1章(4)『異世界の家族と根源魔術・後』

 数十分後。

 ルクスは、クッションに座りながら小さな足をばたつかせている。センターテーブルにはルクスの食べかけのピタが乗った小皿が一枚。

 ルクスの口元に付いた蒲焼のタレをハンカチで拭きながらジョンは、ルクスの報告をまとめた。

「つまりだ、ヒュアキントスのクリミナルさんたちの生死は不明。わかっているのは、ソフィアの体を乗っ取ったレヴィアタンが、ヒュアキントスに結界を張って魔力を集めている。そして厄災の王子であるアイトを探しに俗世界に行ったことだけ」

 言い終わったあと、ジョンは、センターテーブルに置かれたルクスの偵察の記憶が記述された羊皮紙を見つめるアイトに問う。

「そこに描かれているヤツが、ソフィアの体を乗っ取ったレヴィアタンだ。見覚えはあるか?」

 羊皮紙に描かれたあの黒いドレスの女を見て、眉間にしわを寄せたアイトが言う。

「…はい。僕は、レヴィアタンから逃げるためにこの世界に異世界転移させられました」

 アイトは、左の薬指にはめた母から貰った指輪に触れる。それが実際にある物だと認識するように。すると脳裏に数時間前のレヴィアタンが言った言葉を思い出す。

『—長話もここまでだ!消えよ、‼』

「レヴィアタンは、と言っていました。もしかして、魔王復活を恐れているんですか?」

「たぶんそう。レプレ様自慢していたから、7体の魔物を封印して根源魔術と根源魔装にしたのは、魔王だったレプレ様と7人の魔術師たちだって。きっと、アイトくんが魔王を復活させてまた封印されるのを警戒しているんだよ」と、ゼナが言う。

「今度こそ、封印される前に欲望を叶えようと必死なんだろう。でなきゃ、ヒュアキントスでわざわざ魔力を集めることなんてしないで、根源魔術で魔力を増幅させることに注力するはずだ」と、ジョンが言う。

「レヴィアタンの欲望ってなんなんですか?」

「うん……もしかしたら。魔術世界の生物を全滅させるとかかなあ…。レヴィアタンは嫉妬の根源魔術に封印されていた魔物だから、自分よりも強い魔術師とか生物がでてくるのに嫉妬して…」と、ゼナが呟くように言う。

「それ、レプレさんが言っていたウーラニアーの眼の予知だな」と、ジョンが言う。

「そうそう。7日後に大陸が海に沈んで大陸の全ての生物が絶滅するってことと関係があるのかなって…」と、ゼナの話を聞いてアイトは自分も同じ話をレプレから聞いたと言う。

 その後、アイトは首を傾げながら、

「そうなると…レヴィアタンは、今この世界にいない、いつか現れるかもしれない対象に嫉妬しているんですよね。でも、嫉妬って普通は明確な相手がいるから生まれる感情なんじゃないんですか?」

 アイトの問にジョンは、首を横に振りながら言う。

「いいや。現れるという可能性自体に嫉妬しているというのも考えられる。これは、根源魔術の精神汚染を食らって分かったんだが、根源魔術に封印された魔物っていうのは、考えの方向性が常に欲望に繋がっているんだ」

「そうそう。暴食を譲渡された最初の頃とか、根源魔装が使えこなせなくって精神汚染状態で周りのもの全部がどんな味がしてどんな歯ごたえなのか、食べてみたいって考えで一杯だったよ。だから、マスクがないとすぐにモノを口に入れちゃう酷い状態で…」と、ゼナが苦虫を噛み潰した表情で言う。

「そういえば、俺が初めてゼナと会ったときも悪食のクセでよくヨダレを口から出していたな」

「ゼナおばちゃん、あかちゃんみたい~」と、ルクスが笑いながら言う。

「ジョン!そう言うの、恥ずかしいからあんまりルクスちゃんとかアイトくんの前で言わないでよ!」と、頬を赤らめたゼナがジョンを睨みながら言う。わるいわるいと、軽く笑みを作ってジョンが言う。

「とにかく、7日後までにレヴィアタンをやっつけてソフィアお姉ちゃんを助ける!これが私たちの目標。魔術世界の命運は私たちに掛かっているんだから」

 と、拳を握り胸元に上げガッツポーズをするゼナ。

「アイトにも、協力してもらうことになる。悪いが状況によっては、戦うことになるかもしれないが」と、アイトを見つめてジョンが言う。

 アイトは、レヴィアタンという明確に戦う相手を知ったことで、“再び母と暮らすという、欲する未来”に一歩近づいたきがした。そして、レプレが言った山ほどある足りないことの中からやるべきことを見定める為、ジョンに質問をする。

