1章(9)『砂岩の星』
カンカンー、カンカンー
城郭都市アステーリの外壁の内に建つ、砂岩のプラットホームに魔石列車の到着をしらせる鐘が響き渡る。
「怪我人はこっちだ!」「魔石の積み込み急げ!」「真夜中になる前に結界の魔石補充を完了させるぞ!」
と、騒がしい人々の声が停車した魔石列車を取り囲んだ。
客車から降り立つアイトの口から「うわ…」と、小さな驚きがもれた。
それは、乗り場に集まった多種多様な肌の色、髪色、そして、獣の耳に尻尾、横に長い耳や角のある人々に向けられたものだった。
アイトは、ハロウィンのコスプレイベントのような景色にキョロキョロと辺りを見渡す。
するとあることに気づく。
人々の
これが、魔術世界のファッションなのかと思い、ふと視線を他に向ける。
すると黒のボーダー柄が入ったオレンジのつなぎ服の集団が西洋甲冑の兵士の指示に従って魔石を運んでいく。
それを不思議そうに眺めていると、
「俗世界には、それがしのような亜人はいないと聞きます。さぞ、
「私も昔は、見たことない亜人の人に驚いたよ」と明るい声で言うゼナ。「アステーリはね、北部でしか取れない
「そうなんですか。特産物って、どんなものがあるんですか?」
「魔石とか、鉱石とか」と言っていく中でゼナの口元が緩んでいく。「牛乳、牛肉、ジンギスカン、鮭、いくら、ハスカップとか」
後半、ほとんど北海道の食べ物だとアイトが思った時、
グルルルルルルル……。
ゼナのお
「ごめん……。食べ物のこと考えたらつい……」と、肩を落とし脱力したゼナが言う。
「これは
その後、ナベリウスの案内でアイトとゼナは砂岩の内壁門の前へとたどり着く。
門の左右には、2メートルほどの縦長で平たい砂岩の碑石が建てられていた。
碑石に数人が列をなし、碑石に手をかざして門へと入って行く。
この碑石は、魔術の結界で守られた都市内に入るための
すると数秒、かざした手を引っ張る感覚とともに魔力がほんの
「魔力確認、登録を完了しました。入都を許可します。ようこそ砂岩の星、城郭都市アステーリへ」
門をくぐるアイト。眼前には、ほの暗い青の
バザールの両サイドには、大勢の人がごった返していた。その原因は、大通りのど真ん中を占拠する巨大な水色と黒のマーブル模様のフタポーディの一本足と、それを取り囲む白のコック帽に白のコックコートを身につけた料理人たちと半球の穴の開いた鉄板がずらっとバザールの端から端まで並べられているからだった。
「厄災の王子様の到着―!厄災の王子様の到着―‼」
唐突にナベリウスが大声でバザールの人々に告げ知らせる。
大勢の人々の注目が、一気にバザールの前に立つアイトたちの方に向く。
ゾワ!と、アイトの全身に鳥肌が立ち、ピリリとした痺れが手足に走った。
視線を向ける人々の姿が、悪夢と呼んだ夢魔術の一場面の厄災の王子を処刑する人々を想起させたからだった。
無意識に一歩、
バン! バン! バン!バン! バン!
と、断続した破裂音が鳴り響いた。
「っ⁉」
瞬時に身構えるアイト。が、それは杞憂に終わった。
バチバチバチバチバチと、アステーリの夜空に数発の色とりどりの花火が咲く。
後に続いて、華やかで明るいファンファーレが鳴り響いた。
人々の歓声の声が湧きあがる。
「な、なんですかこれ……」
と、眼を丸くし呆然と言うアイトに、ナベリウスが笑いながら答える。
「皆、厄災の王子であるアイト様の帰還を祝っているのですよ」
「……祝っている?」驚いた顔をするアイト。「嫌ってはいないんですか?魔王を復活させる厄災の王子のことを?」
「あはは……。それはヒュアキントスの人くらいだから」と苦笑しながら言うゼナ。「むしろ、魔術世界の大半の人はアイトくんが魔王を復活させてくれるのを、首を長くして待っているくらいなんだよ」
「僕が魔王復活させるのを待っているって?」
「どうやら、アイト様には魔王のことを知ってもらったほうが良いようですな」
そう言ってナベリウスは、バザールを歩きながら語るように歌い始めた。
遥か昔~ 望のままに 猛威を振るう~ 七体の魔物たち~ 魔術世界に終焉が迫る~
ナベリウスの歌に相槌を入れるように、周囲の人々も歌う。
吹き荒れる嵐! 奪われる財宝! 何もかも食い尽くされ! 奴隷になる!
