1章(6)『続・砂漠のタコ』

 ジョンの動く家ラミアのバルコニーから、大烏おおがらすに変身したルクスが晴天の空に飛び出した。

 そのルクスの背には、ぶかぶかの服をバタバタと風になびかせる少年、アイトの姿が。

「いってきます~ラミア~」と、ルクスが黒いくちばしを半開きにして言う。

 すると、グウルル~!と、重低音の大きな音が鳴り響き、アイトの肩がビクリと上がった。

 アイトが、後ろを確認するとそこには、15メートルほどの銀色の金属でできたフタコブラクダが口を開けて鳴いていた。

 しかも2つのコブの間には、先ほどアイトたちが居たバルコニーのある小屋を背負っている。

「あれがラミア!? さっきまで、あれに乗っていたのか⁉」

「そうだよ! ラミアはルドラおじちゃんがつくったメカまじゅうなの」

「ルドラさんって、えっと確か…僕の義兄の人だっけ…」

「そうそう、ルドラおじちゃんはラミアとか、いろんなまじゅうをがったいさせたキメラまじゅうをつくったり、へんなあじがするげんきになるジュースとかつくる、すごいマッドサイエンティストなの」

 アイトの脳内に、暗い部屋の中で赤く汚れた白衣を着た少年が、ビーカーに入った液体を飲み干して、ケラケラと不気味な笑い声を上げながら、魔獣の体を切り刻みつなぎ合わせて、魑魅魍魎ちみもうりょうとした魔獣を作っている光景が浮かんだ。

