1章(10)『家出令嬢』

 西に沈む日が、砂岩の城郭都市アステーリを黄金に染め、長い影をつくる。

 その影の中を駆けるローブを着た少女。

 少女は、小刻みに荒い息を吐き、額から汗を滲ませる。

 そして、閑散とした通りの前で立ち止まった。

「はぁ、はぁ……。やっと、着いた」と、弾みのある荒い息混じりの声を発する少女。「ここが、アステーリの歓楽街通り……」

 少女の目前には、薄暗く閑散とした砂岩の建物が立ち並ぶ不気味な通りが。

「珍しいな~この通りにお嬢ちゃんみたいなのが来るなんて~」

 唐突に少女の真横から声が発せられた。少女が咄嗟に首を曲げ視線を向けると、砂岩の建物にもたれかかって座る鼻の赤い無精髭の男がいた。

 男は、鼻をつくアルコールと酸っぱい嫌な臭いを漂わせ、ワインボトルを握り締めている。

「もしかして~お嬢ちゃん、誰か探しにきたのかい~」

 少女は、正面に向き直り無言で一歩を踏み出す。

「やめときな~人探しなんてしても、無駄足だよ~無ー駄~ ちょっと前に、ここにいた奴らは、みーんな、いなくなっちまったんだから~」

 少女の足が止まる。そして眉を吊り上げ男を睨む。

「そう、怒るなよ~」と言って男は、ワインボトルに口を付けゴクゴクと喉を鳴らす。「俺もさぁ~探していた女がいたんだよ~お嬢ちゃんの倍くらいデカパイでさぁ~」

 男が、胸の辺りに手振りでデカイおっぱいとやらをジェスチャーする。

「はぁ~想像したら、元気になってきやがった~」とぼやき、薄気味悪い笑みを浮かべる男。

 少女は男を無視して、険しい表情で歓楽街通りにつかつかと入って行く。

「お~い、お嬢ちゃん~ 彼氏、探すのを手伝うからさぁ~ 俺のをシゴイてくれよ~ 欲求不満なんだよ~」と、男が千鳥足で少女の後を追う。

 するっと、男の手からワインボトルが足元に落ちる。

 それに気づかず、男はワインボトルを踏みつけ、壮大に尻もちをつく。

「イッテ~ 畜生~ついてね~ついてね~」と、涙目になりながら叫ぶ。「また、あいつのデカパイで揉まれてぇ~!」

 男の煩悩が暗く静まり返った歓楽街通りに吐き捨てられると、ひらりと赤紫と黒のマーブル模様のローブが男の眼前に現れる。

「そこの寂しい人。僕がその願い叶えてあげよう」

「へぇ?」

「ターニクセィモウコーラ……」


 茜色の空が、青い薄闇に染まる頃、歓楽街通りの前に人の姿はなく、ただ一本のワインボトルが取り残されていた。


 城郭都市アステーリの民家やバザールに、魔術の明かりがともりだす。

 そんな中、歓楽街通りでは一軒を除いて全ての店に明かりはなかった。

 唯一、明かりがつく一軒は、砂岩でできた2階建ての洋館風の館。

 ローブを着た少女が、館の一室のドアを勢いよく開く。

 ワンルームの一室には、スーツを着た少年がベッドの上に座っていた。

「ピュラ!」

 少女が少年を、そう呼びながら抱き着く。突然のことに驚き、目を丸くして硬直する少年。

 それに気づき少女は、慌てて言う。

「ごめんなさい、今、扮装ふんそうの魔術が掛かったローブを着ていたわ」

 と言って、少女はローブを脱ぎ捨てる。

 すると、くすんだピンクのブラウスと黒のサスペンダースカートを身にまとい、綺麗に切りそろえたシースルーバングの前髪が印象的な、金髪の少女が姿を現す。

「これでわかるでしょ!私よ、ティスよ!」

 ティスの頬は赤く、目に涙を浮かべていた。

「ぼ、僕も会いたかったよ、ティス」と、若干引き気味にピュラが言う。

 それを聞いて、ティスは目からボロボロと涙を流しピュラの胸に顔をうずめ、捲し立てる様に語り始める。

「私との関係がお父様にばれて、貴方がアステーリの売春宿に売られたことを知って、私、いてもたってもいられなくって、それに最近、売春宿で失踪事件が多いって聞くじゃない、だから私、魔石列車に飛び乗ったの。