子はできず! 物は破壊され! もう何もかもやる気が起きない!
絶望の暗雲に 染まる世界!
歌に合わせて、巨大なタコ足に包丁で切りかかる料理人たち。
あっという間にタコ足は、7体の魔物に苦しむ人々の様を表現したフードアートに変わった。
ナベリウスが人々と合唱する。
半分の人々が息絶え 半分の人々が嘆き苦しむ
そのとき 暗雲に 一筋の光が
神託だ!神託だ!
我らを救う王 魔術世界を守護する王
魔物を封印し 害なす者を討ち果たし
そして訪れる
崇め 称えよ 魔術世界の王!
魔王————!
ワ―‼と一斉に湧き上がる大歓声。それと共にジュァァ!と熱せられた半球の穴がある鉄板にクリーム色の生地が流し込まれる。続いてフードアートとなったタコ足が一口だいにカットされていき、鉄板の中にポチャポチャと落ちていく。
ザッ、サッ、サッ、サッと料理人たちが
そのパフォーマンスに驚きあんぐりと口を開けるアイト。
「どうでしょう、魔王のことを少しは分かっていただけましたかな?」
「そ、そうですね……。魔王は人々にとって、魔物を封印し世界を救った救世主ってことは、よくわかりました」と答えたアイトは、気になった歌詞の考察をした。「“害なす者はと討ち果たされ”の害なす者って……。もしかして……魔王と戦ったヒュアキントスの人たちのことですか?」
「その通りです」と頷くナベリウス。「ヒュアキントス王国は、魔王に魔術世界を害なす者とみなされ命を狙われ、身内を殺された魔術師たちが集まってできた国なのです」
ヒュアキントス王国が、言ってしまえばアウトロー集団の国だと知り驚くアイト。すると、背後から声を掛けられる。
「厄災の王子様、ナベリウス様、少し道を空けて下さい」
振り向くと、見上げるほどの巨大なたこ焼きを三人の料理人が大皿に乗せて運んでいた。
「ゼナ嬢ちゃん、お待ちどう!」「ほかに食いたいタコ料理があったらいいな、作ってやるから」「遠慮なくどんどん食べてお腹一杯になってね」
「ありがとう!皆!」と、嬉しそうに巨大なたこ焼きの大皿を軽々と受け取るゼナ。
「あっ!ゼナおばちゃんズルい! ルクスもあれたべたい!おねがいジョン~」
その声は、ゼナの向かいのテラス席からだった。
「おいおい……。まだたこ飯、たこ唐揚げ、たこ焼き食べている途中だろう」
「おねがいおねがいおねがいおねがいおねがい!」
ぐずりだすルクスにジョンはあきれ顔で
「ああ、もう分かった、分かった。それじゃゼナと一緒に食べような」と、手を振りゼナを呼ぶ。
それを見てゼナは、それじゃ、ジョンたちのところで食べてくるねと頭に巨大なたこ焼きが乗った皿を乗せてジョンたちの方に行く。
「我らも、たこ焼きをいただくとしますか」
そう言ってナベリウスは、料理人から赤黒いソースと薄緑の青のり、湯気とともに踊るかつお
「僕のいた世界、えっと、俗世界でしたっけ、そこのたこ焼きと見た目が同じなんですね」
「当然ですな。なんせ、魔術世界にたこ焼きの作り方を伝えたのは、俗世界から迷い込んだ者なのですからな。他にも俗世界の料理や技術、文化が魔術世界には広まっているのですぞ」
「そんなに多く広まっているなら、迷い込んだ人が今も魔術世界に住んでいたりするんですか?」
首を振るナベリウス。
「大概、迷い込んだ者は、5日もしないうちに元の世界に戻ります。しかも、現れるのは半世紀に一度か二度。稀な存在なのです」と言って、ナベリウスは、アイトにたこ焼きの皿を渡す。「できたばかりなので、少しようじを刺してたこ焼きを冷ましてから召し上がってください。あと、マヨネーズなど必要でしたら申してください」
「何から何まで、ありがとうございます。いただきます」
たこ焼きをほおばるアイト。
カリッと焼きあがった
それだけなら、俗世界のたこ焼きと同じだが、噛めば噛むほど出るムチムチした魔獣のタコ足の旨味が、口の中で他の旨味と混ざることで、俗世界のものとは別格のたこ焼きになっていた。
「こんなおいしいたこ焼き、初めて食べました!」
「それはなにより。他にもカレー味にハニーチーズ味、チョコレート味もありますぞ」
