第6話 至福の朝
(……ん?)
少し重たい瞼を開けると、そこは見慣れた場所だった。
テレビにソファ、テーブル。多くの時間を過ごしているだろうリビングで間違いはない。
ただこれが、毎朝目が覚めて最初に見る光景かと言われれば答えはノーだ。
じゃあなぜ?
起き上がりソファに座ると、夢のように感じた
(……マジであいつに布団と枕持っていかれた)
さかのぼること数時間前。
部屋を変えることで萌えグッズの死守に成功した俺は、そそくさとシャワーを浴びて、倒れるようにベッドへダイブした。
もう、いろんなことがありすぎて疲れ切ってたからさ? あっという間に夢の中……だと思っていたのに、
『ちょっと?』
『ふぁい?』
『あら、布団と枕あるじゃない』
『……えっ?』
『やっぱり、何もないところは最悪だから……この布団借りるわ』
『いっ、いや……さっき何もない部屋見ても、ここでいいわって……』
『そりゃ気持ち悪い部屋から比べれば、かなりマシに見えたわよ? けど、固い床では休めないわよね?』
『そっ、それはそうだけ……』
『ねぇ?』
『……はい』
『ついでにこのマットレスもね?』
『…………はい』
言われるがままに布団と枕を部屋に持っていき……おれはソファに。
(夢なのかとも思ったけど、現実かよ)
「はぁ」
思わずこぼれる溜息が、まだ薄暗いリビングに木霊する。
(大体、壁通り抜けて来るのは卑怯だよな……ったく。あれ? じゃあ、メリーさんは俺の布団で寝てるってことなのか?)
俺の住んでいる505号室。そこには4つの部屋がある。
玄関を入ると左手にお風呂場があり、次にトイレ。その対面にまず1つ、そこまで広くはない部屋がある。
そしてまっすぐ進むとリビングとキッチンがあり、右手に3つの部屋。
ベランダ側にある部屋が、少し小さめで俺の萌えコレクション置き場になっている部屋。
その真ん中にはそれなりの大きさの部屋があって、ちょっとした物置になっている。そして現在メリーさんがいるだろう部屋だ。
んでその隣が、505号室でリビングの次に広い部屋。もちろん俺の部屋だ。今は木の板丸出しベッドが置かれているだろう。
「よいしょ」
そんなことを考えながら立ち上がると、俺はカーテンに手を掛けた。勢い良く開けると清々しい日の光が差し込み、少しだけ元気になった気がする。
そしてその元気を原動力に、あるドアの前へと足を運ばせた。
(未だ信じられないけど、開けたら分かる。居なかったら夢、居たら現実だ)
こうして俺は、メリーさんがいるだろう部屋のドアをゆっくり開けた。自分の物が置かれる中、ちょうど真ん中に敷かれた元俺の布団達が目に入る。
そしてその上には……
「すぅ……」
普通にメリーさんが寝ていた。
それはそれはごく普通に横になって寝ている。その堂々たる姿は、本物の人間がいるかのような感覚を覚え、なんというか力が抜けた。
それに布団の目の前に来ても、目を覚ます気配はない。
(いや、リラックスしすぎじゃね?)
年相応の女の子が居るような存在感。それについては昨日から気になっていた。
今まで目にしてきた幽霊と呼ばれる人達は、大体薄かったりして……ましてや物や人と触れることはなかった。
道すがらに居ると、日中のマダムたちが突っ切っていったり、道路で立ち尽くしていると何台という車に通過される。
時々話しかけてくる個体もいるけど、大体は独り言のように言ってるだけ。反応したら逆に驚かれたこともある。
とまぁ、少なくとも俺の知ってる幽霊はそんな存在だった。
けど、目の前のメリーさんは……その存在感がはっきりしている。ケトルを使いお湯を沸かし、カップラーメンを持ってきてお湯を入れる。さらには割り箸を使ってスープまで飲み干す……まさに人間。
見た目人間だけど、幽霊。
だからこそ、幽霊特有の壁抜けやらなにやらをされると逆に脳が混乱する。
(もしかすると、彼女のようなレジェンド級の幽霊って……みんなこんな感じなのか? もしや一般人に紛れて生活してるってこともあり得るのかもしれない。例えば……座敷童とか雪女とか)
普通に考えたらありえないかもしれない。ただ、目の前にいるメリーさんを考えると……ないとも言い切れない気がした。
(昨日の今日で、俺の中の常識が一気に覆っちまったからなぁ。しかも目の前に……はっ!)