 そしたら、魔石列車が海魔獣かいまじゅうに襲われて、なんとかアステーリに付いたら、今度は無理やり療養所に連れていかれて2日間は安静にしろとか言われたのよ!こっちは、一秒でも早く貴方に会いたいのに!だから今朝、療養所を抜け出したの。その後、変な人に絡まれて会えるかどうかすごく心配だった。でもこうして貴方に会えて、本当に良かった!」

「そ、そうだったのか。し、心配をかけてごめんティス。僕も会えてうれしいよ。愛しているよ」

 ピュラは片言で言いながら、自身の胸で泣きじゃくるティスの頭をぎこちなく撫でた。



 そんな泣きじゃくる恋人をピュラは見向きもせず、ただじっと、壁に取り付けられた姿見を見つめている。

 姿見には、白いB4サイズのボードとペンを持った、服を着た黒ウサギ、レプレがいた。

 レプレは、ボードにペンで書き込むと、それを真正面にいるピュラに見えるよう掲げた。

 ピュラは目を細める。

 ボードには、[キスするのじゃ!]と書かれている。

 それを見て、ピュラの顔が引きつる。その表情を見てレプレは、再び白いボードにペンで書きこみ掲げた。

[キスしないと怪しまれるぞ!]

 ピュラの顔が青ざめ、ダラダラと汗が流れる。レプレはにたり顔で、白いボードをペンでバンバン叩き、かす。

 ピュラは、生唾を呑み込み。そして「ティス……」と小さく呼びかける。

 腫れぼったい目をしたティスがピュラを見つめる。

 ピュラは震える手で、金髪のシースルーバングを上にあげ、ほんの一瞬だけ額に唇を重ねた。


 その光景を天井の隅から、豆ほどの小さな蜘蛛型の魔装が隠し撮りしていた。

 隠し撮りされた映像を、テーブルに置かれたB5サイズほどの板状のモニターから見守るジョンとゼナ。

 二人は、ティスたちがいる部屋の隣部屋にいた。

 座るソファーから身を乗り出すようにモニターを見るゼナが心配そうに呟く。

「レプレ様の作戦とはいえ、彼氏に変装してキスだなんて……。アイトくん大丈夫かな」

 一方、ゼナの隣に座る、ジョンがあきれ顔で言う。

「甘いな、アイト。恋人なんだから普通、デコじゃなくてベロだろうが」

「えっ、そ、そこまで関係が進んでいるのかな……。レプレ様の情報だと、ティスさんは貴族令嬢で、ピュラさんは使用人。立場の違う恋で、デートとかそんなにできなかったんじゃないの?それに、貴族令嬢って、おしとやかで、ひんがある感じだから、プラトニックな交際だったんじゃないの?」

「いや、そんなこともないようだぞ」

「えっちょっと! ティスさん積極的すぎない!アイトくんをベッドに押し倒してるし!?」

「人前で体裁とか品格を気にする貴族様は、特にこういう場だと欲求に忠実だよな」

「そ、そこまで関係が……。や、やっぱり彼氏ができたら、や、やっちゃうのかな…ジョンはどう思う………」と、頬に両手を当て恥ずかしそうにジョンに問いかけるゼナ。

 ジョンは、笑顔で言う。

「お前の暴食に付き合える、甲斐性のある男がいればな」

「やっぱり、いっぱいご飯を食べさせてくれる甲斐性は大事だよね」と、ゼナが言った時、隣の部屋から、ドタバタと激しい物音が鳴った。

 ゼナは、目を大きく見開いてジョンの肩を揺らしながら言う。

「って、私の恋愛じゃなくて! 大丈夫かな、アイトくん!? 壁を蹴り破って作戦中止にする⁉」

「落ち着け、ゼナ。アイトなら体を洗うって、シャワールームに逃げたぞ」

「えっえっ!ちょっと!ティスさんが服脱ぎ始めてない!? ジョン‼」

「うぁ⁉いきなり手で目隠しするな、痛っ!イタタタタ!強く抑えすぎだ!目が潰れる!」

「ちょを!?そのままティスさんシャワールームに入ったんですけど!」

「恋人同士なんだから、風呂場でいちゃつくのはよくあることだろうが!つうか、手を放せ!」

 ギャァァァァァァァ‼

「えっ⁉ティスさんの凄い悲鳴!?それに、アイトくんがタオル一枚で飛び出して来たよ!これ完全にばれちゃったよね!?」

「おいおい、なんで脱いだアイト!? あの変装魔装は、顔と声帯しか変装できないから、体を見られたら一発アウトだって言ったよな、俺⁉ いいかげん手を放せ、ゼナ!その怪力で突撃だ‼」

