1章(5)『砂漠のタコ』 

 広大でどこまでも続く砂漠に、複数の黒煙と砂煙が上がり晴天を汚していた。

 その黒煙と砂煙から大勢の魔石列車の乗客が、列をなして逃げ走っている。

 乗客の後ろには、ゴウゴウと黒煙を出しながら炎上する魔石列車が5、6両。どれも線路から脱線し横転している。

 そんな魔石列車の1両に、数十名の乗客が取り残されているものがあった。

 その魔石列車の上には、帽子を被った車掌の中年男性が横転し上向きになった窓に腕を入れている。

「よし、いくぞ!」と、中年男性がフードで顔を隠したローブの少女を、魔石列車の窓から引き上げた。少女は、中年の男性に早口で礼を言って魔石列車から飛び降りる。

「ほら次‼」と、中年男性が言ったとき、唐突に周囲が暗くなった。

 咄嗟に顔を見上げる少女。視線の先には、日光を遮る白い吸盤の付いた赤黒い巨大な触手が、どんどん迫って来ていた。

 そして、瞬きの内に触手が魔石列車に振り下ろされ巻き付く。同時に中年男性の姿が消えた。触手の掴む圧力によって、ググググ…と鈍い音を鳴らしながら魔石列車が軽く潰される。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」「いや!助けて‼」「や、やめろぉぉぉ‼」「死にたくない‼」

 と、魔石列車の取り残された乗客の悲鳴と絶叫が絶え間なく聞こえてくる。

 触手は、掴んだ魔石列車を、ドン、ドン、ドン、とリズミカルな地鳴りを起こしながら振り上げては砂漠に打ち付けた。

 砂漠に打ち付けられた魔石列車の先は潰れていき、大量の砂が高く飛び上がる。

 それは、乗客の悲鳴と絶叫が無くなるまで続き、その頃にはヒビの入った車窓は赤黒い液体で汚れ、中の乗客の姿形を確認することは出来なくなっていた。

 地鳴りが止んだとき、少女は顔を砂の地表に当ててうずくまっていた。全身砂まみれで、手を耳にへばりつけるようにして、体を小刻みに震わしている。

 少女の口元から、震えた声が漏れる。

「イヤ、イヤ、イヤ……。ここまで来て…。まだ彼と会ってもいないのに………。私は…私は、私は!」

 それは、少女にとってある種の暗示となり、この絶体絶命の状況から奮い立ち逃げ出す行動を起こさせた。少女は、額に砂を付けながらゆっくりと顔を上げ、辺りの様子を確認する。

