に現れる。

 数分後、城郭都市アステーリの至る所で、アンデットと海魔獣の魑魅魍魎ちみもうりょうの乱戦が繰り広げられた。

「これは、魔術なんですか……?」と、驚いた顔付きのアイトが問うと、レプレが肯き答える。

「うむ、これは、ナベリウスの偽魂魔術じゃ。アイトお主が廃墟で戦った者と同じ魔術じゃな」

「アイト、わかったろ。これが、俺たちが出張る必要がない理由だ。ほら向こう、衛兵たちも動きだしたみたいだぞ」と、ジョンが指を差す先には、複数人の衛兵が瓦礫の下から人を引き上げていた。その光景を見て、アイトの心の中のざわめきは、落ち着きを取り戻した。

「さて、がくる前に、お主たちは一刻も早く色欲の魔術師の国に行くのじゃ」

 レプレの言葉に、ジョンは肯いたが、アイトは眉をひそめて首を傾げた。

って、まだ何か—?」と、アイトがレプレに問おうとした、その時。

「さっきから聞いていたら、ちょっと、それどういうこと!」

 と、甲高い怒鳴り声が上がった。

 それは、黒のマントを着た長い金髪の少女、ティスの声だった。

 ティスは、眉を吊り上げ尖った声で捲し立てるように言う。

「この騒動は、アンタたちが原因で起こったのに、他人に後始末を任せるなんてどうかしてるんじゃないの!どう見たって、ここの衛兵だけでこの規模の被害を対処できるわけがないじゃない!本当は出来るんでしょ、魔石列車の時みたいに根源魔術を使えば!今こそノブレス・オブリージュでしょ!根源魔術使いは、ヒュアキントス王国の王の子息しそくなんだから、命の危機から民草を守るのは使命じゃないの!」

 憤慨するティスの言葉に、アイトの顔は熱くなった。それは、ナベリウスたちがこの惨状に対処したことで、他力本願な考えで現状の惨状に安堵してしまったことを恥じてのことだった。

 一方、ティスになんと声をかけていいかと、たどたどしくするゼナ。それに対してジョンは、眉一つ動かさないでティスの前に歩み出て頭を下げた。

「すまなかった。俺たちヒュアキントス王国の問題に巻き込んでしまって」

「なに言ってんの!私に謝られても、なんの解決にもならないんだけど!さっさと助けに行きなさいよ!」

 激高したティスがジョンに掴み掛かろうとする。

 その時、ジョンは唱えた。

「プロヨ」

 たちまち、ティスが羽織る黒いマントがティスの肩から足までを覆って巻き付く。

 ティスは、態勢を崩しその場で倒れ込んだ。

「イッタ―!ちょっと、こんなことしてなんのつもり!」と、瓦礫の上でジタバタと叫ぶティス。

「言われた通り、命の危機から民草を守るだけだよ」と、ジョンは言って、黄色い小袋に呼びかける。「出てこい、ルクス」

 すると、黄色い小袋から黄色のインナーカラーが入ったダークブラウンのミディアムヘアの幼女が飛び出した。

「よばれて、とびでる、ルクスだよ!」

「ルクスこの女の人を安全なところに運べ」

 と、ティスを指差し指示するジョン。それに付け足すようにレプレが言う。

「西門がよいのう。そこの衛兵に女子おなごを保護してもらうのじゃ。あと走っていくのじゃぞ。飛べば、アヤツらに見つかってしまうからのう」

「うん、わかった!」と、ルクスは元気な明るい声で返事をすると、3メートルほどの黒い狼に変身して、ティスを咥え西に向かって軽快に走りだす。

「なっ、なに、どこへ連れて行き⁉下ろしなさい‼早く下ろしな!うわぁ!うわぁ!うわぁぁぁ‼」

 慌てふためくティスにジョンは素っ気なく言う。

「口閉じないと舌噛むぞー」


「さて、女子おなごは入ったな、それでは、お主らは南門に行くのじゃ」

「レプレさん、南門ってアレですか?」と、言って眉をひそめ指を差すジョン。

 そこには、南門があったのであろう崩れた城壁と、下にできた地割れから這い上がってくる海魔獣たちと戦うアンデットたちの姿が。

「うむ。決して戦わず走りぬけるのじゃ。でなければ、アヤツらに見つかる可能性が高くなるからのう」と、真剣な顔のレプレ。

「やっぱり、アイツらがこれを起こした原因なんですね」と、険しい顔のジョン。

「それが本当だとしたら、どうして……」と、悲しげな顔のゼナ。

 意思疎通ができている3人に対し、一人状況が見えていない様子のアイトは戸惑い顔で言いかけた疑問を問う。

「あのう……。さっきから言ってるって、いったい誰なんですか?」

 すると、アイトの右隣りから

「それは、私とチェンシー様のことでしょうか?」

 と、見知らぬよく通る声が発せられた。

 アイトは、反射的に首を右に振った。そこには、アイトよりも一回り背丈が高い黒のスーツを着た白髪で糸目の青年が隣に立っていた。

 気配もなく突然現れた青年に困惑するアイト。

 助け船を求めるようにゼナとジョンに視線を向けると、二人とも険しく硬い表情で身構えている。

 —この場から早く離れろ!

 危険を伝える言葉が、アイトの脳裏によぎった一瞬、アイトの目前で青年が、片膝をつき頭を下げ恭しく話し出す。

「お初にお目にかかります。わたくし、チェンシー様の従者をしております、リコと申します。お隣にいらっしゃるのが—」

 と、リコがアイトの左隣を手のひらで差し、左に視線を向けるアイト。

 アイトの視界に、暗闇に浮うかぶ鮮やかな赤光しゃっこうせんが飛び込む。

 よく見るとそれは、200センチほどの棍棒で、その棍棒をダークグレーのワイシャツに黒のスラックス、ゼナ、ジョンと同じ白のフード付きロングコートを着た、赤のメッシュが入った黒髪ショートヘアーの少女が持って突っ立っている。

 そんな少女にアイトは、得体の知れない威圧と不気味さを感じた。それは、少女が、眼光のない虚ろな深紅の瞳でじっと正面を見つめていたからだった。

「アイト様の義妹であり、私にとって最高のお嬢様でありそして—!」リコは一泊とめてゆっくりと言った。「この城郭都市をご覧の壊滅状態にした最強の根源魔術、憤怒の根源魔術の譲渡者! チェンシー様でございます!」

 アイトは絶句した。隣にいる少女が、この惨事を起こしたことを知って。

「君が、これを……」と、困惑するアイト。

 リコは立ち上がると、糸目のまぶたを開け怪しげなエメラルドグリーンの瞳でアイトを見下ろし、目的を告げる。

「私たちは、レヴィアタン様のご命令により、厄災の王子であるアイト様を捕らえに来ました」

 アイトの全身に冷たい震えが走る。

「ですが、その前に障害は片付けなければいけませんね。お覚悟をゼナ様、ジョン様!」と、リコは、背後のゼナとジョンの方を向く。

 次の瞬間、アイトの眼前にリコの姿はなかった。

 そこには、拳を振り上げたゼナが立っていて、夜空からリコの奇声が聞こえてくる。

「ぐはぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁいいいいいいいいい‼‼‼」

 その奇声は、明るく楽しげで、奇声と言うよりも喜声きせいであった。

 アイトは直感した。

「…………変態だ」

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