「う、うん!」

「フハハハ。まあまあ、二人とも、少し待て。アイトが真っ裸なのは、我が指示したこと。作戦の説明をしたとき言ったじゃろう、アイトにひと肌脱いでもらうと」

 いつのまにか、部屋に取り付けられた姿見の中に出現したレプレが言う。

 それに、口を揃えて驚くジョンとゼナ。

「比喩じゃないんですか⁉」


 シャワールームから逃げ出したピュラに変装したアイトは、ジョンたちがいる部屋側の壁の前で立つ。その姿は、股間部分をタオルで押さえて、内股で腰をかがめたなんとも情けないものだった。

 そんなアイトを、バスタオル姿のティスが困惑と疑心の眼差しで問いただす。

「な、なな!なんでこんなに、ちっちゃいの⁉ 前は、もっと逞しくって黒くて血管が浮き出ていたじゃない!」

「こ、これは、えーとそのー、く、薬を飲んでその、副作用みたいなもので~!」と、しどろもどろな言い訳をする、アイト。顔を真っ赤にし、眉間にしわが寄るほど強く目をつぶるさまは、ティスよりもこの状況を恥じらっているようだった。

「そんな副作用のある薬なんて聞いたことない!もしかして、顔と声だけ似せることができる魔装を使っているんじゃないの⁉」 

「ぎく!」

「そうよ、絶対そうでしょ!だってピュラはそんなに腹筋バキバキに割れてないし、もっと肌の色が濃かったわ!」

 変装が看破され、心の中で、『早くジョンさん、ゼナさん助けて下さい‼』と絶叫するアイト。

「そうだよ、お嬢さん。彼は君が知っている、愛する人ではない…」

 唐突に、静かで中性的な声がし、アイトとティスは声がした方を向く。

 そこには、赤紫と黒のマーブル模様のローブを身にまとい、顔をフードで隠した人物が、向かい合うアイトとティスの真横にどこからともなく現れていた。

「フハハハ。よくぞ来た、色欲の魔術師よ」

 と、姿見の中にいるレプレが、赤紫と黒のマーブル模様のローブの人物を指差して言う。

 対して、色欲の魔術師は首を傾げて呟く。

「僕を知っていて、そのふざけた笑い方と喋り方……。もしかして……でも、魔力が」

「フハハハ。お主の想像通りじゃ。我は、魔王。転生して今は違う魔力が流れておる」

「なるほど、転生か。じゃあ、魔王様だったって証明できることは?」

「そうじゃな例えば、その赤紫と黒の魔力で編んだローブ、我がやった色欲の根源魔装で作ったんじゃろう。よくできておるぞ」

「へー。色欲の根源魔装のことを知っているとはね」

 色欲の魔術師は、おもむろに胸に手をあて、引き抜くような動作をする。

 すると、色欲の魔術師の手に、赤紫と黒のマーブル模様の軍旗ぐんきが出現した。

「コレ、すごく便利でいろいろと助かっているよ」

「それは何よりじゃ。じゃが、その色欲の根源魔装、悪いが返してもらえるかのう?」

 色欲の魔術師は笑みを浮かべながら首を振る。

「なにも、タダとは言わん。お主たちの願いを叶える。それでどうじゃ」

「僕たちの願いを叶える……ですか」

 クスクスと小さな笑いを上げる色欲の魔術師。つられるようにフハハハと笑うレプレ。

「面白いじゃろう? 7つの根源魔装を持った魔王の我ですら叶えられなかったことを叶えてやると言っているのじゃ」

「そこまで知っているとは、あなたは、本当に魔王様が転生した者のようだ。でっ、どうやって僕の願いを叶えてくれるんですか?」

「我が、願いを叶えるのではない」と言って、アイトを指差すレプレ。「叶えるのは、そこの男、アイトじゃ」

「えっ、ぼ、僕が、ですか⁉」

「へーこの子が……」と、色欲の魔術師が言った直後、アイトの眼前に赤紫と黒のマーブル模様のローブが揺れる。

「うぁ!」

 驚き、腰を抜かすアイト。色欲の魔術師は、アイトの顔を覗き込むように距離を詰める。

 アイトの全身に鳥肌が立つ。

 覗き込んでくるフードを被った色欲の魔術師の顔が、吸い込まれるような漆黒になっていたからだ。さしずめ、“のっぺらぼう”ならぬ、“まっくらぼう”。

「邪魔だな、この魔装」と、色欲の魔術師がアイトの顔に手をかざす。

 パキパキパキパキパキパキ……

 軽快な音と共にピュラの顔全体にヒビが入る。そして、ボロボロと砕け落ち、目を丸くしたアイトの顔が現れた。

「なるほど。君は、とても一途いちずだね。その瞳には、一人の可憐な女性しかいない。けれど君は、自分の気持ちに素直になれてないようだ」

 ドキ、とアイトの胸の内が跳ね上がり、脳裏に母の姿が浮かんだ。

「大概、君のようなのは、真面目で紳士に振る舞おうとしてリビドーを隠す。むっつりスケベだ」

 羞恥な指摘にアイトの顔が耳の先まで真っ赤になる。

「むっつりスケベ……いや変態でしょ……」と、細目で軽蔑の視線を向けるティス。

「色欲の根源魔装の為とはいえ、その、すいませんでした‼」

 アイトはティスに向かって、頭を床に何度も叩きつけ土下座した。

「その謝罪は、自身への体罰だね。そうやって君は性欲をやましい罰せられる罪と考えている」と、色欲の魔術師は顎に手を当てて言う。「一途に思っている相手に素直になれないのは、恋慕れんぼ情欲じょうよくやましく思い、その思いを曲解きょっかいし押さえつけているからだ」

「……っ!」

 アイトは喉を詰まらせた。

 原因は、隠し封じた思いを容赦なく断言され、湧きあがった、異様な羞恥心と自身に対する嫌気からだった。

 じっと、顔を伏せた状態のアイトに、「ごめん、少し言い過ぎたよ」と、言って色欲の魔術師はアイトの肩に手を置く。

「僕はね、君やそこにいる彼女のように、性欲に素直になれない、満たせない、生きづらい人々を救済する計画を進めている。だから、悪いけど君たちに根源魔装を渡すわけにはいかない」と言ってレプレの方を向く色欲の魔術師。「この計画が成就じょうじゅしたあかつきには、僕たちの願いは叶う。だからもう、あなたの手は借りない」