「うっ…。それは…確かに、マッドサイエンティスト……」

 アイトは、まだあったことのない義兄ルドラに若干の恐れを抱く。

「アイトおじちゃん、ちかづいてきたよ!」

 ルクスの真下に黒煙を出しながら燃え上がる魔石列車の残骸が無数に現れ始めた。

「ルクスちゃん、ここまででいいよ」

 と、アイトがルクスの背に立ち上がる。

「したにおろさなくてだいじょうぶ?」

「ああ、レプレさんに教わった魔術を試してみたいから」

 そう言ってアイトは、ルクスの背から真っ逆さまに砂漠に落ちながら叫んだ。

「ホプリゾーン!」



「おーいアイトこっちじゃ、こっち!」

 砂漠の中の魔石列車の残骸のガラス窓から服を着た黒ウサギ、レプレが大声を出す。

 その声の元に、ハア、ハア、ハア、ハアと酷く息を荒げ汗をダラダラと流すアイトが駆けつける。そんなアイトを見たレプレは、フハハハハと笑いながら

「身体強化魔術ではしゃぎ過ぎじゃ。肉体は強化できても体力がすぐに尽き動けなくなるぞ」

「そ、そうなんですね…。確かに、少し走っただけで…すぐに、息が切ますね……。……でも」

 アイトは、一拍置いて息を整え宣言した。

「今……僕が、出来ることをしたいんです」

 アイトは周囲を見渡し、魔石列車の残骸の影に隠れて倒れているローブを着た老爺ろうやを見つける。

「あの人ですか?」

 とアイトは、レプレに問いながら、老爺の元に走り寄った。

「そうじゃ。軽傷じゃが、老体だからのう。念のため治癒魔術を使うと良いぞ」

 レプレにそう言われたアイトはすぐさま老爺に手をかざし「セラピア」と唱えた。

 アイトの手がやんわりと光る。それに照らされた老爺の顔や手に付いた傷がたちまちに癒えていく。

「ああ…。ち、治癒魔術か…ありがとう……」と、しわがれた声で言う老爺。

「お爺さん、あまり無理しないでください。今、安全なところに運びますから、僕の背に」

 アイトは、老爺を背負うとホプリゾーンと唱える。

 アイトの体内の臓器にある魔力が全身を駆け巡り全身がほんのりと魔力の光を帯びた。そして一歩、アイトは砂の地表に深い足跡を作る。

 アイトの重心がドッと前方に移動し、体が風を切って浮く。次の足が砂の地表を踏んだ時、一歩目の足跡はアイトの遥か後方にあった。

 跳躍しながらぐんぐんと走るアイト。その前に、バサバサと大きな羽音を立てて大烏が飛び降りてくる。

「ルクスちゃん、あとはお願い」とアイトが言う。

「まかせて、アイトおじちゃん!」

 老爺をルクスの背に乗せたアイトは休むことなく半時、レプレの誘導で負傷者を治療、救助を繰り返した。

「フハハハハ。良く働いたアイト! つぎが最後じゃ!今まで一番、フタポーディに近い位置にいる、今まで以上に攻撃のとばっちりに気を付けるのじゃぞ」

 と、砂漠に落ちる手のひらほどのガラス破片の中にいるレプレに言われたアイトは、額から流れる汗をぼたぼたと砂漠に落としながら前へと走りだす。

 足を進めるごとにドン!ズシン!と、フタ―ポディとジョンとゼナの激しい攻防が生み出す振動がアイトの身体を振るわせた。

 そんな中、アイトの頭上に無数の火球が上空からボゴーゴゴゴゴ!と轟音を鳴らしながら落下してくる。

「チッ、これがとばっちりか……!」

 アイトは、迫りくる炎を睨むとすぐさま思いっきり砂を踏みしめ飛んだ。跳躍によって服がバサバサと激しく揺れ動き、全身で熱い空気を切る。

 アイトの背後で火球が砂の上に落ちていく。

 同時にアイトは、かかとから勢いよく砂の大地に滑り込み尻もちをついたような体制で着地する。

「ふう…。なんとか、避けられたか……」

 アイトは、後方でゆらゆらと燃える炎を眺めながら膝に手を当て「よいしょ」と、少し体をふらつかせながら立ち上がり

「早く最後の人を助けないと……」と、アイトは言いつつ正面を向く。

 すると、アイトの視界にオレンジ色の眩い光が飛び込み、ボゴゴゴゴ!と言う激しい音が次第に音量を上げて聞こえてきた。

「嘘だろ⁉」と、アイトは眼を大きく見開いて絶句した。

 アイトの眼前には、魔石列車の残骸が散らばる砂漠一面を焼く炎の大波が迫り、瞬く間にアイトの姿は炎の大波に飲み込まれるのだった。


 砂漠に座り込むフードで顔を隠したローブの少女。その目の前には、ジョンと呼ばれるプラチナブロンドのオールバックの少年とゼナと呼ばれる浅黒い肌の少女が、魔術で炎を出す巨大な11本の水色と黒のマーブル模様の吸盤のある触手と激しい攻防を繰り広げていた。

「ゼナ、下から触手3本!魔石に行ったぞ!」と、ジョンが大きな声で、上空の魔力の足場に立つゼナに言う。

「もー!これ以上のつまみ食いは許さないんだから!」

 ゼナは、真下の砂漠に散らばる3メートルほどの大きさの無色透明のクリスタルのような魔石に向かう3本の触手に対し、身につけた籠手こて鉄靴てっかから繰り出す拳と蹴りで、触手を魔石から遠ざけるように吹き飛ばす。

 ゼナの攻撃に、他の複数の触手が先端から同時に魔術で火炎放射を出して応戦。

 しかし、触手の火炎放射はゼナに当たることはなく空に浮かぶ10枚の銀色の大盾によって防がれ、分散し無数の火球となって周囲に飛散、角度によっては遠く飛翔して弧を描くようにして落下した火球もあった。

 10枚の銀色の大盾には黄色の魔力の糸が伸び、それはジョンがはめた黄色と黒の縞模様しまもようの手袋の指先に繋がっていた。

 ジョンは、少女から離れたところで手をせわしなく動かし、魔力の糸で繋がった10枚の銀色の大盾一枚一枚をマリオネットのように巧みに操って触手の魔術による炎の攻撃を防いだ。

