1章(1)『続・廃墟の中で』

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 石造りの薄暗い廃墟の中で、驚愕の声がこだまする。

 声の主は、右太もも辺りに拳ほどの穴が空いたズボンとボロボロのブレザーを身にまとった少年、アイトだ。

 黒ずんだ瓦礫と朽ちかけた剣や鎧などの武具が散乱する中、アイトは眼前のヒビのある欠けた鏡を、眉をひそめ戸惑った様子で見つめる。

「フハハハ。そんなに驚くとは、もったいぶって元魔王だと言ったかいがあったというものじゃ」と、鏡の中から服を着た黒ウサギ、レプレが、口角を上げ愉快そうに話す。

 そんなレプレにたどたどしくアイトが質問する。

「どうして、元魔王のレプレ…さん、が父さんの従者をやっているんですか?

 レプレさん言いましたよね。この世界は死んだものが蘇ることはないって。

 魔王は父さんとの戦いで負けて、父さんに呪いを掛けて消滅したんじゃないんですか?」

「うむ、そのとおりじゃ。魔術世界の魔王だった我は死んだ。そして、異世界に転生した。じゃが、お主の父、クリミナルの異世界召喚魔術によって我は魔術世界に召喚させられた。その後、クリミナルと従者契約を結ぶ羽目になり、今に至るのじゃ」