その後アイトとナベリウスは、色々なたこ焼きを食べ歩き、長いバザールを抜け、円形の噴水とその中心に立つ15メートルほどの大きさの砂岩でできた女型の巨像を前にする。
「これは、魔術で作られた砂岩の神ヘカテイアの像でしてね」
そう言ってナベリウスは短く唱えた。
「アルヒ」
するとヘカテイアの巨像はゆっくりと動き始め、アイトとナベリウスの前に砂岩の巨大な手のひらを差し出す。
ナベリウスは、ぴょんと巨像の手のひらに飛び乗る。後を追って、アイトも身体強化魔術を使い飛び乗った。
巨像は、二人を乗せた手を夜空に向け突き出した。
「ワー……」と感嘆の声を上げるアイト。「まさに、砂漠の星ですね……」
高所から眺める、アステーリの夜景。
九角の星型の城壁に囲まれた都市に灯る明かりと、外壁の頂点に建つ9つの円錐形屋根のガゼボから漏れ出た白い光。それらが、暗闇に染まった砂漠に唯一輝く巨星を構成していた。
「実は、アステーリの周囲の砂漠はクリミナル殿が魔王だったレプレ様を倒した時にできたものなのです」
「父さんが、この砂漠を!?」
「はい。この地は元々、巨木の生い茂る大森林で、魔王軍とヒュアキントス王国の戦いは森の至る所で散発したのです」と言って、ナベリウスは輝かせた目で砂漠を見つめる。「それがしも魔王軍の幹部として部下たちと血沸き肉躍る戦いに身を投じました」
「えっ⁉ 本当に、魔王軍幹部だったんですか?」
「嘘ではないですぞ。レプレ様にスカウトされましてね」と言って、話を大森林での戦いに戻すナベリウス。「アレは一瞬のことでした。大森林の木々が一斉に魔力の光を放ち輝くと、途端に砂になりその場にあった全てのものを呑みこみ、多くの部下が砂の中に沈みました。その中には、アイト様が墓所で倒した彼も」
「えっ…… それじゃあ、僕は戦争で死んだ人と戦っていたと?」
頭を傾げるアイトに、頷くナベリウス。
「それがし、死体をアンデッドと呼ばれる使い魔にする
「偽魂魔術……。なんだか、
「俗世界の呼称に当てはめるとそうなるようですな」
ナベリウスは軽く息を吐いた。その息は白く、渦を巻いてまとまると
「アイト様は、墓所で倒した彼の体が塵になった時、このような光る球が上へ昇っていくのを見ましたかな?」
ナベリウスの問にアイトは肯いた。その時、浮遊した球体は夜空の星々のもとに加わるかのように上へ上へと昇っていく。
「それは何より。あの光る球体は
「あのう、ナベリウスさん……」と、静かに問いかけるアイト。「初めて会ったとき、僕がナベリウスさんの部下を倒したことを感謝していると言っていましたけど、それっていったいどういう意味なんですか?」
ナベリウスは明るい表情そのまま、アイトの顔を見て答える。
「砂に埋もれ、不本意な肉体の死を迎えた彼の
事情を知ったアイトは、ナベリウスの部下が望んだ最期が、戦記物語の荒くれ者のヴァイキングや武士のもののようだと感じると共に、理解しがたい望みだと漠然と思う。
俗世界では、多少の国同士の争いは起きていたが、住んでいた国で争いを経験したことはなかった。
アイトは痛感した。
虚構魔術で記憶を上書きされ、争いから
そして、ふと思う。
争いのある世界で戦士として生きていたのなら、自分もそのような望みを抱くのかもしれないと。
アイトは、眉間にしわを寄せた難しい顔で、アステーリの都市をじっと見つめ思い耽った。
豆粒ほどの多種多様な人々それぞれが、異なった価値観を持っているのだろう。
俗世界とは違った、魔術世界の価値観を……。
ボーとしたアイトの視線を遮るように黒い籠手が、わずかな光しか灯っていない
「アイト様。あの暗い通りが見えますかな?」
肯くアイト。
「それでは、この場に来た本題を」と前置きし、真剣な面持ちになるナベリウス。「レプレ様からの
「ひと肌……脱ぐ?」
眉間のしわを増やしたアイトに、ナベリウスは語気を強めて言う。
「はい。 言葉通り、ひと肌脱いでもらいますぞ!」
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