 ゼナとジョンの攻撃と防御の連携の取れた動きに圧倒され始める触手。

 触手は負けじと、11本のある触手の内の5本の触手でジョンとゼナに攻撃し、その間に他の6本の触手を同時に上から下になびかせ魔術で炎の大波を生み出す。

 炎の大波は、魔石列車の残骸が散らばる砂漠一面を焼きつくすほどの大きさで、真っ先にゼナとジョンを呑み込もうとした。

 しかし、ゼナは脱兎の如くジョンのそばに行き、ジョンが数枚の大盾を上下左右に並べることでできた巨大な盾に身を隠し炎の大波を退けた。少女もジョンが操作する大盾のおかげで炎の大波から難を逃れる。

 触手は、ゼナとジョンの動きを封じるように炎の大波を何度も断続的に繰り出す。

 いつ終わるかわからないその灼熱の攻撃に、大盾の影に隠れていた少女は耐え兼ね、真赤になった頬を熱い砂漠に押し付けて、ぐったりと倒れ込む。


 倒れ込む少女の肩を軽く2回、手が叩いた。

「はぁ…はぁ…はぁ……。だ、大丈夫ですか…?」と、少女に手の主が疲れのある声で質問する。

 少女が虚ろな視線で、手の主を見上げる。

 そこには、焦げと赤いシミの付いた大き目のTシャツを身につけ、酷いクマのある疲れた顔でいびつな笑みを浮かべるアイトがいた。

 少女は、目を丸くして息を吹き返したように叫んだ。

「きゃぁぁぁぁぁぁ‼ア、ア、アンデッド‼」

 と、少女は絶叫を上げながら、這いつくばりながらアイトから逃げるように大盾の外に飛び出した。

「えっ、アンデッド!? って、ちょっと待ってください! そっちは、危ない!」

 炎の大波が少女の真横に突っ込んでくる。

「ジョン‼盾‼」と、ゼナが大盾から飛び出した少女を見て叫んだ。

 正面の炎の大波を防ぐことに集中していたジョンが少女の異変に気付き慌て指を動かすが、少女の近くの大盾はピクリとも動かない。

「マジかよ⁉魔力の糸が焼かれたのか⁉」

「だったら‼」と、ゼナがジョンのフードを掴んで力強く砂を蹴とばして走りだす。

「ぐわぁああああああああああ‼」と、うめき声を上げながらジョンは必死で手を炎の大波の前にかざして巨大な盾を構え続けた。

 ジョンを引っ張りながら必死に走るゼナ。

 しかし、ゼナが少女の元に間に合うことはなく炎の大波はドボゴゴゴゴ‼と大きな音を立て、少女を呑み込む。

 大きな火柱が少女のいた場所から上がる。

 ゼナは、眉を大きく歪ませて呟いた。

「何にあれ…… あそこだけ炎の魔力の流れが…… もしかして…魔力干渉!?」

「分散しろ、分散しろ、分散しろ、分散しろ……」と、少女の前に立つアイトが正面からぶつかって来る炎の大波に両手をかざしてぶつぶつと念じるように呟く。

 炎の大波は、アイトの前で高く舞い上がると左右に分散していった。

 数十秒後、炎の大波をやり過ごしたアイトは、がっくりと膝を砂上に落とし肩を上下に動かしながら荒い息を砂漠に向かって吐き出した。

 疲れ切ったアイトの背を見て少女は眉を歪める。

「アンデッドが、助けてくれ—?」

「ちょちょちょちょちょ!ちょっと‼」

 少女の疑問符のある言葉を遮るようにゼナが大声を出してすっ飛んできた。ゼナは、引っ張ってきた青ざめた顔のジョンをその場で解放してアイトの両肩をもってぶんぶんとアイトの身体を揺する。

「何やってんのアイトくん‼ 私、ラミアで留守番しててって言ったよね‼聞いてなかったの⁉忘れちゃったの⁉こんなところにいたらフタ―ポディに丸焼きにされて食べられちゃうかもしれないんだよ⁉」