 その瞬間、強風と共に触手に掴まれていた魔石列車が少女の頭上を通過し、後ろからドシャン‼と、けたたましい音、そして遅れて小さな悲鳴が聞こえた。

 少女が振り向くと、魔石列車は先に逃げ走る乗客の群れに落下し、その周囲で悲鳴を上げながら右往左往する乗客たちがいた。

 再び強風が吹き視線を前に戻す少女。途端に、顔を焼かれるような熱風を放つ高さ7メートルほどの炎の柱が襲い掛かって来た。

 少女は、絶望で身動きできずただただ止めどなく汗と涙を流し、呟いた。

「ピュラ………」



「アキロシ、アミナ、アスピダ‼」

 と、低い男性の声と同時に、炎の柱と同じ大きさの巨大な黄色の魔力の盾が少女の前に出現した。

 炎の柱は魔力の盾に衝突し、ズドン‼と轟音と共に炎の柱は消えた。

 触手は、ゆらゆらと天に先端を向け、先端から水色の魔力の光を放ちだすと、一直線に地に振り降ろした。

 それは強風を生み、水色の魔力の光が、あの炎の柱を生成して、先ほど同様に魔力の盾に衝突。

 またしても轟音と共に炎の柱は消えたが、魔力の盾もバリバリバリと黄色い魔力の破片を散らしながら砕けて消える。

「おいおい、強化した上位魔装の盾を2発で砕くか。魔術を使う海魔獣はこれだから」

 と、再び低い男性の声が聞こえたかと思うと少女の前に、2メートルほどの杖に腰を掛けた少年が上空から降りてきた。

 少年は、右腕に魔装の盾を装備し、白のフード付きロングコートを着たプラチナブロンドの髪をオールバックにしていた。

 少年は、後ろの少女を見ることなく言葉をかける。

「お嬢さん。走って逃げられるならそうしろ、出来ないのならそこでじっとしていな。こいつは俺たちが倒すからな」

 と、少年が言ったすぐ後、

「獣人拳‼雷獣閃光蹴り‼」

 と、少し離れた黒煙の中から甲高い声が聞こえた。

 黒煙の中から、複数の触手が現れ、炎の柱を上空に放つ。その炎の柱を、一筋の橙色の稲光が切り裂くようにして落ち、落雷のような激しい轟音を轟かせ触手に踵落食らわせる。

 黒煙をはらった。

 稲光が落ちたところには、浅黒い肌と青みがかった黒髪を橙色のターバンで巻き白のフード付きロングコートを着た少女が。その手には籠手の魔装、足にはブーツのような鉄靴てっかの魔装を装備していた。

「ジョン、カッコつけてないで早く加勢して!一人で7本も相手するの、大変なんだけど!」

 と、少女が言いジョンと呼ばれた少年が笑いながら返事をする。

「悪いゼナ、すぐに行く」

 ジョンは、そう言って右腕に装備した魔装の盾を前方の触手に向かって横向きに投げる。

「ペタオ、トメーシス、アスピダ」と、ジョンが詠唱する。

 すると、投げられた盾が黄色の魔力の光を放ち高速で横回転し、触手に向かって飛んでいく。

 ズザァァァァ‼

 と、激しい音を立て回転した盾が触手の肉を横一線、舐める様にえぐり削る。

「レプレさんに頼まれたからな。まずはそのタコ足いただくぜ」

 と、ジョンは口角を上げロングコートの内ポケットから強欲の根源魔装である黄色い小袋を取り出す。そして小袋の中から手斧を取り出し触手に向かって投げる。


 ドゴン‼

 と、大きな爆発で水色と黒のマーブル模様の巨大なタコの海魔獣、フタポーディの足が一本吹き飛ばされた。

 その光景を、ジョンの動く家ラミアのバルコニーで双眼鏡をから覗き込む二人。

 1人は、ダボついたTシャツとズボンを身につけた少年、アイト。

 もう一人は、黒いショートワンピースを着たダークブラウンの髪の幼女、ルクス。

「みて!みて!アイトおじちゃん!ジョンが、タコ焼きの足ぶっ飛ばしたよ!」

「そうだね。投げた盾に手斧をぶつけてあんな風な攻撃をするなんて…凄いな、ジョンさん。それにゼナさんも、全身に魔力を帯びながら、格闘で触手と戦っている…しかも、空中に足場あるように、二段ジャンプしている」

 と、アイトが双眼鏡を覗きながら呟くと背後から、

「あれは、足に付けた魔装の力で空中でも足場があるように動けるのじゃ」と、声がする。

 アイトが振り向くと、バルコニーと部屋を隔てるガラス窓に服を着た黒ウサギ、レプレの姿があった。

「えっ、レプレさん!? いつのまに」

「うむ、さっきほど用が済んだのでな。お主の様子を見に来たのじゃ。怪我の具合は良さそうじゃなぁ」

「あっ、レプレせんせいだ!こんにちは!」

「こんにちは、ルクス。ヒュアキントス王国の偵察ご苦労だったな。レヴィアタンの結界の為か、我のウーラニアーの眼ではヒュアキントス王国で起こることが予知できなくてな、助かったぞ」