「7日後……僕は、どうすればレヴィアタンと戦えるだけ強くなれますか?」

「なんだ、覚悟はもうできているみたいだな。なら話は早い」と、ジョンが言う。「レプレさんの話だと、魔王を抜きにしてレヴィアタンを止めることが出来るとしたら、他の6つの根源魔術の力を合わせるほかないって」

「つまり、アイトくんにはこれから私たちと色欲の根源魔装を手に入れて色欲の根源魔術を使えるようになって欲しいの」

 と、ゼナに言われ少し戸惑うアイト。

「あの、僕に色欲の根源魔術の適正があるんですか?」

 アイトの疑問に、ジョンは真面目な表情で質問する。

「アイト、欲情したことはあるか?」

「えっ⁉」

 突然の質問に、趣旨が分からず驚くアイト。その隣で、ゼナが気恥ずかしそうに言う。

「真面目な話、憧れの人とか付き合ってみたいって思う人とかいるの?」

 その質問にアイトの脳裏で笑みを浮かべる母の姿が浮かぶ。

「いや、ない、ない、ない、ない。絶対ない」と、頭を抱え小刻みに横に振りながらブツブツ言うアイト。

「それじゃあ」と、ジョンはルクスの後ろに立ちルクスの耳を抑えると、アイトに捲し立てるように言う。

「アイト、性的な欲求はあるか?女でも男でもいいからセックスしたことはあるか?オナニーしたことはあるか?勃起したことはあるか?どれでもいい、有るか無いかで答えてくれ!」

 ダメ押しなのかゼナがアイトに落ち着かない口調で言う。

「だだ、大丈夫。この話はここだけの話にしておくから。け、経験回数とか別に言わなくてもいいからね!うん!」

 アイトは、目を閉じて思い返した。あの甘い香りのする母との過ごしたあの日々を。

 ときには、母に膝枕をしてもらい。ときには、胸元が見えるほど着崩れた母の道着を直し。ときには、寝ぼけて背中に抱き着き、柔らかいモノを背に押し付けてくる母を起こして。ときには、下着姿で料理をする母に服を着るよう頼む。ときには………………。


「…………あります」


「なるほど、適正って根源魔術に封印された魔物の根源的欲望を、持っているかどうかってことだったんですね…」

「そうだよ。なんかごめんね。変な質問して、アハハハ」と、気恥ずかしそうに言うゼナ。

「わるいな。端的に言ったほうが分かりやすいと思ったが、詳細を説明するほうが良かったか。まあこれで、アイトに色欲の根源魔術の適性があると分かったことだし、あとは—」と、ジョンの後にルクスが小さな両手を上に突きあげて言う。

「おじちゃんおばちゃんのきずなパワーでソフィアおばちゃんをたすけるの!」

「そうだね、ルクスちゃん」と、ゼナが言ってから首を少し上げてこれからの行程を確認する。

「まずは、城郭都市アステーリに行って、色欲の根源魔装がある国を特定。その国に行って色欲の根源魔装を手に入れる。

 その後、アイトくんが行方不明の義理父おとうさんから色欲の根源魔術を譲渡してもらう。

 他の行方不明のルドくんに、チェンシーちゃん、ラウラちゃんの3人と合流して。6人で、レヴィアタンを倒して、ソフィアお姉ちゃんを助ける……」

「これ改めて考えると、今日合わせて7日で出来るんですか?」と、アイトが言うとゼナが苦笑いしながら言う。

「確かに、普通だったら間に合わないと思うけど、レプレ様のウーラニアーの眼があればきっと!」

「いや、ウーラニアーの眼がちゃんと機能していれば、ソフィアがレヴィアタンに体を乗っ取られることはなかった。ウーラニアーの眼を頼ってばかりもいられないぞ…」

 と、水を差すようにジョンがボソッと言う。

「もしかして、ぜったいぜつめい?」と、ルクスが首を傾げながら言う。

 頭を抱え俯く3人の少年少女。部屋の中が、お通夜のような暗い空気になったとき、

 ドーン‼と、轟音が響く。

 同時に顔を上げる3人。

「あ、わすれてた。ませきれっしゃおそわれてたよ。でっかいタコやきに」

「でっかいタコやき?」

 アイトの頭の中に、無数の巨大タコ焼きが線路を走る列車に衝突するイメージが湧く。

「ジョン、もしかしてルクスちゃんのタコ焼きって海魔獣のフタポーディのこと?」

「レプレさんの言っていたことはこれか!」と、ジョンが言いながら大きな窓ガラスを開け広々としたバルコニーに出る。

 それに続いてアイトとゼナが行くと。

 砂漠に上がる黒煙。その中心で水色と黒のマーブル模様の巨大タコが、8本の足で魔石列車を玩具のように掴んで投げたり、引っ張ったりしている。

 その光景にアイトは、目を大きく見開き淡々と声を発した。

「タ…タコ怪獣……!?」

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