「ご、ご、ごめ、ごめんな、さい……」と、揺さぶられながらアイトは謝罪を口にしてか譫言うわごとのように続けて

「で、でも…見ているだけじゃ……。これは僕が、厄災の王子だから……お、起こったことだから、だから僕は……僕のできること、を……」

 アイトの理由を聞いたゼナは手を止めて

「アイトくん、そんな責任を感じて!?」

 そう言って、アイトを思いっきり抱きしめる。

「もーう!そんなこと考えて無茶して、こういうことは、お姉ちゃんたちに任せればいいの!もうこんな無茶することはしないでね!約束だよ!」

 ミシミシ!とアイトの身体から悲鳴が上がる。

「ぐっは⁉ …は、は、はぁ…はぁ………!」と、アイトは振り絞った小声で約束の同意をゼナに伝えようとするが、強すぎる圧迫によって言葉がうまく出ない。

「フハハハハ。ゼナよ、その辺にしておけ、アイトのプシュケーが口から抜け出てしまうぞ!」

「えっ!レプレ様⁉ ってか、うあ、ごめん!アイトくん!やりすぎちゃった!」 

 と、ゼナは慌てて口を半開きにして白目をむくアイトから手を放す。

 若干げっそりした顔のジョンが手鏡を持ってゼナの方に歩いてくる。

 手鏡の中には、服を着た黒ウサギ、レプレが不敵な笑みを浮かべていた。

「二人とも、よくぞここまで持ちこたえた。アイトとルクスの働きで、この辺の生存者もうお主らしかおらん。ゼナ、もう手加減せんで、全力で根源魔術を使っても大丈夫じゃぞ」

「もしかして、レプレ様このためにアイトくんにこんな無茶を⁉」

 と、ゼナがレプレを睨む。

「なあに、これくらいアイトが乗り越える苦難に比べれば些細なことじゃ。伝えたのじゃろ、アイトに色欲の根源魔術を継承させること。嫉妬の根源魔術を暴走させたソフィアを救うために一緒にレヴィアタンと戦うことを。それが何を意味するのか、暴食の根源魔術を継承したゼナ、お主がわからないわけでは無かろう?」

「それは……」

 ゼナは橙色の目を細めてじっとボロボロで力なく座り込むアイトの方を見た。

「相変わらずレプレさんはスパルタですね」と、ジョンが苦笑いしながら言って「ゼナ、こんなのいつものことだろ、そう考え込むと無駄に腹が減るだけだぞ」

 ぐ~う

 気の抜けた音がし、ゼナの顔が赤くなる。

「も—う!変なこと言わないでよ、ジョン!」

 とゼナは、むすっとしたふくれっ面でジョンに言いうと、アイトに笑顔で言う。

「アイトくん、ありがとう。今晩はフタポーディのフルコースだから、楽しみにしていてね!」

 ゼナは、巨大な11本の触手をゆらゆらと動かすフタポーディに向かって歩いていく。

 ひとりでにゼナの頭に巻いた暴食の根源魔装である橙色のターバンが、吸い寄せられるようにゼナの右手の籠手に巻き付くとともに、ゼナのまとめられていた長い青みがかった黒い巻き毛がバサッと広がった。

 近づいてくるゼナに向かってフタ―ポディが、再び触手は周囲一面を焼き尽くすほどの炎の大波を繰り出す。

 ジョンは、小袋から親指と人差し指で作った円と同じくらいの球を取り出して頭上に投げた。

 球体は、空中ではじけ液体が放射線状に広がり薄い膜を作って地面に落ち、半円のドーム状になった。その薄い膜で出来たドームの中にアイト、ジョン、少女はすっぽりと包み込まれた。

