第7話 ご機嫌なっつ
♪♪~♪
陽気に鼻歌を歌いながら、俺は今朝食べた朝食の洗い物をしている。
ここまで清々しい朝を迎えたのはいつぶりだろうか。まぁ、理由はもはや語るまい。
「朝からやけにご機嫌そうね?」
するとそんな様子を見てか、ソファに座るメリーさんが話し掛けてきた。
あの後普通に起きて来て、普通にカップラーメンを要求。
とりあえず、あのことには気づいていないようだ。
(ご機嫌ねぇ)
「ん? そうかな?」
「なんかその顔……気持ち悪いからやめてくれる?」
(そりゃこんな顔にもなるだろうさ! けど、気持ち悪いは余計だぞ? まぁ今の俺は機嫌がいい。スルーしてやろう)
「そりゃ悪かったな」
「まぁ別にいいのだけれど。そういえばわたし、あなたの名前聞いてないわね」
そう言うと、メリーさんは少し顔をかしげながら、俺の方へと視線を向けた。
その行動にはハッキリ言って驚きを隠せない。
(ん? 言われてみれば名乗ってなかったな。けど昨日自分で言ってなかったか? 少し遊ぶ程度の相手の名前覚える必要ないでしょ? って……はっ! もしや俺は
一瞬、嫌な予感が過る。
3食提供は昨日告知されたけど、まさかそれ以外にも色々振り回されるのだろうか?
色々な憶測が飛び交う中、横からは今朝のボーナスタイムがチラチラ現れる。
(結果からみれば、プラスマイナスゼロか。むしろ今のところプラスかも。じゃあ別に……多少のことなら大丈夫かもしれないな)
「あぁそうだな。俺の名前は駄賃場夏月」
「だち……」
「駄賃場! 夏月!」
「ちょっと、変だし長いし……」
(変って……せめて珍しいと言って欲しいわ!)
「そうね、なっつでいいわ」
「なっ……なっつ!?」
「あら、呼びやすいでしょ? それに可愛いじゃない」
得意げな表情は、まるで年(外見上)相応の無邪気なものに感じる。それこそ幽霊だとは思えない光景に、少しだけ心が温かくなる。
(なんかな……普通にしてるとマジで中学生くらいの女の子って雰囲気なんだよな。うん、姪っ子って感じ)
「……まぁ良いよ。好きなように呼んでくれ」
「決定ね」
(普通ならいいか。普通なら……)
なんてことを考えながら、俺は最後に拭いたコーヒーカップを棚に戻すと、ソファに向かって歩き出す。そして無造作に置かれたかばんを手に取った。
「あら? どこか行くの?」
「あぁ、そうだ」
その理由はもちろん1つしかない。
「誰かさんに寝具一式渡したからな。新しい自分の物を買いに行かないと」
「へぇ、いい心掛けじゃない」
(前言撤回。この顔から繰り出される上から目線の表情は……妙に腹が立つ。さっさと出かけよう)
「あー、とりあえず出掛けるから。メリーさんは自由に出入り出来るだろうし、鍵は掛けていくからな」
「分かったわ」
「ごゆっくり……」
またしても見せる表情。それは上から目線で、まさに何かを企んでいそうなそんなもの。
そんなメリーさんに一抹の不安を覚えたものの、大事な睡眠確保の為に俺は自分の部屋を後にした。
ガチャ
ドアを開けると、一面に広がる青空。
そして襲い掛かる日差しと熱気。そんないつも通りの世界に安心しながら、俺はエレベータへと向かった。
「よっし」
スムーズに1回まで到着し、そのまま外へ……
「あら? 夏月くん」
その時だった、1階のエントランスで誰かに呼び止められた。
思わず振り向くとそこにいたのは、
「おはよう」
「あっ、おはようございます」
「今日も暑いわねぇ」
ここの大家、
「そうですねぇ」
(くっ、巡さん……今日も美しい)
ここシャトレー晴夢を紹介された時は家賃と部屋の多さに嬉しかったもんだ。そして更に大家の巡さんと会った瞬間、それは倍増だった。
俺よりは低いけど、女性にしては大きな身長。
黒髪のロングにおっとりとした表情はまさに大人の女性。
そして目を引くのはその卓越したバスト。スイカが並んでいるといっても過言ではない。
さらにそこからシュッとしまったくびれにお尻。
まさにグラビアアイドル並みのプロポーションだ。
「でもこう暑くないと、夏って気がしないものね?」
(ハンカチで汗……なんだ? いたって普通の行動なのに妙に色っぽいぞ。しっ、しかも巡さん! ノースリーブはマズいですって。色々強調されて……っていかんいかん、体勢を立て直せ!)