その時だった、目の前で寝ているメリーさんが寝返りを打ち体勢を変えた。その最中、交差する色白い脚。そしてその先にうっすら映った……白いパンツ。
「(;゜д゜)ゴクリ…」
まさにそんな顔をしているだろう。そして頭の中に駆け巡るのは、昨日も目の当たりにしたレース付きのパンツ。
その刹那、自分自身を邪な感情が支配する。
(あれ? そういえば、メリーさんって箸とか持ってたよな? しかも布団の上で寝てるってことは……やっぱり物に触れるってことだよな。ということは……俺にも触れる? 逆に言えば……俺も触れる!?)
それは無意識の行動だった。
俺は徐に姿勢を低くし、両膝を床に着けていた。
そして1つ大きく息を吐くと、左手に全神経を集中させ……ゆっくりと伸ばしていく。
カーテンの間からこぼれる日差しが、優しく彼女を包み込む。
昨日と同じロリータ調の服はより一層色彩を放ち、思いのほか薄い生地に体のラインが浮き彫りになっている。
そんな状況の中、俺はゆっくりと手を伸ばす。
真っ白い足。その先に続く深紅のドレス。そして浮き彫りになった……お尻のライン。
その丸みを帯び、艶やかなくびれを作り出すほど立派なそれは、テーブルの前で対面した時には気が付かなかった。
左手に全神経が集中する。
武者震いの様にかすかに震えるのが分かる。
その距離が近づくにつれそれは大きく、心臓の鼓動が体中に響き渡る。
あと数十センチ。あと数センチ。
そしてその指先が、ドレスに触れ……る。
メリーさんに変化はない。それを確認すると、俺はもう1度大きく息を吐き……意を決した。
(……っ!)
指先・指・手のひら……徐々に感じるドレスの生地。そしてしばらくした後に感じる、明らかな肌の感触。
噛み締めれば噛み締めるほど、その温かさは心地良い。
そしてそのハリは今まで触れたことのない感覚だった。
(こっ、これがお尻!!!)
少しだけ動かすと、より一層肌のハリを感じる。摩擦だろうか、気持ち良い温かさが手のひらをさらに覆う。
それは明らかに幸せを感じる時間だった。
……だが、男の欲望は終わらない。
触れることに何の反応も見せないメリーさんの姿を見て、男は次なるステップに手を染める。
優しく触れていた指先に、少しだけ力をこめる。言うなればマッサージをするかのような力加減。
するとどうだろう。瞬く間に指先が感じたことのない柔らかさに包まれる。
(うおっ……柔らかい!!!)
触れば最高のハリがあり、揉めば至高の柔らかさ。
始めて感じる、女性の持つ魅力の一部は……余りにも強烈過ぎた。
「んっ……」
(はっ!)
そんな時間を堪能していると、メリーさんの口から声が漏れる。
(流石に違和感を感じたか!)
それが耳に入った瞬間、俺はすかさず立ち上がると、音を立てないように部屋のドアまで歩みを進めた。
ドアノブに掛ける右手に、自然と力が入る。
ただ左手には……メリーさんのお尻の感覚が確実に……鮮明に残っている。
(……やばい。本物のお尻ってこんなに柔らかくてハリがあるのか? こんなの雑誌や映像なんかじゃ分からない)
「ゴクり」
(とにかく……とにかく……部屋を出よう。そしてこの余韻を楽しもう。そうだこの……)
(至福の朝の余韻をっ!!)
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