1章(3)『異世界の家族と根源魔術・前』
小さな振動と甘く香ばしい匂いで、アイトは目を覚ました。
アイトは、ソファーの上で仰向けになっていた。
状況を確認するために、アイトは首を横に動かし辺りを見渡す。
真横に横長の木製センターテーブル、それを囲むようにバランスボールほどの大きさのクッションが4つ配置されている。その奥には、白い壁と小さく振動する横長の小窓があった。
小窓からは、青い空と大小様々な雲がゆっくりと流れる光景が見える。
「ここは…どこだ…? 僕は…ピュートーンに食われなかったのか…?」と、静かに疑問を呟くアイト。
「ここは、俺の動く家ラミアだ。調子はどうだい、厄災の王子様」と、少年の声が聞こえる。
その声は、仰向けになるアイトの足の方からだった。
アイトは、体を起こしてソファーに座る。そして声の方を見ると、見知らぬ少年がこちらに向かって歩いて来ていた。
少年は、アイトよりも背の高い筋肉質な体つきで、瞳は黄色、プラチナブロンドの髪をオールバックにしている。服装は、灰色のⅤネックTシャツに黒のスラックス、白のフード付きロングコートを着ていた。
最初アイトは、少年のもの珍しい容姿に目が行っていたが、すぐにそれは、少年が左右の手の平に1枚ずつ乗せた大皿に移った。
少年の左手の大皿には、飴色のタレが掛かった蒲焼が、右手の大皿には、デミグラスソースのようなものが掛かった一口サイズの肉団子が乗っていた。どちらの大皿も30センチほどの高さまで盛られていて、目覚めたときに嗅いだ甘く香ばしい匂いがする。
少年は、そんな重そうな皿を軽々と持ち歩きながらアイトに話しかける。
「一応、手当はしたが。左腕はどうだ、痛むか?他に痛みがあるところはないか?」
アイトは左腕を確認した、腕から二の腕まで、包帯のようなものでグルグルまきになっている。包帯をよく見ると、黄緑色の薄っすら文字のようなものが書かれている。
アイトが包帯に触れると、センターテーブルに大皿を置く少年がアイトに釘を刺す。
「包帯の魔力が切れるまで外すなよ。勿体ないから」
「あ、はい…」
アイトは、呟くように返事をしながら左手を握る。
普段通り力が入り痛みも感じない。
「大丈夫そうです……」
確認するように言ったアイトに、少年は明るい口調で「ならよかった」と言った。
ふいにアイトは、自分が見慣れないダボついたTシャツとズボンを身につけていることに気づき、不思議そうな顔をする。
「酷い服だったからな、悪いが俺の服を着てもらった。服は預かっているから必要なら言ってくれ」
「いろいろと、ありがとうございます。あの…あなたが、レプレさんの言っていた迎えの人ですか?」
「ああそうだ。レプレさんからは、他に聞かなかったか?兄弟姉妹の事とか?」
アイトは大きく目を見開いた。
「いえ。僕に、兄弟姉妹がいるんですか?」
「そうか。俺たちのことは、まだ聞いていないのか」と、少年は言って片手の親指を立てて胸に向ける。
「俺はジョン。お前の義理の兄貴だ。これからよろしくなあ。厄災の王子、アイト」
「ジョン…さんが……僕の義理の兄?」と自分に指を向けながら言うアイト。
「おう。レプレさんから家族について何か聞いたことはあるか?」
「すいません。父さんが魔術王国の王、クリミナルということくらいしか……この世界に来て魔獣に襲われたりして、レプレさんに聞くのが……」と、眉をひそめて言うアイト。
「そうか、虚構魔術で魔術世界の記憶がないんだったな。まあ説明役が、他の兄弟姉妹になるよりマシか」と、苦笑しながら言うジョン。
トントンと足音が聞こえる。それは、部屋の隅にある階段からだった。
階段から上って来たのは少女だった。