「まぁそうですよね? 夏は暑いものですから」
「ふふっ。元気いっぱいね。今からお買い物かしら?」
「えっ、えぇ。ちょっと来客がありまして布団を……」
よし、何とか危機回避。普通の会話を……
「そうなの? 布団ねぇ……あら?」
なんて思っていた時だった。巡さんの視線が変わる。
俺の右下付近。なぜかは分からなかった……が、すぐにその意味を思い知らされる。
「もしかして、あなたが夏月くんの言ってたお客様かしら?」
そう、その瞬間一気に寒気が体を襲う。
夏だというのに寒い。そして言いようのない疑問が頭を駆け巡る。
(なっ……なんで……なんで……なんでお前が居る!)
目を見張るようなブロンドの髪。この場では異彩を放つ深紅のドレス。
そう、いつの間にか俺の隣に……メリーさんがいた。
そして漂う嫌な予感。
(おい、まさか変なことしようと……)
ただ、そんな危惧は思いもよらない言葉にかき消される。
「おはようございます。夏月お兄さんの親戚で、メリーと言います」
(はっ?)
「あらやだぁ! なんて礼儀正しいのかしら。おはようございます。わたしは、ここシャトレー晴夢で大家をしている葉山巡と言います」
「大家さん。夏月お兄さんがお世話になってます」
(はぁ?)
「まぁまぁ。ほんと出来た方ですね? 夏月くん。それにお人形さんみたいで本当に可愛くて綺麗だわ」
「ありがとうございます。でも巡お姉さんの方がスタイルも良くてお綺麗ですよ?」
「本当!? それにお姉さんだなんて、お世辞でも嬉しいわ」
(ちょっ、ちょっと? 置いていかないでもらえますか?)
「あっ! ちょっと待って? 確か夏月くん、お布団買いに行くって言ったわよね? メリーちゃんの分ってことよね?」
「えっ? あの……」
「この前ね? 買ったんだけどサイズ合わなくて……ほぼ新品みたいなのがあるのよー。ちょっと持ってくるから待ってて?」
そういうと、自分の部屋の方へと駆けて行く巡さん。
その一連の流れに、俺は……まったくついていくことが出来なかった。
(おーい、巡さーん)
「ねぇ、なっつ」
「うぉっ」
「驚くの遅すぎない?」
「いやいや、色々混乱してるんだよ。普通に巡さんと話してるし……」
(ってあれ? 巡さんと普通に? ちょっと待てよ? メリーさんって幽霊だよな? 普通の人には見えないんじゃ……もしかして巡さんにも……)
「そりゃその気になれば姿見せることなんて簡単よ」
「そっ、そうなのか」
「それにしてもあの人……」
「巡さんか?」
「いい意味で人間っぽくないわね」
「はぁ?」
「人って、多少なりとも本音と建て前ってものがあるのよ? けどあの人……全部本音で話してたわ」
「全部って……」
「わたしのことはともかく、あなたに対することとかね? なんていうか裏がないわ」
「裏って……いや、いつから隣に居たんだよ!」
「そんなことはどうでもいいじゃない。でも、あの人は本当に面白いわ……本当に人間っぽくない」
「それこそ……幽霊みたい」
「はっ?」
(えっ? なんて? 今なんて……)
「ちょっとメリー……」
「さぁ、なっつ? 彼女が来るわ。皆の前では親戚同士……仲良くしましょ? ふふっ」
(なっ、なんだよ。なんなんだよ……変なフラグは立てないでくれぇ)
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