「ん?それって一種の蘇りなんじゃ? もし自分が死んでも、異世界転生した自分を異世界召喚魔術で召喚してもらえば……」

「フハハハ。なるほど面白い。確かに我を例に挙げれば、蘇りに見えなくもない。

 じゃが、異世界召喚魔術は、狙った特定の誰かを召喚するものではなく、役目としてふさわしい者が召喚されるものなのじゃ。

 だからそう簡単に、相手を指定できん。それにのう。我が、魔王であったときの記憶や能力を取り戻したのは、異世界召喚された者が得られる異世界順応が発動したためじゃ。

 我の経験では、異世界転生すれば前世の記憶や能力は全て失われ、新たな生命としてその異世界で活動を始める。

 じゃから、言ってしまえば、我はもう魔術世界の住人ではない。

 前世の魔王の記憶と能力を取り戻した異世界の者。それが今の我なのじゃ。

 アイト、お主はこれを真の意味で、死者の蘇りだと言えるか?」

 その質問にアイトは、首を小さく横に振って「言えないと…思います……」と静かに言った。

「しかし、よく我とクリミナルの戦争を知っていたのう。虚構魔術で上書きされて魔術世界の記憶は失っていると思っておったが」

「小さい頃から悪夢で見ていたんです……魔術師の王国と魔王の軍勢の戦争。厄災の王子が処刑される話を……」

「フハハハ。悪夢か、なるほど~。どうりでそんなに面白いクマが出来るわけじゃ。アイトそれは、ただの悪夢ではない。夢魔術じゃ」

「夢魔術?」とアイトが首をかしげた。

「親しい者の夢の中で情報などをすりこませるために行う魔術じゃ。おおよそお主が、魔術世界に戻って来たときすぐに魔術世界の状況に適応できるよう、掛けられたのだろう」

「僕のために掛けられた魔術ってことですね。この夢魔術って」

「そうじゃ。しかし、お主に厄災の王子が処刑される場面を見せるとは、その夢魔術をかけた者、いい趣味しているのう~」

 と、しみじみ言うレプレの右眼が突然、ビクッ!と閉じる。

 眉間にしわを寄せ、口をㇸの字にするレプレ。

「だっ、大丈夫ですか?」心配そうに声を掛けるアイトにレプレはニヤッと口角を上げ言う。

「そう心配するな。少し先の未来が見えただけじゃよ」と閉じていた右目を開ける。

 すると、レプレの右目が夜の闇に輝く猫の瞳のように、金色に光っている。

 驚き見とれるアイトにレプレは自慢するように言う。

「これが、ウーラニアーのまなこが発動した状態じゃ。危険な未来が確定すると自動的に、こうして発動するのじゃ。どうじゃ便利じゃろう~」

「えっ、それってつまり危険が近づいているってことですか⁉」

「うむ。あと5秒後といったところか。アイト、右後ろにジャンプじゃ!」

 とレプレが言った瞬間アイトの左横から、周囲の瓦礫にそっくりの体色をした大蛇がアイトに飛びかかって来る。

 とっさに、アイトはレプレの指示通り右後ろに背面飛びで大蛇の攻撃をかわす。

「アイト、左にあるナイフを持って、我に向かって全力で投げるのじゃ!」

 そう言われてアイトは無我夢中で、左に手をやり落ちていた錆びたナイフを掴み、力いっぱい投げた。

「しまった!」とアイトが叫ぶ。

 投げたナイフが、レプレの方から右に大きくそれた。

「いや、これでよい」

 ドッ!と、ナイフが刺さった鈍い音が瓦礫の上で鳴る。

 ナイフは、ひとりでに激しく動き、瓦礫に当たった拍子で宙を舞った。

 すると、ナイフが当たったところから、赤い液体が噴き出し、周囲の瓦礫に飛び散る。

 次第に赤い液体は、のた打ち回る大蛇の輪郭を浮き上がらせた。

「やったのか…?」

「うむ!良い動きじゃアイト。あれは肉食の魔獣、ピソンというやつでな、体の鱗を魔力で周囲の色に変化させて不意打ちを仕掛けてくる。厄介な魔獣じゃ」

「あの蛇が、魔獣……」と言って立ち上がろうとするアイト。

 そのとき、アイトの視界は二重にぶれ、頭が重く体がふらつく。

「立ち眩み、っか…」と額に手を当て言うアイトに、レプレは陽気な口調で話しかける。

「フハハハ。無理もない。異世界転移直後に、足を槍でつらぬかれ、10年ぶりに治癒魔術を使ったのじゃ。体に負荷がきてもおかしくわない。

 むしろ、そんな状態で動けるのは、お主がこれまで身体を鍛えていたからじゃ。そこはお主にとっての強み」と、明るく言うレプレ。続けて、アイトに改まった声で断言した。

「…じゃが、それだけでは、お主の“欲する未来”にたどり着くことはできん」

 アイトは、少しふらつきながらレプレの方を見て問う。

「つまり、僕には足りないものが、あるってことですか?」

「その通りじゃ。山ほどなあ」と、言ってレプレは、黒い小さな腕をいっぱいに広げた。

 アイトは、疲れ切った表情で静かに問う。

「1年以上は、かかりますか?」

「フハハハ。いいや。もっと短いぞ」と高笑いするレプレを見て、アイトは少し表情が明るくなる。

「今日を合わせて、7日じゃ」

「7日間ですか⁉ てっきり、半年か1ヶ月は、かかると思っていました。7日間、レプレさんの指示に従って行動すれば、僕は母さんと一緒に元の世界に戻ることが、できるんですか?」と、驚きの混じりの明るい声で言うアイト。その瞳には希望に満ちた光が。

「それは、半分当たりじゃが、半分違うのう」

「えっ?」

「アイトよく聞け。7日後、この魔術世界の全ての大陸が海に沈む。お主や我、大陸に棲む全ての生物が絶滅する。お主の願いを叶える猶予ゆうよは、7日間しかないのじゃ」


「ええええええええええ⁉」

 アイトの再びの絶叫が廃墟の中に響く。

「フハハハ。良いリアクションじゃアイト。その活力があれば、残り30分。この正念場乗り越えられるな」

「残り30分…正念場……?」と、視界がゆっくりと正常に戻ってきたアイトが廃墟の中を見渡すと、周囲をうねうねと這う無数のピソンに、アイトは取り囲まれていた。

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