少女は、浅黒い肌に橙色の瞳、青みがかった黒の巻き毛の髪を橙色のターバンで巻きアップヘアーにし、紺の膝上スカートに鮮やかな水色のリボンが付いた白のワイシャツ、そしてジョンと同じ白のフード付きロングコートを着ている。
少女は、茶色のつるで編んだバスケットを抱えていた。バスケットには、ナンのような、白いパンが山積みにされていた。
「えっ、アイトくん起きたの⁉ 良かった~!ピュートーンの口から引きずり出したあと、意識無かったから凄く心配したんだよ。さあ、怪我を治すためにもお昼ご飯一杯食べてね」
少女は、センターテーブルにバスケットを置く。
「あ、ありがとうございます」と、アイトは緊張しながら礼を言う。
「そんな堅苦しいなあアイトくん。もう私たち家族なんだから、ため口でいいよ。あと、料理足りなかったら言ってね。お姉ちゃん一杯作るから!」
「え……家族…!? この人が、お姉ちゃん!?」と、驚くアイトが答えを求めてジョンの顔を見る。
ジョンが小さくため息してから、少女にアイトの状況を伝える。
「えっ!そうなの!ごめんね、アイトくん」と、驚きながら謝罪する少女。
その後、すぐに笑みを浮かべアイトに自己紹介をする。
「私はゼナ。17歳だよ。だからアイトくんにとって、2番目のお姉ちゃんだよ。これからよろしくね!」
「2番目の……お姉ちゃん……?」
このときアイトの頭の中は、疑問符だらけであった。
2番目のお姉ちゃんってなんだ?他に僕には姉がいるのか?そもそもゼナさんは、僕と血縁があるのか?あるとして、あの肌の色はどう考えても母さんの肌の色とは違うし、記憶の中の父さんの肌の色と違う、いやでも、虚構魔術で父さんが肌の色を変えたのか?そもそもなんで?………
グルルル……。アイトの腹から音が鳴った。
少し頬を赤らめるアイト。
「詳しい話は昼飯を食ってからだなあ」と、ジョンが笑いながら言う。
「それじゃ、手を合わせて、いただいきます!」と、ゼナが言う。
後に続いてジョンが「いただきます」と言ったので、つられてアイトも「い、いただきます」といいアイトは、ジョンとゼナに挟まる形でソファーに座って昼食を取ることになった。
「ほらほら、温かいうちにどんどん食べてね。アイトくん。はいあーん」と、笑みを浮かべながらゼナは、銀色のホークで取った肉団子をアイトの口元に近づける。
アイトは言われた通り口を開けた。
アイトの口の中に温かい濃厚で甘く柔らかい酸味のあるソースの味が広がる。
咀嚼するたびに、今度は香辛料の風味と肉汁の旨味が口全体に広がっていき、ソースと交わることで極上の味わいを堪能することが出来た。
「これ凄く、おいしいですね!」と、アイトが言う。
「口に当てったみたいで良かった。どんどん食べてピュートーンの肉団子」
「えっ⁉これピュートーンの肉団子なんですか⁉」と、驚くアイト。
ピュートーンの大きな蛇眼を思い出しながら、食われる側が食う側になるとは…としみじみ思う。
「こっちは、ピソンの蒲焼だ。うまいぞ」と、ジョンがタレのかかった蒲焼と緑の葉物と一緒にナンのような白いパンの中に入れてサンドイッチのように食べていた。
「うわー 面白い食べ方ですね。僕もやってみよう」
「アイトくん、ピタ食べるのもしかし初めて?お姉ちゃんが食べ方教えてあげるよ」
「ありがとうございます」
それから、
アハハハハ、ウフフフと3人の和やかな昼食はあっという間に過ぎて行った。
「それじゃあ、全部食べちゃうね」と、ゼナはパクパクと満面の笑みで大皿に半分ほど残った料理を食べていく。
そんなゼナを見ながらアイトは満腹になった腹をさすりながら言う。
「すごいですね、ゼナさん」
「ゼナは特殊なんだよ。さて、話の続きをしようかアイト」
「お願いします。ジョンさん」
ジョンは、白いフード付きロングコート内ポケットから黄色の小袋を出す。