「フハハハ。変わったのう、色欲の魔術師よ」と、不敵な笑みを浮かべて言うレプレ。

「ええ」と、肯定する色欲の魔術師。

「では、交渉決裂じゃな!」

 レプレの言葉を合図に、

 ドゴン!と、アイトの背後の砂岩の壁が突き破られ、隣の部屋からジョンとゼナが飛び出す。

「行くよ、ジョン!」

「ああ!」

 色欲の魔術師に、籠手の魔装を装備した右拳を素早く振るうゼナ。その後ろで、黄色と黒の縞模様しまもようの手袋をしたジョンが、色欲の魔術師の方に両手を伸ばす。

 咄嗟に、左にローブを揺らし拳から逃げる色欲の魔術師。

 しかし、その身体は左には動かず、硬直した。

 気づけば色欲の魔術師は、生糸のような黄色の糸で、全身を縛られ拘束されていた。

「へぇ― あっという間に、魔力の糸で縛るなんて、凄いね」と、感心したように言う色欲の魔術師。「でも、SMプレイは好きじゃない」

 色欲の魔術師が、持っていた軍旗である色欲の根源魔装の旗が、バタバタとはためく。そして旗は、大きく長くなり、ぐるりと、色欲の魔術師を覆い隠すように巻き付いた。

 ゼナの拳が、勢いよく旗が巻き付いた色欲の魔術師を殴り飛ばそうとする。

 しかし、拳は弾かれ、ドンと、痛々しい音を出して尻もちをつくゼナ。

「ゼナさん!」

 アイトが焦った表情で、ゼナの元に駆け寄ると、突然、ゼナがアイトに抱きつく。

「えへへへ~心配してくれてありがとう~これくらい~全然平気なんだから~えへへへ」

「ちょっ!ゼナさんなんか変じゃないですか⁉」

「変じゃないよ~えへへへ~あっ、でもなんだか~熱くなってきたかも~」

 ゼナは、白のフード付きコートを脱ぎすて、ワイシャツの裾を掴みたくし上げた。

「ゼナさん!しっかりしてください!」と、アイトが慌てて、ゼナの手を抑える。

 しかし、ゼナの怪力を止めることが出来ず、汗で湿った浅黒いムッチリとしたお腹が露わになる。

「ちぃ……。これが色欲の根源魔装の能力か。体が、熱くなってふらつく」

 と、苦悶の表情で言うジョン。その姿は、額に手を当て片膝立ちで全身から汗を流す、筋肉質の裸体。

「ジョンさんまで!?」

「僕に縛りプレイをするなんて、100年早いんだよ。強欲の根源魔術使いくん」

 余裕の笑みを浮かべる色欲の魔術師。その身体に、黄色い糸は一本も付いてはいない。

「フハハハ。やはりジョンとゼナでは、お主にかなわぬか」と、不敵な笑みを浮かべてレプレが言う。「で、次はどうする色欲の魔術師よ?」

「可笑しなことを、転生してもウーラニアーの眼は使えるんでしょ?じゃなきゃ、僕がこの場に来るよう、舞台を整えられるはずがない」

「確かに、ウーラニアーの眼でここまでのことは予知しておった。じゃが、この先は不調で見えなくなってのう。じゃから、面白いアドリブ期待しとるぞ」と、色欲の魔術師を指差すレプレ。「特に、色欲の根源魔装を無条件でアイトにくれてやるとかな!」

 それを聞いて、クスクスと笑い出す色欲の魔術師。

「相変わらず、あなたは都合のいい期待をするんですね。でも僕は、計画を進めるだけですよ」