「えへへ。ところレプレせんせい!しつもんです」

「なんじゃね、ルクス?」

「どうして、うみにすんでるたこやきが、さばくにいるの?ここからうみってずっととおくのところだよね?ませきれっしゃのませきを、たべにきたの?」

「いい質問じゃなぁルクス。そして魔石列車を襲っている理由は当たりじゃ。フタポーディは、通常の魔獣よりも多くの魔力を食らうからのう。じゃが、答えは違う。ちなみにこれは、アイトにも関係することじゃ」

 そう言われたアイトは、口を半分空け、あ…と小さく呟きそして言った。

「…もしかして、レヴィアタンが僕を狙って……」

 それを聞いて不敵な笑みを浮かべるレプレ。

「勘が鋭いのうアイト。おおよそそうじゃろう。レヴィアタンは、魔術世界に逃げたお主を探しにあのフタポーディを、生み出し砂漠に放ったのじゃろう」

「でも、それじゃなんでここにいる僕を襲わずに、フタポーディは魔石列車を襲っているんですか?」

「お主の魔力の位置を特定できていないからじゃ」

「アイトおじちゃん、ジョンのふくきてるから、まりょくがかんじられないんだよ」

「そんな、効果がこの服に……」と、言ったアイト表情は苦々しいものになっていた。

「僕のせいで、また……」

 そう呟いたアイトの脳裏に、黒いドレスの女、レヴィアタンに傷付けられた妹弟子のヒナタや母の姿が浮かんだ。

 ドゴン‼ドゴン‼ドゴン‼

 けたたましい轟音と閃光が数回続き、アイトは反射的にその方を向いた。

 ジョンとゼナが奮戦している。しかし、数分前とは少し様子が違った。

 切り落とされ砂漠に転がる巨大なタコ足先が、2,3本。

 それに対して、ゆらゆらと動き火炎を放つタコ足は、始めに見たよりも数本多く見える。

「うぁ!タコやきのあし、8から11にふえてる!」

「えっ⁉」と、驚くアイト。

「ルクスは、相変わらず目がよいのう。あのフタポーディは、切られた足の部分から魔術で足を増殖再生しておる。胴体を攻撃できれば致命傷を負わせるのじゃが。今のジョンとゼナ二人だけでは、ちと手数不足か」

 アイトは、今この安全地帯でジョンとゼナの二人が苦戦しながら戦う姿をただ傍観していることに対してもどかしくて仕方なかった。

 ジョンとゼナから危険だからこの場に残るようにと言われたが、何か自分にもできることはないかという思いが溢れてくる。

 アイトは、強く手を握り締めた。そうして生まれた、手の平に食い込む指の爪の痛みで理性という迷いを振り払い、レプレに問う。

「レプレさん…。僕に、ジョンさんとゼナさんの力になれることは何かないですか?」

 それを聞いて、レプレは笑いながら言った。

「フハハハ。またそんな辛気臭い顔して。そういうところは、クリミナルそっくりじゃなあ」

「それで、どうなんですか?」と、焦りのある口調でアイトが再び問いかける。

「ふむ。今のお主には何もできん、死に行くようなものじゃよ」

 そうレプレに言い切られ、アイトは『やっぱりそうか…』と納得するも、心のもどかしさは倍に膨れ、悔しさで一杯になっていた。

「だいじょうぶ、アイトおじちゃん?ソフィアおばちゃんみたいな、こわいかおになってるよ?」と、ルクスが眉をひそめ、アイトの顔を覗き込むように言う。

「歯がゆいか、アイト?」

 レプレがにやけ顔で聞く。それにアイトは静かにそしてはっきりとした口調で言う。

「……はい」

「ふむ、ならばそんなお主にうってつけのことがある」

「僕にうってつけのこと?」

「そうじゃ。厄災の王子のお主にしかできないことじゃ。ルクス退屈しておらんか?少しアイトを運ぶために飛んでもらいたいのじゃが」

「うん、ルクスやる!」と、元気よく言ったルクスは軽く飛び跳ねる。1秒かからずにルクスは、4メートルほどの大きな烏になった。

「それでは、覚悟は良いかアイト?」と、レプレが不敵な笑みで言うのに対し、アイトはうなずくのだった。

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