その小袋から小袋よりも大きな羊皮紙を取り出し、アイトの前に広げる。
「手品の道具みたいですねその小袋」と、アイトが言う。
「確かに、便利な収納魔装だ」と、ジョンが小袋をしまいながら言う。
「魔装?」
「魔術が使える道具のことだよ」と、ゼナが言う。
「アイトが、左指にはめている指輪も魔装だぞ?」と、ジョンに言われアイトは左手を見る。
「これが魔装…」と、アイトは母から貰った木製の指輪を眺めながら言う。
「コイツも魔装の一つで、話した言葉が文字として現れる」
ジョンは、広げた羊皮紙に手を置き、兄弟姉妹の構成を説明し始める。
すると、羊皮紙にジョンの説明が文字として現れた。
・ソフィア(18) アイトの異母姉 俗世界にアイトが行くまで一緒に住んでいた。
・ジョン(18) アイトの義理の兄 5年前クリミナルの養子になる。
・ゼナ (17) アイトの義理の姉 9年前クリミナルの養子になる。
・ルドラ(17) アイトの義理の兄 9年前クリミナルの養子になる。
・チェンシー(15)アイトの義理の妹 2年前クリミナルの養子になる。
・ラウラ(13) アイトの義理の妹 1年前クリミナルの養子になる。
「こう見ると、僕の過去を知っているのは長女のソフィアさんだけみたいですね」
「そうだね。でも私を含めて兄弟姉妹の皆、アイトくんのことソフィアお姉ちゃんから聞いているからすぐに仲良くなれると思うよ」と、笑顔で話すゼナ。
「そうだったんですか。ソフィアさんに感謝ですね」と、笑みを浮かべるアイト。「それにしても7人いるとは…」
アイトは、予想以上に兄弟姉妹の数が多いことに驚くと共にある疑問が湧く。
「どうして、父さんは皆さんを養子に?」
「俺たちは全員、根源魔術っていう、強力な魔術をクリミナルさんから譲渡されたからだ」
そう言ってジョンの再び、羊皮紙にジョンの説明が文字として現れる。
・根源魔術とは、7体の魔物の精神を魔術に変化させて封印したもの。
・【嫉妬】【強欲】【暴食】【傲慢】【色欲】【憤怒】【怠惰】7つの根源魔術が存在する。
・これは、封印された魔物の根源的欲望が違うため。
・根源魔術は、対応した根源的欲望を満たす行動をすることで体内に魔力を増幅することが出来る。
・例えば、ゼナは暴食の根源魔術を継承しているから、飯を食うたびに、魔力を増幅することができる。
・根源魔術で増幅させた魔力は、無限と言っていいほど底がない。
・単純に、普通の人が一日一回しか使えない魔術を俺たちは1日中使える。
その説明を聞いて、アイトは廃墟でのピソンたちとの闘いを思い出した。
「それじゃあ、常に治癒魔術を掛けながら戦えますね」
ジョンは、それを聞いて苦笑いしながら言う。
「確かにできるが、治癒魔術を使って傷を治しても失った血は元に戻らない。つまり、傷は治っても貧血で倒れるのがオチだ。それに痛覚がしっかりしている場合は、痛みに耐えかねて気絶するぞ」
「……あっ、確かに」
「アイトくんって、意外とバーサーカー気質がある?廃墟の中で大量のピソンと戦っていた跡があったけど」と、ゼナが言う。
「アハハハ…あの時は必死で。自分のできる魔術が、治癒魔術だけだからだと思います」
手を後ろに当てて苦笑いするアイト。
「なるほど。アイトに、防御魔術を教えたほうがよさそうだな」
ジョンは、顎に手を当ててそう言った後、話を根源魔術に戻した。
・根源魔術は、大量に魔力を得ることができるがデメリットがある。
・根源魔術で生み出された魔力を体内に取り込み続けると、魔物に精神汚染されて体を乗っ取られるリスクがある。
・根源魔術は、譲渡することのできる稀な魔術で、クリミナルは精神汚染を防ぐ為に根源魔術を適正のあった俺たちに譲渡した。
「それじゃあ、ジョンさんたちは根源魔術に適正があるから精神汚染されていないんですか?」