「見たことのない防衛魔装……。こんなものであの炎を防ぎきれるの……?」

 そう、不安気味に少女が呟くと

「いいや、フタ―ポディの炎の魔術はゼナが全部防ぎきる」

 と、口角を上げたジョンが答えた。まさにその時、ゼナが眼前の炎の大波に対し橙色のターバンが巻き付いた右の拳を素早く叩きつける。

 すると周囲を埋め尽くす炎の大波が削り取られたように消え、橙色のターバンがほのかに発光する。

 それを見たアイトが口をあんぐりと開け、一旦、眼を擦って再び前を眺めて淡々と

「魔力が……消えた……」

「そうこれが、ゼナの暴食の根源魔装の能力、魔力吸収。だから全ての魔術は魔力を吸収されて効力を無くす。ただ、使うと周辺の魔力も吸収しちまうから、ゼナは他の人間とかがいるときは、使わないようにしているんだ。そんで、この膜はゼナの魔力吸収は遮断する効果がる。あっ、ちなみに膜に触るなよ。強度は無からすぐ破けるし、3分くらいで自壊する」

「たった…3分って、身近過ぎじゃ……」と、アイトが呟くとジョンが、ニヤリと口角を上げて言う。

「まっ、見てな。ゼナの本気を」


「獣人拳奥義!」

 覇気のあるゼナの声に反応して、11本の触手が即座にゼナを叩き潰そうと襲い掛かる。

 その瞬間、ドドドドドドドドド‼とゼナの拳が激しい弾幕の唸りを上げた。

 目にも留まらぬ速さで11本の触手に不自然なへこみが付けられていく。

「タオウー狂乱撃きょうらんげき!」

 そう言って、橙色のターバンが巻かれている拳を下ろしたゼナは、いびつなへこみだらけでぐったりと倒れ込む11本の触手の上に立っていた。

 そんなゼナを目の上のたんこぶならぬ、腕の上のたんこぶとばかりに、触手の付け根の近くにある横一文字の瞳孔をした二つの巨大なフタ―ポディの目玉がゼナを睨みつける。フタ―ポディのゼナを威嚇する視線が、その場に張り詰めた殺伐とした空気を生んだとき

 ぐぅぅぅぅぅ~!

 と、気の抜けたゼナの腹の音が殺伐とした空気を一瞬で消し飛ばした。

「はぁ~。根源魔術使うと、すごくお腹減るから嫌なんだよね~。…はぁ~」

 と、ゼナは元気のない顔付きでため息交じりに愚痴を吐くと、おもむろに自身の足元の触手に爪を立て触手の一部をえぐり取り、むしゃむしゃと食べ始めた。

「うー。砂が少しじゃりじゃりするけど、旨味があって、それにいい感じに身から魔力が抜けていて、魔力で胃もたれしにくいから食べやすい。たこ焼き以外にも、シンプルに焼いてもいいし、から揚げ、釜めし、それから~ フフフフ~」

 ゼナの顔が楽しそうにほころんだ。

 一方、フタ―ポディは巨体をガタガタと震わせ、右目の下部にある大きな筒状の器官から黒々とした液体を勢いよくゼナにめがけて吹き出した。

「うぁ、タコ墨‼」と、ゼナが驚いた隙にフタ―ポディは、大きな筒状の器官を砂漠に尽きた立て水を噴射し砂漠を流砂状に変えた。

 流砂状になった砂漠の上で、フタ―ポディは巨体を振動させると、どんどんその巨体を砂漠に沈み込ませ砂の中に逃走しようとする。

「タコ墨って、旨味が強くて美味しいけど、感覚麻痺の毒があるってナベリウス様が言ってたんだよね~。だから、もったいないけど!いただきます!」

 ゼナは、体の前で腕をぐるりと大きな円を描くように回す。

 すると、手に巻かれていた橙色のターバンが、ヒュルヒュルヒュルと素早く手から離れていき、ゼナが腕を回して描いた円にそって輪を作る。

 ゼナは、正面にできた不自然に宙に浮く輪になった橙色のターバンに勢いよく押すように左足を一歩前に踏み出し半身の姿勢から腰をねじり目一杯めいっぱい広げた右手を前に突きだし叫ぶ。

「獣人拳奥義!タオティエ狂食波きょしょくは!」

 輪になった橙色のターバンが、橙の光を輝かせる球体となってフタ―ポディが吹き出したタコ墨に向かって飛んでいき衝突。

 空中に広がったタコ墨は、一瞬にして橙の光る球体に吸い込まれ、タコ墨を吸い込んだ橙の光る球体は10倍ほど巨大化し直径10メートルほどの大きさになって、砂漠に体の半分を潜らせたフタ―ポディに突っ込む。