 状況について行けず呆然と立ち尽くすティス。その前に色欲の魔術師が近づき手を指しだす。

「ここに来た本来の目的は、君の願いを叶えるためだったんだ。僕の国、ヘードネーにおいで君が愛しく思っている人に合わせてあげよう」

「本物のピュラに会えるの……?」

 ティスの手が、ゆっくり色欲の魔術師の手に向かう。

「ああ。君の願いは叶う。ここにいた人々のようにね」

 ティスの手が止まり、怪訝な表情になる。

「えっ……ここにいた人って、もしかして……」

 ヴオォォォー‼

 轟音がアステーリの全体に響く。

「警報!?」と、言って手を引っ込めるティス。

「フハハハ。これはまたとんだ、アドリブじゃな」と、楽しそうに言うレプレに色欲の魔術師はあきれ声で言う。

「あなたといると、厄介ごとに事欠かない。巻き込まれる前に、僕は国に帰りますね」

「待ちなさいよ!あんたが、ピュラをさらったんでしょ‼私を連れて行きなさいよ‼」と、ティスが色欲の魔術師に手を伸ばす。

「ごめん、急いでいるんだ」

 赤紫と黒のマーブル模様のローブが、ひらりとティスの手から遠ざかっていく。

「ターニクセィ モウ コーラ フィーリン  モウ エピストロフィ」

 詠唱が唱えられると、赤紫と黒のマーブル模様のローブが、虚空に吸い込まれ、その場から消失した。

 ドドドドドド‼と、立っていられないほどの激しい地鳴りがアステーリ全体を襲う。

「うぁぁぁぁぁ!」「きゃぁぁぁぁ!」と、アイトとティスの驚嘆と悲鳴が部屋中に響く。

「ウソ、この魔力!?」と、脱衣する手を止めたゼナが、目を大きく開けて叫ぶ。

 続いて、全裸のジョンが立ち上がり叫んだ。

「アイツらが来たのか⁉」


 城郭都市アステーリを含め周辺の砂漠が激しく震えた。

 そして、城壁都市アステーリの北から南にかけて一直線に、地中から城壁の倍ほどの巨大な赤い魔力の衝撃波が噴き出す。

 夜の暗やみの中にあった城郭都市アステーリ全体は、目を背けたくなる強烈な赤光しゃっこうを浴び、破壊されていく。

 衝撃波によって城壁、民家、バザールなどが、粉々に吹き飛ばされ、都市の中心に建つ神ヘカテイアの巨像が、左右に真っ二つに割れる。

 程なくして、バキン!バラバラバラバラと、勢いよく魔力の結界が崩壊し、半透明のガラス片のようなものが都市中に降りそそいだ。


 レプレの右眼が光る。

「ジョン‼盾を皆の前に出すのじゃ‼」

 歓楽街通りに巨大な影が迫る。数秒後、神ヘカテイアの砂岩の巨像の左半身が歓楽街通りを潰した。


「まさかここまで、大掛かりな土竜攻めをやられるとは……。流石、“憤怒の根源魔術”。最強と評されることはありますね……」と、城壁の上に立つナベリウスが、口角を上げ呟く。

 そんな、楽しげな口元とは対照的に、眼光は鋭く、都市から噴き上がる赤い衝撃波を睨む。

 その煌々こうこうとした赤光しゃっこうの中に二つの人影が浮かび上がった。

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