「いや、適正があっても精神汚染のリスクはある。むしろ、適正が高い方が体を乗っ取られる可能性が上がるな」
「だからコレ、根源魔装っていう根源魔術の魔力を貯めることのできる魔装があるの」
そう言って、ゼナが頭に巻いているターバンを指差す。
「俺の強欲の根源魔装はこの小袋だ」と、アイトが手品の道具ようだと言った小袋を見せるジョン。
「根源魔装があるのに、どうして父さんはわざわざ根源魔術を譲渡したんですか?」
「クリミナルさんが、7つの根源魔術を譲渡されたとき手元に、根源魔装が無かったからだ」
「
その言葉に、アイトは夢魔術で見た魔王が消滅する際のことを思い出す。
「魔王は消滅する寸前、魔術師の王に7つの黒い炎を浴びせ、屍のように眠り続ける呪いをかけた…………」
「それは、ヒュアキントス王国と魔王軍が戦った話だな。7つの黒い炎が根源魔術だ。その後、根源魔装が手に入るたびにクリミナルさんは短時間だが目を覚ますようになった」
「そうそう。昔の
「それじゃ。今は兄弟姉妹の内5人が、根源魔術を譲渡されているんですか?」
「いや。譲渡されていないのは、色欲の根源魔術だけだ。今俺とゼナは色欲の根源魔装を探しているところだった。アイト、これはお前にも関係のあることだ」と、ジョンが言う。
「僕にも?」
アイトが首を横に傾げたとき、トントンと音がした。それは、三人が腰かけるソファーの右横の部屋とバルコニーを隔てる大きな窓ガラスを、一羽のカラスがくちばしの先で軽く叩く音だった。
「戻って来たか」と、ジョンが窓ガラスを開け、カラスを抱きかかえる。
すると、周囲に黒い羽毛を散らしたかと思うとカラスの姿は黒いショートワンピースを着たダークブラウンの髪と
「凄い、女の子になった⁉」と、驚くアイト。
「ルクスちゃんは、こう見えてジョンの従者なんだよ。変身魔術と偵察が得意なの。ちょっとヒュアキントスを偵察しに行ってもらっていたの」と、ゼナはアイトに言う。
「偵察…?」と、ゼナの言い方に疑問に感じるアイト。
ルクスがアイトに小さな人差し指を向けて言う。
「あ、このひと、ヤクサイのオジさんでしょ!ルクスしってる!このひと、レヴィアタンがさがしまわってた!」
「レヴィアタン…?」と、不思議そうな顔をするアイト。
「嫉妬の根源魔術に封印されていた魔物だ」と、ジョンが言う。
「やっぱり、昨日レプレ様の言っていたことは本当だったんだね」と、ゼナが眉をひそめて言う。
「そうそう、レプレせんせいのいってたとおりだった。ソフィアおばさんね、レヴィアタンにからだとられたよ!いつものこわいかおが、もっとこわいかおになってた!」
「体を取られた? それって、根源魔術の精神汚染で魔物に体を乗っ取られたってことですか?根源魔装があれば防げるんじゃ?」
「そうなんだけどね。レプレ様の話だと根源魔装が偽物にすり替えられていたのかもしれないって…」
「レプレさんは、それウーラニアーの眼で予知できなかったんですか?」
「俺たちも、昨日レプレさんに同じ質問をしたよ。答えは、予知できたが出来たが譲渡する寸前だったらしい。結局、譲渡を止めることは出来ず、今ヒュアキントスはソフィアの体を乗っ取ったレヴィアタンによって制圧されている」
「それでルクスちゃん、
ジョンは、抱いていたルクスをクッションに座らせる。そして、腰を落としてルクスの視線に合わせ手元に魔装の羊皮紙を持って言った。
「ルクス、魔装で記録を書き出す。偵察したときのことを思い出してくれ」
「まかせて‼」と、ルクスは元気よく言って羊皮紙に小さな両手を乗せる。
途端に、羊皮紙に文字と鮮明なイラストが浮き上がってきた。
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