「ふう~。ごちそうさまでした」

 ゼナがそう言って、突きだした右手を握る動作をすると強力な磁石に引っ張られるように、橙のターバンが右手の中に納まる。

 ゼナの前には、胴体の半分ほどを消失し動きを止めたフタ―ポディの姿があった。

 パン、パン、パンと、こもった手拍子が鳴り「なかなか良い狂食波でしたよ、ゼナ」と、ゼナを賛辞する声がアイトたちとゼナの間を通る魔石列車の線路から聞こえた。

 アイトたちの視線が声のする方に集中し、そこには、魔石列車の線路上を歩いてアイトたちに近づいてくる、150センチほどの小柄な人物が。

 アイトの口から小さく驚きのある声が漏れた。

獣人じゅうじんだ……」

 小柄な人物には、灰色狼のような獣耳とフサフサした長い尻尾があった。

 一見、小柄で可愛らしい容姿ではあったが、よく見ると左の頬から目にかけて大きな傷後があり、身に付けた黒塗りの防具は、獣の皮や鱗、牙で作られ独特の威圧感と禍々まがまがしさを感じさせる。更に自身と同じ大きさの重量感のある大剣を軽々と担いでいる姿は、アイトにファンタジー作品に登場する魔王軍幹部を想起させた。

「あっ!ナベリウス様!お久しぶりです!」と、ゼナは小柄な人物に向かって手を振る。

「ナベリウス様……?」とアイトは、その名をどこかで聞いたような気がして、頭に手を当てて記憶を探る。

 ナベリウスは、アイトたちが入っている薄い膜のドームを指の黒爪でつつく。途端にドームは風船がはじけて破れるように散って跡形もなく消えた。

 ナベリウスは、真っすぐアイトの元に歩み寄ると深くおじぎをして

「お初にお目にかかります。ヒュアキントス王国、クリミナル王の嫡子アイト様。それがし、この砂漠一帯を統治しているナベリウスと申します。転移直後、墓所で部下が不貞を働いたことお許しください」

「転移直後…墓所の部下って……」

 アイトは、異世界転移直後に襲いかかってきた、ボロボロの西洋甲冑を身につけた折れた角のある大男のことを思い出す。

「あっ!そうか、ナベリウス様って、あの棍棒で襲ってきたヤツが最後に言ってた…!」

然様さようです。彼にアイト様が異世界転移される墓所の番人を任せていたのですが、アイト様がその場にあった剣を抜かれて敵と誤認したらしく」

「あの剣が……」と、アイトの表情が曇る。

 アイトは、自衛のために取った行動がとんだ裏目になっていたことに反省し、これからは“敵か判断できない相手の前で武器を持たない”と胸に刻むのだった。

 そんな曇り顔のアイトとは対照的にナベリウスは笑みを浮かべ、明るく声を弾ませ言う。

「いや~しかし!レプレ様からアイト様のピソン、ピュトンとの死闘、先ほどの負傷の救助のことを聞いていましたが、アイト様の勇猛さは私の想定外!実に素晴らしい!

 あの戦争から10年間あの墓所を守り続けた彼が最期にほこまじえた相手がアイト様のような有望ゆうぼう若人わこうどまことに感謝しております」

「えっ…?」と、部下を倒したアイトに礼をするナベリウスに、アイトの曇っていた顔つきが怪訝なものになったとき、

 ゴトゴトゴトゴトゴト!

 と、激しい音が焦げた砂漠に響き、黒い砂煙を巻き上げながら魔石列車がアイトたちのいる方に疾走してくる。

「ナベリウス様‼」と、魔石列車から西洋甲冑を着た兵士が呼びかける。

 兵士は、ナベリウス同様に獣の耳と尻尾を生やしていた。

「迎えが来たようですね。では、これより参りましょうか。某が統治する北部玄関の都市、城郭都市アステーリへ」

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